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第二章
落とし物
しおりを挟む先日の事件で暗くなっている街に少しでも活気を取り戻そうと例年通り始まった建国祭。
祭りは三日間に渡って開催される。
今日はその一日目だという事もあり、例年に比べれば人出は少ないように感じるが、それでもやっぱり近隣の町や村からも人や物が集まりごった返していて、人出はかなり多い。
お陰で朝日の目線からは屋台の看板も店の商品も見えづらく何があるのかよく分からなかった。
それでも食欲をそそる芳ばしい匂いや甘い香り、活気出しをする店主の声や楽しそうに笑い合う家族達。その全てが朝日を喜ばせていた。
「ねぇ!あれ食べよう!」
「慌てるな、転ぶぞ」
「うわぁ~ッ!」
「…言わんこっちゃない」
何も無かったようにむくり、と立ち上がり、服を叩いて砂を払う。少し赤くなった頬を見るに、転んだことが恥ずかしかったのだろう。
「大丈夫か」
「うん…」
そこからは途端に大人しくなった。はしゃいで走り出すこともないが、主張もしなくなった。ゼノの服の裾を掴み、チラチラと店の様子を見てはボーと眺めるだけ。
「…気になったのはあったか」
「ううん、ないよ」
「ポンポンはいいのか」
「ふふっははっ!」
「…なんだ」
「ゼノさんが“ポンポン”って言ってるのが可笑しくて!」
「…他に言い方ないだろう」
辺りを流すように見る。祭り初日という事もあり中々の人出だ。何なら最近までの閑散とした雰囲気は嘘のように消えていた。
外がこんなにも騒がしかった事にも気付かないほどに朝日が帰ってこないことに気が触れてたとは相当なことだ。
ふと、目に止まった屋台に服の裾を掴んでいた手を一度確認して進む。
「オヤジ、3つ」
「あいよぉ!150ルピな」
「一つ持ってろ」
「なんだ?可愛い坊主だなぁ!ほらよ。オマケしてやる!」
「良いの?」
「あぁ!男に二言はねぇ!」
「男に二言はねぇ!カッコいい!」
今度使ってみよう、なんて本気で目を輝かせながらいう。店主はそんな朝日に気を良くして更にオマケを持たせる。
「これ二つ」
「はいよっ!いや~ねぇ!こんな可愛い子見たことないわ~」
「坊や!誰か一つ持ってていいぞ!」
「…うーん、全部美味しそうで迷っちゃうよ…。ゼノさん、どれがいい?」
「あ?そっちのは辛いからこれにしとけ」
「うん!お兄さんありがとう!」
店を回る毎にあれやらこれやら持たられて朝日の両手はもう既にパンパンだ。何がそんなに嬉しいのか、そのお気に入りの便利な鞄に仕舞えば良いものの、そのまま手で持ち続ける朝日。
さっきのまま服を掴んでいてくれていて逸れずに済むのは有難いのだが。とても歩きにくそうなのが気になる。
「鞄に入れとけ」
「ダメだよ!お祭りだもん!」
何が駄目なのかはさっぱりわからないが、駄目なもんは駄目なんだろう。意外にそういう所は頑固だったりする。
「朝日、アレだ」
「…クレープ」
「あー、そんな名前だったか」
「クレープ!」
嬉しそうな表情をゼノに向けて、さっき転んだことはもう忘れてしまったかのように一歩足を踏み出す。そして、ぴたりと止まる。
「気をつければ大丈夫だろ」
「…子供っぽいからしないよ」
そんな事を言いながらも、未だにゼノの服の裾を握りしめているのは良いのか、と不思議に思いながらもゼノはフォローの言葉を入れる。
「…大人は一人でも行けるしな」
「うん、僕大人だから!成人したから、一人でいけるよ」
ズンズン、としっかりと足を踏み締めながら進む朝日。それでもやはりゼノの服の裾は持ったままだ。
帰ってきた時から明らかに様子がおかしいことは分かっている。
流石にここまでの遠慮は見せた事がない。行儀を気にしたり、周りの機微に敏感で、相手が嫌がる事は絶対にしない。なのに自分に与えられた危害には何も無かったように受け流す。
だから、朝日といて不快に感じたこともないし、面倒に感じたこともない。ただただ心地良いが同時に心配になるのだ。
そして今日は特に言葉の端々にもずっと違和感がある。元気があるようでいて、空回っているようなそんな雰囲気。こういう朝日の小さな変化に気付くのはゼノを含めたほんの一部の人間だけだろう。
「クレープ下さい!」
「へい!いらっしゃい!おぉ?坊主、食べ易い小さいサイズもあるけどどうする?」
「僕、大人なのでおっきい方で!」
「…大人はそんなこと言わねぇ」
ゼノは朝日の引かれ、後ろをゆっくり追いながら、ぽそりと呟く。違和感を感じるが、変わっていないところを見ると安心出来る。
この三日間で何かあったのだろうが、何かそれ以外にもあったように思う。あんなに元気になっていたのに急に倒れ、三日も寝込むような何か…。
これは明らかに萎縮している。これはゼノが望むところではない。
「ねぇゼノさん」
