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最終章
立ち込めた暗がり
しおりを挟む「…んッ…エフィリア様」
「良かった…目が覚めたのだな」
「治療が早かったので問題はなさそうですね」
メイリーンのお墨付きも出て一安心するエフィリア。何より、ニューラスの目が覚めてくれた事に安心していた。
「我は沢山のものを失い過ぎだ。だからもう、何があっても大切なものを何も失いたくはない。だが、それとは別に騙し討ちされ亡くなっていった彼らが浮かばれない、そう思ってもいた。なのに…私は、お前がワザとミスをして作戦を失敗させているのに気付いていても見逃していたのだ。それはそうだろうな、あのまま作戦を続けていたのなら私は兎も角、お前まで自ら手にかけてしまうのだから」
「…エフィリア様…」
「勿論、奴らに復讐したいと言う気持ちは変わらぬ。今も亡き両親や弟、民を達の事を思うと胸が張り裂けそうになり、あの日見た…皇帝のあの嘲笑うかのような顔を思い出すと怒りが沸々と湧き上がってくる。どのようにして辱めながら殺してやろうか、毎日考えていた」
彼女は国の為に帝国に嫁いだ。必要なもの以上は取らないと言うウルザボードのルールは守りたいが、森で覆われているウルザボードはどうしても他の国よりも魔物の被害が多く、帝国の力は欲しい。
それを実現するためだけに彼女は周りの反対を押し切り自ら嫁いだのだ。
だが、実際は裏切られ、嵌められ、良いように使われていただけだった。
最後は最大限の屈辱の元その真実を知らされたのだ。
彼女の怒りは最もだし、その手で皇帝の息の根を止められなかったのは相当悔しかっただろう事は想像できる。
「だがな、それよりも大事なものと大事なことを思い出した。ニューラス…もし、トアックが生きていたのならきっと、今の私を見て怒っているだろうな」
「…そうですね。トアック様はとても情熱的で、正義感が強く、王太子であるのに偉ぶらず、誰にでも優しいお方でした。自身がどんなに理不尽で屈辱的な扱いをされていたとしてもあの方なら、まずは罪を犯した貴方様をお叱りになられるでしょう…」
トアックは本当に素敵な王子だったのだろう。二人の話しを聞いているだけでも彼の雰囲気が伝わってくるようだ。
これで何もかもが終わった。
あとは無事朝日が目を覚ましてくれさえすれば万事良しだろう。
「王女様…フロンタニアの代表として謝罪をさせて頂きます。貴方様からの要請に応じず、知らぬ顔をしてしまった事.本当に申し訳なかった」
「…なるほど。礼儀を良く知るもののようだ…聖剣が其方を選んだ理由がよく分かるな。だが、お主は当時まだ生まれてもおらぬだろう」
「誠に仰る通りで御座います。ただ、私も高位の身。どのような経緯だったのかを存じ上げております」
「…其方の国では50年も前のことを伝えておるのか…?」
「…我が国ではあの時手を貸さなかった事、それこそが間違いであり、二度とそのような間違いを起こしてはならぬと高位の貴族は必ず教えられる話しとなっております」
そう、あの時手を貸さなかった事。それがフロンタニアでは既に罪であったと認めているのだ。
実際の伝えられているのはウルザボードで内覧が起き、その土地に住む異種族同士が争い、滅ぼし合った事。そして、その際にウルザボードの王家から各国へ直接の協力要請があり、特に内情を詳しく調べる間も無く帝国に言われるがままに全てを委ねだのだ。
「…もし、少しでも内情を調べていたとしたらフロンタニアはどうしたのかはもう分からない。でも、何もしなかったと言う事には変わりはない」
「黒は調べていたのさ。そして、それを報告もしていた。当時の国王陛下にね~。でも、その資料をチラリと見たあと、即刻処分するように命じられたらしい」
でも、当時の黒印の騎士団長はそれを処分しなかった。それが本当の歴史だからだ。
黒印の騎士団の成り立ちは歴史書に乗らない本当の歴史を残す事。それを世の中に出す訳ではない。だからと言って王の命令で歴史を変えることも決してしない。
