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第三章
帝国史
しおりを挟む「あらあら、寝ちゃったね」
「セシル様のお召し替えもお持ちします」
「頼んだよ」
何も言わず静かに隅で佇んでいたユナとシナはクロムに一瞥され、小さく頷いて準備の為に部屋を出て行く。
「何にも考えてなかった、のか?」
「何にも考えてないと思いますよ。王女が責めたてられてて助けたい、と言う以外の事はね」
「それであの宰相を普通、丸め込めるか?」
「彼の本質はそこにあるのでしょう」
ベッドですやすやと眠る朝日を見つめながら、声を顰めてそう言うと、二人掛け用のソファーで優雅に紅茶を啜る人物に目を向けた。
朝日の常用宿、宿屋ロカリノにて。
ハイゼンベルク家へ連れ帰ろうとするセシルに親友との食事の約束があるから帰ると言って聞かなかったため、そのまま二人も宿を取り朝日と付き添っていた。
問題は朝日が宰相を丸め込めた事ではなく、これまでの件を総合すると身内に敵の間者が潜り込んでいる可能性があったからだ。
「閣下とお知り合いとは、朝日君も隅に置けませんな」
「いえいえ、彼はなかなかに引きが強いと言うか…何と申しますか…マットハート卿を親友と紹介されるとは思いませんでした」
「彼のお陰でとても楽しい食事になりました」
「事情があるとは言え、割り込む形となり大変申し訳ありません」
「気にしておりませんとも」
エライアス・マットハート。
セシルがこれだけ真摯に対応する彼がただの商人ではない事は間違いがない。
帝国貴族であり、この大陸の商業という商業を牛耳る大物中の大物。決してこれは大袈裟ではない。彼が商業に関して出来ないことはないのだから。
「それで私は信用されていると考えて宜しいのかな?」
「誠に勝手ながら…卿が朝日君の為に手を尽くして下さっていたことは存じ上げております。彼のことを知ってもただの友人として振る舞って下さったマットハート卿は信用に値すると考えております」
「私も伊達に貴族はやっていない。彼は…そう、可愛い。愛嬌があって人懐っこく、かと言って無駄に深入りはせず、焦ったくなるほどだ」
言っている意味がここまで良く伝わってくるのは彼と同じ気持ちだからだろうか。
「だから、申し訳ないが少し調べさせてもらった。アイテムボックス所持者であり、類稀なる採取能力スキル、更に薬術のみならず錬金術を扱う魔法使い。商人と限らず誰もが欲しがる人材だろう」
「そこまでご存知でしたか」
薬術や錬金術に関しては親友と紹介された時点で朝日の事だから話してしまっているだろうと思ってはいたが、流石にアイテムボックスの事まで知られているとは流石のセシルも思っていなかった。
商人は様々な土地から土地へ行き交いし、沢山の人間と交渉、商談をする事から一番情報が集まり易い職業であり、その大元締めである彼が知らない事はないと言う事なのだろう。
「私は帝国の人間だからね。あまり手出しは良くないと思っていたのだが、少々状況が変わったようだ」
「と、言いますと…?」
「お二人のさっきの話を聞く限り、フロンタニア王宮内の間者の存在に気が付いたとは思いますが、このままだと皇帝の耳に入るのも時間の問題と言える。朝日君の能力…あれは中々に不味い。それと一度連れ去ることが出来たと言う前例もあまり良くない」
「…」
何から何まで知られていると諦めたセシルは啜っていたカップを机に戻し、指をゆっくりと絡めて膝をつく。態度を変えたセシルに対してエライアスは逆にカップを持ち上げて啜ってみせた。
「ただそれは私の望むところではない。朝日くんの自由を守るべく君達が彼が望ままに手を尽くしている事もよく分かっている。だから、今分かっていることと私の情報を擦り合わせた方が良いと提案しておこう」
「条件は…」
「条件、か。商人である私がこんな事を言えば、寧ろ君達からの信用を無くしてしまうかも知れないが、特にないのです。商人は全ての商品に対して対価を貰う。それが一番大切であると学ぶ。ただより怖いものはない、とね。しかしながら自分でも驚くべき事に彼に対してそうする事が不純であると思ってしまう。分かはますかな?」
