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第四章

伯爵

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 床にひかれた絨毯を汚さない為に、倉庫から出てすぐに二人は靴を履き替える。箱から出るまで全く外の音が聞こえなかったのと、暗くて周りがよく見ていなかったので何があったのかは分からないが、相当汚れていたのだろう。

「閣下、お待ちしておりました」

「ミルボノ伯、ご苦労だったな」

「恐れいります」

 ずっと待っていたのであろう男が靴を履き替えているフェナルスタに対して深々とお辞儀する。彼もフェナルスタと同じぐらいに胸元に煌びやかな勲章を携えている。
 やっと地面に降ろされた朝日はフェナルスタの後ろを歩き、燕尾服の男がその後ろをついて来る。

 ミルボノ伯、と呼ばれた男は一つの部屋に三人を通す。中には数人のメイドが待機していて、部屋には二着の服が用意されていた。

「着替えるの?」

「流石にこのまま城内を歩くには注目を集め過ぎるからね」

 明らかに朝日ようにしか見えない礼服を見て質問すると、フェナルスタは襟元を緩めながらそう言った。朝日もそれを真似るが上手く出来ない。

「朝日様!首が閉まってしまいます!私にお任せを」

「うん、ありがとう」

 テキパキと服を着せられて行く。
 だが、何故か採寸をしたかのように服がとってもピッタリで朝日に視線を向けたのに気付いたフェナルスタは笑う。

「マダムは私の知り合いでね」

「マダム・ポップ?だからか!」

「彼女は抱きついただけで身体のサイズをミリ単位で分かるのだ。凄い人だよ」

「お友達?」

「まぁ、そうなるかな?」

 会話に花を咲かせているうちに支度が整う。

 部屋を出ると先程この部屋まで案内してくれた伯爵も服を着替えていて部屋の前で待っていた。ギラギラと輝いていた勲章は姿を消し、濃紺の装いは体格の良い彼を少しスマートに見せている。

「伯爵かっこいいね」

「私には言ってくれないのかな?」

「フェスタさんはお洒落さんだよね!」

「マダムが友達で良かったよ」

 和気藹々としている二人に伯爵は唖然としている。フェナルスタの身分を考えても相当おかしな話しだし、フェナルスタが冗談を言うところも彼は見た事がなかった。
 ましてや相手は見目は美しいが、ごくごく普通の平民の子供だ。相手にすること自体が変なのだ。

「それで朝日くん。君の能力の事はよく知らないのだが、入れない部屋の中にある物も手に入れられるのだね」

「少し条件はあるけど、殆んどの物は大丈夫!」

「じゃあ、これから案内する部屋にある、とある物を盗んで欲しい」

「…聖剣だよね」

 キョロキョロと辺りを見渡した朝日は口元に手を当ててフェナルスタに耳打ちする。
 フェナルスタは同意の頷きをして朝日の頭を撫でる。

 それから少し歩き到着したのは今まで見た扉の中で一番重厚で厳格で神々しい輝きとそれに似合う美しい金色の彫刻の施された大きく真っ白な扉だった。
 まだ少し遠くの方に見えているだけなのに如何にも偉い人の為に作られたと主張している扉に朝日は見惚れていた。

「あそこにある」

「近づかないと難しいの」

「近づく…その、距離はどのくらいなのですか?」

「剣から僕が大股で20歩くらいかな?」

「そんな遠くていいのですか…」

 確かに有効範囲は広い方なのかもしれない。でも、あの美しい扉の前には金庫の時と同じく人が二人立っている。
 何より、明らかにこの前出会ったクレアとグレイズとは違う色の貫禄のある隊服を着ていて、体格もよく強そうだった。

「騎士をどうするか、ですね」

「近衛騎士は流石に買収できなかったからな」

 こんな話しを朝日には聞かせてはいけない、とミルボノは朝日の耳を手で覆い、絶対聞こえないと言わんばかりにパタパタと優しく動かした。

「ば、しゅ…?」

「馬術と言いました」

「お馬の訓練?」

「えぇ、この後交代があり、彼らは馬術の訓練に向かいます」

「そうなんだ!良いなぁ、僕もお馬に乗りたい」

 ミルボノから見た朝日はやはり普通の平民の子供で今回の剣に関しては使える能力を持っている、そのくらいの認識だった。
 だから、朝日の言動はただただ可愛らしく、好ましく思うだけだった。