「何だ」
「僕、女の子と間違えられてないよ」
「…そうだな」
「大人になったからかな?」
「…そうかもな」
さっき買ったばかりのクレープを両手いっぱいになっているおまけを持ちながらも器用に食べている朝日はとても真剣な表情でゼノに質問をする。
だが、それは違う。
冒険者用の装備を整えたのも大きいが、それ以前に朝日は目立つ。この空色の髪は珍しいし、何もしてなくても人々の視線を集める整った容姿とそんな子が冒険者をしているという不思議さも相まって、実はかなり噂になっているからだ。
朝日が冒険者だと認知されてきたのは“蛹海老”の依頼と先日のゼノの剣を見つけて街を救った、という話題からが大きい。
黒騎士もその噂を利用して上手く朝日の能力についての情報を隠したらしいので一定数の人が朝日を認識していても仕方ないのだ。
ちょびちょびと小鳥のようにクレープを啄む朝日に痺れを切らしてゼノは言う。
「逸れるからさっきみたいに握っとけ」
ゼノは朝日の様子を気にしながらも目的もなく進む。それにただひたすらついてくる朝日は少し妙な顔をして何も言わずにようやっと荷物を鞄に仕舞いはじめた。
「あ!」
「ん?私に何か用があったかね?」
そんな中でふと横を通り過ぎた男の綺麗に整えられた服の裾を咄嗟に掴む。
「うん!これおじさんのでしょ?」
朝日は先程“回収”した革財布を差し出す。
「お前、いつの間に拾ってやがったんだ…」
「如何にも私のものだが…」
「ごめんなさい…。何か手がかりになる物がないか中を見させて貰いました。中に子供の肖像画が入ってて、目とかよく似てたから…」
「私に似ておりましたか。それはとても良い褒め言葉だ」
嬉しそうにニコニコと笑う老紳士は朝日の頭を優しく撫でて褒める。お返しとばかりに笑って返す朝日から視線を上げてゼノを見据える。
「お父…ではなさそうですね。お兄さんかな?」
「いや、俺は冒険者だ。こいつは新人。世話してる」
「そうでしたか。本当にありがとう、助かったよ」
「持ち主が見つかって良かったです」
「…」
ゼノはいつもより強い眼光でその紳士を見据えている。紳士はそんなゼノからの視線にもニコニコと愛想良く対応していた。
「いやー、お祭りがあると聞いてね?わざわざ来てみたんだけど、見て回っているうちに落としていたみたいだ」
「あんたみたいな人が来る場所じゃねぇーだろ」
「いかにも、おっしゃる通り」
然程気にしていない様子にゼノは呆れたようにため息をつく。相手は多分貴族だ。財布に家紋なんか入れている時点で確定しているようなもの。
そして権力者と関わる事がどれだけ面倒な事なのか、危ない事なのか、全く理解していない朝日に説明する気も起きない。
「私の事はフェスタ、とでも呼んでください。今はお忍び中でね」
敢えてゼノの読みを肯定するかのようにつけられたその言葉にゼノは確信を持ち、一歩朝日に近づく。
「うん、フェスタさん。お忍びって何するの?尾行?それとも調査?」
「…」
お忍びの意味を理解していないのか、とゼノは一瞬朝日に視線を向けたが、どうやらフェスタから送られてきた視線の意味を考えると強ち、間違いでもないらしい。
「…とても鋭い子だ。何故そう思ったのかな?」
「んーと、遊びに来たならもっと露店を見てると思うんだ。フェスタさんは人の顔ばかり見てた」
前から周りをよく見てるな、とは思っていたが、周りというよりは全体を良くみていたらしい。一瞬横を通りすぎただけの相手をよくそこまで観察していたな、と感心より驚きの方が大きい。
「あっはっはっ!それはそれは!君のような少年にバレてしまうなら相手にも気付かれてしまうかもな。今日はもう辞めておこう」
「うん、もっとね?こう、楽しそうに…例えばあの串焼きとか食べてるふりしながら歩いてたらいいかも知れないよ?」
「ほぉ?それは何故かな?」
「あの串焼きは美味しいんだけど、セシルさんが言うにはあのお肉は貴族の人は食べれないんだって。だから、手に持ってるだけで貴族っぽく見えなくなるよ」
何ともまぁ、頭のいい子だ。見聞きした話しから、その場に応じて選択し、応用して、更に他人に伝える力もある。
「是非、もっと君の話を聞きたいな。それにお忍びアドバイスついでにお礼もしたい。美味しい食事でもどうかな?」
「ゼノさん、どうしよう」
「好きにすれば良い」
「僕、これと寝巻きしか持ってない」
「…」
行くのは決まってたのか、とゼノは明日見に行くぞ、と言って朝日の頭を撫でる。
出来れば貴族とは関わらせたくない。でももう朝日を守ると決めた。だから、閉じ込めるのではなくて、やりたい事をやらせて守るんだ。
では、連絡しますね、と言って帰って行った老紳士に手を振る朝日を見てゼノは拳に力を入れた。
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