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第一章
取引
しおりを挟む話に乗るべきか戸惑うハロルドが手を拱いている内にリーンはリヒトに顔を向ける。
「リヒト様も欲しいですか?オリハルコンの情報…」
その言葉にハロルドは慌てて、伏せていた顔を上げる。何を躊躇していたのか。知っているのはどうやら少女だけだ。幼子である少女が勲章やら爵位やらをよく分かってないのなら、こんな提案をしてしまってもおかしく無い。その好機な機会を逃すものかと血走った目を慌てて向けるハロルドはとても冷静とは言えないだろう。
リヒトはリーンがわざとそう問いかけたのではと気付き、考えているような素振りを見せる。勿論、それ以上の事は分からない。今はわかる必要はない。彼女がしたい事を出来るようにするのが自分の役割だと理解しているからだ。何故その様な提案をしたのか、その内答えが出るだろう、リヒトは悩ましげにしている顔をスッと解いた。
「そうですね…ほ「いえ!私がその情報を大金貨50枚で買い取ります!勿論情報提供者も秘匿にしておきますし、採掘されたオリハルコンの15%…いや、20%をお渡ししま…す」
そして、ハロルドは唖然とする。リーンはこの顔を今日はあと何回見れるのだろうか。と楽しそうにクスクス笑う。
ハロルドは気付いたのだ。クスクスと笑うリーンを見て、先程リヒトに情報が欲しいかと聞いたのはわざとだったのだと。焦らせて欲しい言葉を引き出したのだと。相手が子供だからと侮り、条件も聞かずに契約書を交わさずに取り引きするなど大商人であるハロルドはミスを犯したのだと、今更気づく。こんな凡ミスを犯したのはいつぶりだろうか。青ざめていく顔はリーンの笑う顔を凝視したままだ。
リーンは顎に手を置き、わざとらしく首を少し傾げながら、ハロルドの青ざめどんどん引きつっていく顔を微笑みながら見ていた。
「そ、そうですね。オリハルコンですから、それはそれは、もうはい、に、にじゅう、…い、ち…ぱー…いえ、にじゅう、に…さ、さん%…程では…もう、本当に、これ以上は…」
「20%で良いですよ」
顔色を伺いながらの交渉に成功し、ホッと息を吐きながらうな垂れるハロルドは地面を見ていた顔をゆっくりと持ち上げる。
そう、またしてやられたのだ。初めのミスで気が動転していたのだろうか。
「け、契約しょ…」
「それでお願いなのですが…」
ハロルドはまた驚いた拍子にハッと声を上げる。リーンは決してさっきのがお願いだとは言っていない。秘密にして欲しい、と言ったこの言葉はお願いじゃなく条件。もしくは、功績、地位と名誉…それらをオリハルコンとセットとして差し出したと所謂セット商品だったのだ。
名誉も功績も要らないのかと聞いてしまった時点でハロルドに取って更に良い条件だと伝えてしまっている。これがお願いに当たらないと自分から言ってしまった様なものだ。
これからどんなお願いをされるのかと更に顔を青ざめる。
「少しオリハルコンを融通して頂きたいのと、その際にとある素材も一緒に取って来て欲しいのです」
これがなかなか見つからなくて…と言ったリーンは悪びれもせず笑顔だ。
ハロルドはそんな事なら…とホッと息をついてチラリとリヒトの様子を伺う。さっきの会話からして本当にオリハルコンの採掘場を知らないのは分かった。親子なら勿論娘だけが知っているのは可笑しな話だ。勿論、家族でもない。話し方からしても明らかに少女の方が目上の様な扱い方で少女を守る仕草はまるで騎士のようだ。しかし貴族相手に商売をしているハロルドからすればリヒトから溢れ出るオーラが彼が貴族だと訴えかけて来ている。
だとしたらこの2人はどういう関係なのか、と純粋に疑問に思ったのだ。
しかし、リヒトはリーンを見つめて微笑むだけで関係性は決して見えて来る事はなかった。
その後ハロルドが契約書を使いの者に書かせた。
物品売買契約書
売主(以下甲)と買主(以下乙) との間に、次の通り売買契約を締結した。