「交代に来ましたね」

「あんなに長い槍なのに一人一本持ってるの?」

「そうですね。いついかなる時も扱えるようにする為に常に一人一本持ち歩いています。これも訓練の一環ですね」

「では、いきましょうか」

「あれ!ミラト様ではありませんか!やはり私達は運命の…」

「グランジョイド公爵閣下とミルボノ伯爵様に騎士、グレイズ・ゴズ・ソーサルとクレア・フィル・カルマンティアがご挨拶申し上げます」

 ミルボノの合図で歩き出そうとした朝日達を呼び止める声。グレイズがクレアの頭を無理矢理に下げさせて二人に挨拶をする。

 タイミングが悪いとミルボノが少しキツイ視線を向けるが、朝日は嬉しそうに駆け寄る。

「お会いできて嬉しいです!」

「こちらこそ。それで申し上げ難いのですが、先程金庫室にて盗難の被害が確認された、城内は只今警戒体制に入っております。例えお二人と言えども、皇帝陛下の私室に近寄れば制圧を免れません」

「成程…」

 二人からの視線にビクリ、と身体を揺らしながらも、姿勢を崩さず最後まで早口で言い切ったグレイズに二人はキツイ視線を外す。

「君には何かいい案があるのかな?」

「はい!公爵閣下!」

「内容によっては君を召し上がることも検討しよう。褒美はまた別で用意して置く」

「有り難き幸せ!」

 グレイズ、彼がその窃盗犯が朝日だと気付いていると分かったフェナルスタは彼の交渉に乗ることにした。フェナルスタ自身、そう言う頭が回る者は好きなのもあるが、彼が何の為に危険を犯してまで忠告をしてきたのか、隣にいるもう一人の兵士を見る目で分かっていたからだ。
 そう言う大切なものがある人間は信用できる。
 その大切な何かのために裏切る事はあったとしても、それは此方の配慮が足りなかったと理解出来るから対処のしようがある。
 でも、大切なものが無く、ただ欲に流されるだけの人間はすぐに裏切り、反省もしない。救いようもないアホなのだ。

「公爵閣下が正装で城に登場された事は兵士にも近衛にも伝わっています。なので皇帝陛下へのお手紙を書いて頂きたい。私がそれを私に行きます」

「内容は何が良いだろうか。例えば謀反を企てているとか、如何だろうか」

「そ、それは…」

 朝日に見惚れているクレアの首根っこを引っ掴んで自分の後ろに引き寄せると深々とお辞儀をする。
 フェナルスタが言いたい意味を理解し、彼女は巻き込まないでくれ、と言葉には出ないながらも態度で示したのだ。

「閣下…悪戯がすぎますよ」

「いたず、ら、」

「少し試してみただけではないか」

「それにしても可哀想です」

「手紙は書こう。兵士、二人が欲しいって言うね」

「ありがとうございます!!!」

 満面の笑みを浮かべるグレイズに何が起こっているのか全く分からない朝日は静かに見守っていた。

「少し予定が変更になった。彼らから君を預かっている身だ。安全な方を選ばせて貰うよ」

「うん」

 そうして近くで空いている小部屋に入り、フェナルスタは皇帝陛下への手紙を認めた。
 手紙を受け取ったグレイズは後ろ髪引かれているクレアを引きずって皇帝陛下の私室の扉の前へ向かう。
 当然槍を構える二人組に公爵閣下からの書状を預かったと叫び、中身を確認させた。

「何か…隠語とかは…」

「分からないな…」

「公爵閣下が正装で登城されたと聞いたが…」

「あぁ、兵士の引き抜きの為だったのか…」

「この二人、とはお前らの事なのか?」

「えぇ、先日良縁に恵まれまして」

 二人の騎士はもう一度手紙に視線を落として、大きめのため息をついた。
 城勤めの騎士と公爵家の私兵なら響き的には通常だと城勤めの方が良さそうに聞こえるが、実情は真逆だ。近衛騎士にまで上り詰めても城内の警備が主で敷地内に騎士舎があるために外に出る事も殆んどない。
 娯楽が少ない上に食事は使用人と大差はなく、部屋は男同士の二人部屋。
 一方公爵家の私兵なら、屋敷の警備も当然だが街に出る機会も、城に来る機会も多く、休みの日は自由に行動が出来る。
 地位を重んじれば城勤めの方が上だが、楽しみがないと疲弊して行くのだ。

「お前ら兵士だろ?大出世じゃないか」

「我々のような騎士爵家系のましてや後継でもない者にまで目を向けてくださる公爵閣下は本当に素晴らしいお方です」

「分かった。この手紙は我々が機会を見て必ず陛下にお渡ししよう。おめでとう」

 そうして二人は頭を下げてお礼を告げた。











 
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