「ロード、宰相を殺す必要はあったのか?」
「いやー、あれはね…何と言って良いか」
「はっきり言え」
「クリス。お前なら分かるだろう?悪党だと分かっている奴がどん底にまて落ちて、なりふり構っていられなくなったら、次に何をしでかすか分からない。そしたらどうする?始末しておくだろう?」
「…まぁ、そうだろうな」
「皆んなの為だったんだよ~」
きっと他に理由がある。だが、それを言う気はない。本当の歴史は黒騎士の中には残っているから知らしめる事はしなくていい。
それが彼にとって素晴らしい功績でも、咎められるような罪でもあっても、そこだけは変わらない。
「…呑気な事を…私は諦めない。私は…私は、妻のところへ行くのだ…!」
突然叫び出した男。
ロードアスターが後ろ手で縛り上げていた筈が、いつの間にか解けている。
男は卑屈な笑みを浮かべる。
「今更…何もかもを捧げ、全て従ってきたこの私に諦めろと言うつもりかッ…!私は諦めない…この地が平らになるまで…私は諦めないッ…!」
「…不味いぞ」
「何がだ?」
「彼がフロンタニアの王女を操る為に呪具を作っていた本人。つまり、彼が呪術師だ」
「…呪術師」
「それよりも…!クッ…あの場所は、先程私が魔法陣を完成させた場所…発動されたら…」
エフィリアは苦痛の表情を浮かべながらも無理矢理動こうとするニューラスを支える。
「もし、発動したらどうなる」
「…この地が、いえ、この大陸全土が更地に…何も残らないでしょう…」
「奴を止めろ!」
動き出す。
剣を構えるのはユリウス、クリス、ゼノ。一心不乱に合わせるなど考える事なく、とにかく誰かが奴に一太刀入れて魔法陣の発動を止められれば良い、とただ突っ込んでいく。
エフィリア、セシル、ギルバート、ロエナルドは詠唱を始める。剣士三人の歯が届かなかった時のための予防線を張っている。こちらはお互いの魔法が相殺し合わないようにセシルは炎、ギルバートは雷、その繋ぎにロエナルドが風を起こす。
その後ろで機会を待つのはロードアスターとサーラス。二人は戦闘よりも秘密裏に始末する暗殺者だ。他の邪魔になりかねないので、後方で朝日達の護衛も兼ねて待機する。
その布陣で問題はないかも知れないがもしもの為に、アイラがウォーハンマーを構え、メイリーンはその後ろでまだ眠ったままの朝日を抱き抱えている。
「朝日くん…起きて…」
「気付け薬とかないの?」
「気付け薬?」
「朝日くんが作ってたのよ…何だったけ…えーと」
「早く思い出しなさいッ!」
「待ってよ…その…え~、種が異様に硬い実でさ…」
メイリーンは明らかにイライラしている。こんな事態になっているのに、そんな重要そうな話が出てこないのだから。
「…種の硬い?…エイソの実、ガランの実、ガリアロームの種子…あ、あとこれね。クコの実…」
「それ!クコの実よ!それをなんかして作ってたのよ!」
「クコ、あれはそのままじゃ食べれないくらい酸っぱいから…いや、今は緊急事態よ。一欠片だけにすれば」
メイリーンはサーラスが持ってきた素材の中から赤く丸い実を手に取る。
それをナイフで割り、実の一片を朝日の口に押し込む。
「…ガハッ…ゴホゴホッ」
「朝日くん!」
「な、なんか…凄く口の中が…」
「水を飲んで!」
メイリーンに水筒を渡され口をつける。水を飲んでも飲んでも洗い流されない強い酸味に朝日は眉根を顰める。
「目が覚めて良かった…」
「僕、あ…そうだった。…傷深かった?」
「…えぇ、相当酷かったわ。でも、お陰でもうすぐ終わるわ」
「でも、お空…暗いね?」
「え…?」
立ち込めるのは暗雲ではない。
空に突如一国を覆うほどの岩の塊が浮かんでいて、それが日差しを完全に遮っている。
余りの大きさに言葉を無くす。
世界を平らに、その言葉の意味を今、全員が理解した。
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