14 / 188
第一章
ライセンという男
しおりを挟む再び馬車が止まる。
「教会は部下に見張らせてるから何かあれば知らせが来るはずだ。あの土地をトットが手にすることはもう無いし、不可侵の魔法もかけ直させた。レスターの協力も得られた。次は一体何をさせる気だ」
馬車が止まったのにも関わらずポールは席を立とうとしない。外の行者もポールがノックするのを待って扉を開けずにいる。
「その話は昼食を取りながらに致しませんか?」
リヒトがリーンの肩に手を添えながら言う。
持ち上げる準備だとリーンも分かった。子供の身体だと大人に歩調を合わせるのが難しく、ましてや馬車などの段差はこちらの体格に合わせられた仕様でひとつひとつの段が高い。リーンは足が届かないので手を借りずの乗り降りは一苦労で逆に迷惑をかけていたので、最近は何処へ行くにも抱っこ状態を受け入れていた。
「はぁー、分かった。リーン、説明は飯の後だ。絶対だぞ」
はい、と頷いたのを確認し、ポールが馬車から降りる。リヒトに抱えられリーンも続いて降りる。
連れてこられたのはグランドール家の別邸だった。またコース料理食べれるのかな、とリーンはリヒトの腕の中で呑気に考えていた。
「兄さん、やっと帰ってきたね」
ポールより少し若めの男が嬉しそうに大きな声で言った。ポールに抱きつく様な動作をしようとしたが、後ろにいたリヒトとリーンに気付き、客人がいたのかとオロオロしている。その様子にお前は…、とポールは頭抱える。
「はじめまして、ノーラン・アーデルハイド伯爵が息子、長男のリヒト・アーデルハイドと申します。以後御見知りおきを」
リヒトはリーンを抱えたままにも関わらず、綺麗なお辞儀と挨拶をした。
「あぁ、貴方が!普段は領地に引き篭もってますが貴方のご活躍は伺っております。いつも兄がお世話になっております。私はポール・グランドールの実弟でグランドール領の領主ライセン・グランドールと申します。国王より侯爵の地位を頂いております」
ライセンはにこやかにリヒトの挨拶に続いた。流石は侯爵といったところか、先程までのオロオロした態度は一瞬で形を潜めた。
グランドール家。兄ポールと弟ライセンは貴族社会の中でも異端の扱いである。早期に亡くなった父ファムルの後を若干21歳で継いだポールは元々剣術の才に秀でていて、弟ライセンは学問の才に秀でていた。濃い顔のポール。対して薄い顔のライセンは兄弟に見えない程だ。濃い目の茶髪と灰色の目が同じでなければ母親の不敬を疑うレベル。もちろんポールは父似、ライセンは母似と言うだけなのだが。
剣にしか興味がなかったポールは代々のグランドール家の者が多く所属していた【オリハルコン】騎士団の団長に任命されたと同時に動きやすいようライセンに家督を譲り、自分貴族社会から身を引き、あれこれ噂や憶測が一人歩きして家に迷惑がかからないように女装して隠蓑としてあの店を経営していたが、それが正解かどうかは分からない。
【オリハルコン】は皇帝直属部隊ながら日本でいう忍者の様な存在で何処の誰が【オリハルコン】に族しているかはその家族でさえ知らされない。(ポールは簡単に話していたが…)
その後家督を譲り受けたライセンは領官に任せきりになっていた領地経営に着手し、それから領地はうなぎ登りに成長。帝国エルムの1、2を争う領主となった。とても優秀な人物だ。
ポールの狙いは頭のいいライセンに今後の計画を立てさせる事だったか、とリーンは気づいたが戦略的にも彼に聞いてみたい事があったので気にしない事にした。
ライセンはリヒトの腕に収まるリーンに目を向ける。
「アーデルハイド家にはまだ御孫様が産まれたと言う話は聞いていなかったのですが…?」
「いえいえ、此方はリーン様です。私の娘など恐れ多い。もちろん、私はまだ独身でございます」
これは失礼した、とライセンが少し眉を下げて萎らしく言う。私ももう挨拶していいのかなと呑気に考えているリーンは、リヒトが独身と強調した事に無反応でリヒトはそれを見て更に萎らしくなった。
因みにリヒトはロリコンでは決してない。どちらかと言うと父親が娘にパパと結婚する!と言って欲しい感覚に近い。ライセンが勘違いしたのもその愛しげな表情故だろう。
「お義兄様が帰ってきたって本当ー!?」
萎れる2人を余所にバァンッと大きな音と共に扉が開け放たれる。リーンはリヒトの肩越しに扉の方に目を向ける。
リーンの目線の先にいた綺麗な栗色の毛をふわふわ、深い緑色の目をキラキラ輝かせている女性が此方に向かって歩いてくる。不意にその女性とリーンは目が合った。
「きゃー!何この子!?可愛いー!可愛すぎるー!!お人形さんみたーい!」
キャッキャッ、と興奮気味の彼女にポールは、また余計なのが増えた、と頭を抱えた。
リヒトの腕から強引に引き離されたリーンにはなす術なく、彼女にされるがままだ。本当にお人形のような扱いだし、リーンもお人形のように努めた。
「私、リリア!ライセンの妻リリア・グランドールよ!ねぇ!ライセン!この子養女にしましょう!ね!いいでしょう?」
会ってその場で養女に、などと言い出すリリアの圧にリーンは圧倒されていた。
「リリア!それはいいアイ…」
ライセンが何か言おうとするや否やリヒトによってリーンは連れ戻される。
「リリア様、お初に御目にかかります。リヒト・エン・アーデルハイドと申します。ノーラン・エン・アーデルハイド伯爵の長男でございます。リーン様は私が只今お預かりしている身。幾らリリア様でも私がリーン様をお渡しする訳がありません」