第1条(目的)
以下に記載のものを甲は売渡し、乙はこれを買い受けた。
オリハルコンの原産地の詳細、販売権及び利権
その後に発生するであろう全ての権利
但し、販売利益の20%を甲に譲渡する事
付属品一式 第2条(代金)
代金は大金貨50枚とし乙は甲に対し次のとおり支払うものとします。
1.手付金 金25,000イル
2.残代金 金25,000イル引渡し日、目的物の確認を終え次第、引き換えと同時に支払う。
第3条(所有権の移転)
所有権の移転時期は乙が代金を完納した時期に移転する。
第4条(協議)
この契約について疑義が生じたときは、甲乙協議の上、解決するものとする。
第5条(合意管轄)
本契約に関する紛争に付いては、甲の居住地の裁判所を第一審の管轄裁判所とする。
以上の通り契約が成立しましたので、本契約書2通を作成し、各自押印の上各1通を所持します。
_________
_________
リーンはとてもしっかりとした契約書に日本を思い出しつつも場所と欲しい素材について話す。その他細かい質問にもしっかり答え、ハロルドはその都度メモに書き留める。
書き上がった契約書をお互いに確認して、交互にサインを交わしハロルドが綺麗な装飾が施された金属の小さな長方形の箱の蓋を開けて小さな瓶を取り出して、その中身の液体を一滴ずつ契約書に垂らす。液体が染み込んだ羊皮紙は見る見るうちに縮み、やがて小さな四角い真鍮のような物になった。それをハロルドはこれまた綺麗な装飾が施された箱に入れてリーンを手渡す。
(これが契約鍮…と言う物ね…)
そしてオリハルコンが採掘された暁には直ぐに素材の用意とお金を払うと約束してウキウキと去って行った。
もちろんその間アクセサリー屋の店主達はボンヤリと話を聞いていたが、ハロルドが口止め料として小金貨1枚を置いたのを見て、何も言わずにコクコクと頷いていたので変な噂が立つ事はないだろう。
「リーン様、あの時なぜ首を傾げられたのですか?」
「そうですね、あれは配当の利率を値切ってないか分からなかっただけですよ」
流石に神示でオリハルコンの相場は分かっても、ハロルドが出せる配当率やコミッションの利率迄は分からなかった。
要はどれだけのコネクションがあるかだ。
まずその土地の所有者と話し合いの上買取なのか貸出なのかで金額が変わってくる。買い取れればその場は大金だが一度きり。貸し出しならリーンの時と同じく収益から何%か持っていかれるか、月額で毎月一定額の支払いが生じる。その他にも現地まで行くための馬車、行者を雇うお金、馬の餌代や移動中の宿や食費。現地で実際に採掘する坑夫達に支払う給料や食費、更には此方まで運ぶ人件費。そして、仕入れた物を売り払う相手や加工する職人の手配。この他、国に納める税金など細かな事を言えばキリがない。
それはハロルドが誰に頼むかで変わってくるし、勿論自分に利益が出ないようにする筈もない。
相手が幾ら子供だろうとリヒトや店主達の目もあるので吹っかけるのにも限度がある。
全てはこの首を傾げた行動をどうハロルドが解釈するかでハロルドが低く言ったのか利益が出るギリギリまで頑張ったのか様子見ていたのだ。
現に15から20%は一気に上がったが、この後は1%づつしか上げられなかった。
オリハルコンが大体1㎏=100000~150000イル(質にもよる)なんの苦労もなく20%(20000~30000イル)が㎏毎に毎回入ってくる。
最もハロルドだから出せる金額なのは言うまでもない。他の者に頼めば確実に15%を下回るだろう。商人ギルドの役員だからこその人脈と信頼により出せる最高額なのだ。
「な、なるほど…」
リヒトは納得こそしたが、そこまで考えていたのか、とリーンの凄さを改めて実感したのと同時に今まで隠れていたのを辞めてまで彼と接触する事にしたリーンの真の意図は別にあるのではと考えるのだった。
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