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第二章

魔力の匂い

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 厚い雨雲のせいで薄暗い外。
 昼過ぎなのに部屋にはささやかな光しか差し込まず、カーテンを開けているのに部屋は同じく薄暗い。
 ゼノはそのささやかな光さえ届かない部屋の隅で一人、椅子に座り俯き伏せている。
 伏せた表情にはいつもの強気な姿は見る影もない。

ーーー心配しないで!朝日坊の情報隠しと警護の件は任せてねぇ~。ちゃんと仕事はするよ~

 確かに奴らに全部任せておいた方がいい事は分かっている。それが一番朝日のためになる、そう分かっている。

…なのに

ーーー守ってやりたい

 気持ちがその邪魔をする。
 黒騎士に全て任せる、朝日の選択に任せる、そう一度は納得したはずなのに、どうしても受け入れ難く思ってしまう。
 全部自分で出来たならば、助けてやれるのならば、それに越した事はない。でも彼は毎回自身の目の届かない場所で危害を加えられている。

ーーーあ、君たち知ってた?彼の初めての依頼の時、依頼人の店主の息子に騙されかけてたのをユリちゃんに助けられたって

「クソッ…」

 その依頼は記憶に新しいかった。
 ラースに勧められてその依頼を受けていたのも見ていたし、不安そうにギルドを出て行った朝日を心配してわざわざその店に案内したのも自分で、その被害にあった後に何も知らずにその店で飲み食いした。
 何故あの時一緒にいてやらなかったのか。知らなかったこと、助けられなかったこと、全てが許せない。
 きっと朝日は気にしなかったのだろう。許してしまったのだろう。
 それでも、いや、だからこそ何も言わない彼を守れる自分でありたい、代わりに言ってやれる自分でありたい、そう思っていた。

「…ハハ、俺じゃ、力が足りないな…」

 外は冷たい雨が降り続いていて、窓叩いている大粒の雨がそのまま窓を伝うように流れ落ちる。それがまるで自身の気持ちを表しているかのようだった。

 




「雨止んできたね~」

 長らく雨に打たれていたこともあり、朝日の体調を考慮してロードアスターは休憩を提案した。
 雨を避けるために木陰で休憩に入った途端、雨の勢いがおさまって来て、木々の隙間から優しい陽の光が差し込み始めた。

「コツ掴めて来た?」

「うん!凄いよ!あんなにやってダメだったのに!」

「それは良かった~!その調子でどんどん頑張って欲しいなぁ~。そしたら“高値の花”にどんどん近づくよ~」

「うん!」

 調子いいなぁ、とサーラスはぽそり、と呟く。
 “高値の花”の依頼は謂わばダミー依頼。本来の目的は彼の能力の秘密を暴く事。
 依頼と評してじっくりとその能力を観察し、あわよくば話させるつもりだったのだが、彼は何の躊躇も無しにペラペラと話してくれたので、当初の予定よりも早くその秘密を暴いてしまった。
 だから、ここから先は茶番といえば茶番なのかも知れない。

「お姉さん。もう一回お願いしてもいい?」

「え、えぇ…」

 サーラスは少し躊躇しながらも差し出されている両手を握り、魔力を巡るように優しく送る。この方法は初心者や子供などに使う初歩的なものだが、元々少しは魔法が使える朝日はコツを掴むのも思ったより早い。

「あったかいね…」

「…」

(何でこの子はこんなに素直に何でも言っちゃうの…?)

 赤くなっているであろう顔を隠すように俯く。
 照れる、などの次元じゃない。こんなのもうキスしているのと変わらないようなものだ。
 それをよくわかっているロードアスターはニヤニヤといやらしい顔で彼女を見る。

「朝日坊~。君は魔法についてよく知らないみたいだから言うけどねぇ?魔法には相性があるんだよ~」

「相性?」

「そうそう!だから、魔力をあったかい、と感じたり、甘く感じたり、綺麗と感じたり、いい匂いと感じたり、良い音に感じたりって五感を刺激するんだ~!だから反対に冷たかったり、不味かったり、汚かったり、臭かったり、耳障りだったりする」

「あ!前にいい匂いだって思ったことあるよ!」

「へえ~、それは誰だったのかな?」

「セシルさん!」

「…え?」

 目を丸くするロードアスターを尻目にあれはそう言うことだったのかぁ~、と納得する朝日はニコニコと嬉しそうだ。

「同性同士だと…また、意味合いが変わってくるんだけどなぁ」

「え?」

「何でもなーい」

 面白いから黙っとこう、とはぐらかしたロードアスターは自身の従者がその話の内容に固まってしまって動かない事に気が付いていなかった。

「朝日君…」

「なーに?」

「その、セシルさんとはどう言った関係?」

「え?は?待て待て待て!また発作か!!!」

「えっと…?」

 慌てるロードアスターは彼女を羽交い締めにし、動きを止めようと必死になっている。すぐ側でその様子を何だろう、と首を傾げながら見ている朝日にロードアスターは今直ぐに離れろ!と叫ぶ。

「お姉さん急にどうしたの?」

「サーラスはな、ヤバいやつなんだ!優秀なんだけど、とにかくヤバいやつなんだ!」

「朝日君…ねぇ、彼とはどんな関係なの?」

「セシルは…んー、お友達かな?」

「…お友達」

 明らかに黒ローブの怪しい女が飛びかかりそうな危ない状況なのに冷静に彼女の質問に答える朝日に意表を突かれたロードアスターは腕の力を抜いてしまう。

「あ!待て!サーラス!」

 するりと抜け出したサーラスは朝日を掲げるように軽々と持ち上げて、黒いのローブがずれ落ちたのも気にせず、質問を続ける。

「お友達ってどう言うことなの?ねぇ!どう言う事?!」

「セシルがね、仲良しになりたいって」

「!!!!」

「僕ね、お友達って初めてだったから嬉しくて!セシルさんのお家でお泊まり会もしたんだよ!」

 嬉しそうに語る朝日は持ち上げられているのも気にせず、キラキラとした目でサーラスを見つめる。
 ロードアスターもこうなったらもう彼女は止められない、と諦めたように頭を抱えて二人の様子を眺める。

「…お泊まり会!もっと詳しく!」

「んーと、お泊まり会の時は僕、ポシェット盗まれて落ち込んでたんだ。でもね、セシルさんが本の話とか、冒険の話聞いてくれて、元気になれたの!」

「二人はどうやって出会ったの??」

「僕が迷子だった時に、ユリウスさんに助けてもらってそれから!とろるのせいで臭かったみたいで、セシルさんが魔法で匂いを消してくれたんだ!」

「…朝日君…それは森の香りだったかしら」

「うん!すっごいいい匂いだった!」

 その場にふわりと降ろされた朝日。すかさず彼女に両手を握り締められて思わずビックッと体を揺らす。

「私達お友達になりましょ!」

「いいの?」

「えぇ!もちろん!その代わりセシルさんとのお話をもっと聞かせて欲しいわ!ユリウスさんのお話でもいいから!」

「じゃあ、サーラスさんって呼んでいい?」

「ダメよ!サーラスって呼んで!お友達なんだから!」

「うん!よろしくね!サーラス!」

 何だろう、この感じ。
 ロードアスターはまーいっか、と投げやりに考えるのをやめた。
 それからは森に来たばかりとは打って変わり和気藹々とした雰囲気で森の探索を再開した。
 すっかり雨も上がり、足元の泥濘みはまだあるもののその足取りはとても軽い。立ち位置も仲良く手を繋いで歩く二人を今度はロードアスターが後ろから見る形に変わっていた。

「え!じゃあユリウスさんの【飛躍】で一緒に飛んだの?!」

「うん!でも、僕はユリウスさんに抱きついてたから何があったのかちゃんとは分かってなくて。セシルさんに教えてもらったんだ」

「いや、俺それ見てたけど…あれは抱きついてたってより抱きしめられてた、だろ?」

「何!?その話詳しく!団長!」

「は?俺?」

 うんうん、と首が捥げるのでは?と思うほど物凄い勢いで頷くサーラスにロードアスターは軽く引く。普段大人しい彼女の尋常じゃないほどの興奮を黒騎士達は“発作”と呼んでいた。

「あーーー!」

「どうした!」

 大きな声を上げる朝日にナイスタイミング!とロードアスターは彼女の問い詰めからうまく逃げ出して駆け寄る。

「あったよ!」

 鞄から取り出した花とずっと握りしめていた資料を駆け寄ってきたロードアスターに押し付けるような勢いで見せつける。

「紛れもなく“高値の花”だな」

「でしょ?」

 嬉しそうにニコニコと笑う朝日にロードアスターは少し困ったような顔でフッと小さく笑った。

(これは、仕方がないな…)

 黒騎士の役割は他の団にあらゆる情報をもたらす事。国王を守る青騎士には暗殺者達の動向や王都に関わる貴族達の不正、それに付随して青騎士達の不正、裏切り者などの情報を。赤騎士達には魔物の動きや出没情報、又その魔物の能力や生態などの基本情報から盗賊や犯罪組織の動向などを。そして白騎士には裁判に発展するであろう犯罪や断首台に行くような犯罪全般の情報を。
 だから、逆を言えば情報の出す、出さないは全て彼ら次第で、魔物であろうと、貴族であろうと、平民であろうと、他国であろうと、全ての情報を管理する彼らが本気を出せば他国の要人の暗殺も簡単だし、もちろん世界からその存在自体をも消せるという事。

 だから、周りにいい意味でも悪い意味でも影響を及ぼす朝日がとんでもない奴だったら本当の意味で消す事も彼には簡単な事だったし、それも視野に入れていた。

 やったー!とサーラスに飛びついて喜ぶ朝日にロードアスターはそう心の中で呟くのだった。





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