「はい、よく分かります。私はそれで一度失敗しておりますので」
朝日を利用して得た利益が不純、汚らしいもの、罪深いもの…そう感じるのはセシルも同じだった。
「エナミラン侯爵は如何かな?」
「…私は正直言って貴方の想いを尊重せずに対価を支払いたい。それでなければ…」
「その気持ちも分かるが、今回は此方に譲歩頂きたい。それだけ深刻な事態と理解して頂きたい」
「…えぇ、マットハート卿」
ユリウスが少し伏せていた顔を上げると、微笑むエライアスが一枚の地図と一冊の本がどこからともなく机の上に現れた。
「なるほど。だから朝日君がボックス持ちだと気付かれたのですね」
「まぁ、私がボックス持ちと言うのは割と有名な話しなのでね。隠す事もないかと思いまして」
「…地図…ですか…」
「お二人なら良くご存知のはず。帝国とその他六カ国の力関係についてを。それを踏まえて私の話を聞いて欲しいのです」
帝国の歴史実書『古の龍と三対の剣聖』の一節。
かつてこの大地は古の龍によって守られていた。
龍によって齎された恵により小さな村々が次第に重なり、助け合い、共存して行くことによりこの世界は大きく発展した。
それが始まりの五カ国である。
大きな雫型の大陸には中央オーランド。大きい順に北にウルザボード、西にアルメニア、東にイングリード、南にフロンタニア。
アルメニア、イングリード、フロンタニアに囲まれて多くを守るは古の龍の森。
決して入ることの許されぬ守護者は森の奥深くに眠る。
五カ国は共にあった。
オーランドは土地が狭いが力を持っていて、周辺諸国は資源を持っていたが力がなかった。
そして何百年も平和であった。
古の龍は代替りの時を迎えた。
この大陸の守護者であった古の龍は何千年もその時を繰り返し、常に守護者であった。
しかし、その禁忌を破るものが現れた。
古の龍は怒り、悲しんだ。
代替わりが行えなかったのだ。
古の龍は力を失ってただ枯れゆくのみとなった。
森は荒れ、土地は乾き、資源は尽き、やがて世界は大飢饉に見舞われる。
力を持つオーランドは周辺諸国に乞う。
助けて欲しい、と。
しかし、振り向きもしない。
オーランドは初めて乞われる立場から、乞う立場となった。
そんな時、森から使者が訪れる。
全てを飲み込む、魔物の群れだった。
荒れた森には実りがなくなり、大人しかった魔物達も飢えに苦しみ、ただただ世界を蹂躙した。
資源を持つ周辺諸国はオーランドに乞う。
助けて欲しい、と。
彼らは知らなかったのだ。
オーランドの力を、慈悲を…。
そして再び、乞う立場から、乞われる立場になった。
再び力を奮ったオーランドは魔物を蹂躙した。
そしてオーランドは帝国への道を進み始める。
元凶を止めるは剣聖アレクサンドリア。オーランドの王にして古の龍の友だった。
死を目前とした古の龍は彼を拒む事も受け入れる事もなく、ただそこにあった。
アレクサンドリアは訴える。
この大地に住む我々にもう一度チャンスが欲しい、と。
古の龍は言った。
聖域を穢されたこの身には大地を蘇らせるだけの力はもうない、と。
いずれこの身が朽ち果てると新たな守護者が生まれる。しかし、その者には彼はどの力は無いため、この大地が守られる事は無いのだと語った。
その代わり、かつてこの森を穢れから救ったアレクサンドリアに残りの力を使って一つだけ願いを叶えると約束した。
アレクサンドリアは古の龍の友として誓う。
この先何があろうと二度とこの森は穢さない。守護者を穢さない。この約束は守り続ける、と。
そして願う。
もう一度チャンスが欲しい、と。
そして古の龍は友であるアレクサンドリアを信じ、この世界を託すと、その朽ちた身から三対の剣を作るように言う。
その剣が龍に代わりこの土地を守ってくれるだろう、と。
アレクサンドリアは言われた通り三対の剣を作り、後世にこの話しが伝わるように物語りを作る。
それが『古の龍と三対の聖剣』である。
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