リヒトは穏やか表情だが、言葉の端々には少しトゲが有りリーンを掴む力はいつも以上に強い。更には“エン”という王族の血族が降嫁して身内にいるとこを表すミドルネームを持ち出す始末に一同絶句だったか、ポールがパンッと手を叩いた事で食事の準備が始まり皆一様に席についた。
リーンは何故かリヒトとリリアに挟まれる形で、勿論旦那であるライセンの隣りにリリアの席を用意をしていたがその席に付かなかった為メイドが慌ててしまい、ライセンは少し苦笑いだった。
食事(リヒトが細かく切ったお肉をリーンが黙々と食べているのを見てリリアが私もやりたいと散々駄々を捏ねた)が済んで軽く談話(と言ってもリリアとリヒトのリーンの奪い合い)をしていた。揉みくちゃにされリーンはかなり疲弊していたが地位の高い者達への態度として頂けないので無表情を貫く。
「リリア、済まないがこれから大切な話がある。席を外してくれ」
ポールの真剣な面持ちに部屋の空気が少しピリつく。周りの空気が張り詰めようともリリアはそんな事お構いなしのようで寧ろ楽しそうに言った。
「じゃあ、私はリーンちゃんと私の部屋でお待ちしておりますわ!あのこの前作ったお洋服も着て貰いたいし、お兄様が言ってた髪飾りも作ったところだし!ほらうちの子達はみんな男だから、女の子用のひらひらレースの可愛いお洋服作っても着てくれる人が誰もいないから~!」
(まだ諦めてなかったのか)
そうその場にいた者はみんな思ったに違いない。はぁー、と盛大きなため息をついてポールが言った。
「いや、リーンがこれから私達に話があるんだ。連れて行ってもらっては困る」
リリアはポールの返答に綺麗な顔を歪め、眉間にシワを寄せて盛大に嫌な顔をした。リーンが居ないなら退室したく無いといった様子だ。そのまま椅子にドンっと構えてなかなか席を立とうとしないリリアに痺れを切らしたようにライセンが言った。
「リリアすまない、これは“あの”仕事の件だから」
リリアは不満そうな表情だが、“あの”が示す意味を知っているようでこれ以上は流石に何も言えないようだ。何度も振り返ってリーンを恨めしそうに見ながらトボトボと大人しく出て行くリリアの後ろ姿を見送ると目の前のポールは机に両肘をつき、固く組んだ手の上に顎を乗せる。ポールのさぁ話してもらおうか、と言う目は全く笑っていない。
リーンはポール一連の動きを見たあとライセンにチラリと目線を送る。早く聞きたい、とワクワクしているようにも見えるライセンにリーンは小さくため息をついた。
1
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は父の遺言により誕生日前日に廃嫡されました。
夢見 歩
ファンタジー
日が暮れ月が昇り始める頃、
自分の姿をガラスに写しながら静かに
父の帰りを待つひとりの令嬢がいた。
リリアーヌ・プルメリア。
雪のように白くきめ細かい肌に
紺色で癖のない綺麗な髪を持ち、
ペリドットのような美しい瞳を持つ
公爵家の長女である。
この物語は
望まぬ再婚を強制された公爵家の当主と
長女による生死をかけた大逆転劇である。
━━━━━━━━━━━━━━━
⚠︎ 義母と義妹はクズな性格ですが、上には上がいるものです。
⚠︎ 国をも巻き込んだ超どんでん返しストーリーを作者は狙っています。(初投稿のくせに)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)
こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位!
死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。
閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話
2作目になります。
まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。
「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
虎はお好きですか?
兎屋亀吉
ファンタジー
死した後、転生を繰り返す一柱の神がいた。正確には元神が。
前世ではひどい目にあった。まさか運悪くブラック企業に就職してしまって過労死するとは。今世は労働基準監督署がすべてを支配しているような世界だったらうれしいな。おっと久しぶりの人外転生ですか。人間関係に悩まされる心配は皆無ですね。
暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~
暇人太一
ファンタジー
仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。
ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。
結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。
そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる