上 下
25 / 157
第一章

調査

しおりを挟む



 少し席を外す、と言って馬車を降りたセシルが次に戻ってきた時に連れ立っていたのはユリウスだった。そうなる事は何となく予想をしていたが、思っていたよりもその登場が早く、心の準備がまだ終わっていなかった。
 と言うのも、一般的には白日の騎士団と言うところは正義の団、と呼ばれていて貴族は勿論、この国で起こっている全ての事象について公正に調べ、真実を究明する団と知られている。
 なので貴族達からは恐れられ、平民達からは慕われているのだ。
 ただ、メイリーンは平民だが、立場的にはどちらかと言えば貴族よりで、呼ばれた理由もなんとなく今回の件なのだと予想がつく。
 直接的ではないにしろ、一人の少年の犠牲でこの街は救われ、今現在その手柄はメイリーン自身の物になっている。
 虚偽罪を問われて仕舞えば償うほかない。
 ただ…。

「それで薬師殿、先程の話の続きを伺っても?」

「先程の話?何よそれ」

 高位貴族のセシルに対してこの様な物言いが出来るのは彼女が持っているライセンスのお陰だ。
 先の説明で平民の彼女が貴族より、と言ったのはその為である。
 エターナルライセンスはその道の最も優秀な人材ただ一人に贈られる最優秀の称号。それを持っているだけで貴族や王家に何かをやらかしたとて殆どの罰を無罪放免とされる。それだけこの世界に必要な人材という証。その代わり貴族や王家からの要請はよほどな事がない限り断る事も出来ないのだが。
 当然、持っている人も本当に少ない。彼女がそれだけ価値のある人間だという事だけは確かだ。
 だから、虚偽罪に関しても罪には問われない。が、名には傷が付くだろう。

「先程話していたではありませんか。“薬を受け取りにくる”と」

「…盗み聞きは…もう良いわ」

 メイリーンがそこまで言ってやめたのは彼がそう発言したのは本当に聞いていなかったのではなく、聞かなかった事にする、という意味だったのだと理解したからだ。
 彼に対する一切の干渉を許さない。
 だから、あの話しは初めからしてなかった、そうしたい、いやそうしろ、という脅しなのだ。
 そして彼らは彼らの仕事の為に動いているのではなく、完全にプライベートでの調査なのだと言う事も良く分かったのだ。
 何故なら白騎士か動く時は不正がない様に必ず聴取を取る際に二人ないし三人の書記官を置いて一部始終を記録させる。それをしていないのならこれは正式な聴取ではない。

「確かに、彼を連れて行ったのはゼノで彼に明日、私の研究室に薬を取りに来ると言われているわ。でも彼をつけて行くことは辞めておいたほうがいい」

「私達が彼にやられると?」

「いいえ。セドリックにはあぁ言ったけど、彼を追うのが無理って事。彼は光魔法が得意で姿を隠す事が出来るの」

「…それで彼の居場所を誰も知らないのですね」

 黙って聞いていたユリウスも“光魔法”という言葉には少しだけ反応を見せたが、相変わらず腕組みしたままその目は外の景色に向けられている。

「まぁ、隠す程の話では無いわ。一年前の…あれで彼の能力は知られている筈だから」

「…調査不足でした」

 メイリーンは言葉を濁すと、ユリウスの様に視線を外へ向けた。
 彼女がセドリックを研究室に置いていった理由はここにある。彼が震えていたのはセシルが恐ろしかったのではなく、背後に立たれたからだ。
 一年前のあの出来事から彼は何人たりとも背後に立たれることを異様に嫌う様になった。それは信頼するメイリーンであってもだ。
 そして何よりゼノの能力についても余り語りたくなかった。それはゼノの為でもあるが、あの一年前の出来事を彼に思い出させてしまうからだ。
  そしてセシル達がその情報を得ることが出来なかったのはそう変なことでは無い。何故ならメイリーン同様、誰もその一年前の話をしたがらないからだ。
 庶民達は勿論、情報屋ですら言葉を詰まらせる。それ程に凄惨で辛い出来事だった。

「薬師、クリスタルフロッグの生態調査は終わったのか」

「えぇ。ギルド職員から預かった素材から大体わね。細かい事は最も時間がかかるけど」

「何でも良い。情報をくれ」

 初めて視線を合わせた二人は考えている事が同じだったのだと理解した。
 クリスタルフロッグは冬の特に寒い時期に発生する魔物で今時期は余り姿を見せない。そんな魔物の発生した理由、その条件、普段の生息域、活動範囲はとても重要な情報となる。
 彼女はそれらを調べる事は得意だが、その後の現場ではまるで役には立たないだろう。だから本当は冒険者達に依頼、と言う形で調査をお願いするつもりだったのだが、白騎士がしかも個人的に動くならこれほど好都合な手合いはいない。

「条件があるわ」

「全て呑む」

 メイリーンは彼の即答を聞いて楽しそうに笑う。ギルド長であるギルバートが大切にしている彼に更に興味を持った。ゼノ、アイラ、ギルバートだけではなく、白日の騎士の団長、副団長までも動かすとは、と。

「いいわ。…じゃあ、条件だけど。情報は此処だけの話にして頂戴。まだ確定していない事ばかりで私の名で発表するわけに行かないわ。それから、これ以上ギルバートへ負担をかけるのは辞める事。朝日君を探さない事。ゼノと…二人っきりにしてあげて」

「…了解した」

 ユリウスは一泊呼吸を置いて了承する。セシルも苦々しい表情だが、ゆっくりと頷いた。

「じゃあ、交渉成立って事で。早速だけど、クリスタルフロッグは冬の魔物、と言われているのは知っているわね。彼らの体表はスライムと似た粘着性のある膜に覆われていて、その膜は外の外気温に何の負荷も感じないようなの。だから寒さだけではなく暑さにも強い。よって冬だからから発生する訳でない」

「クリスタルフロッグは確か打撃も無効化するそうですね。それがその体表のせいだと」

「そういう事になるわね。元々この辺では出ない魔物だから情報が少なく、魔法しか効かないと言われていたけど正確にはスライムと同じく核を一撃でつけば、スライム同様倒せるわ。まあ、その核自体は体内だからスライムの様にはいかないのだけども」

「なるほど…」

 さすが、エターナルライセンスの保持者。その道のプロというだけのことはある。たった1日でこれほどまで調べられるのか、と思わず感心してしまう。

「だから、クリスタルフロッグが寒い地域へ移動している、という線も消えたわ。移動過程でここへ辿り着いたわけでは無い。そう仮定するとクリスタルフロッグは冬の魔物と思われていた理由。彼らは本来ならこの時期冬眠をしているのだと思うの」

「冬眠?」

「えぇ。夏の目撃例がほぼない。なら、そう考える方が自然でしょ?だから、私は彼らの胃の内容物を調べる事にした。彼らは肉食で胃からは主に昆虫や獣の肉が出てきたのだけど。ひとつ不自然なものがあったの」

「と言うと?」

「蛹海老」

「…」

「それも調理された、ね」

「なるほど」

 蛹海老を食べる、と言う事だけなら肉食のクリスタルフロッグでもあり得る事だが、それが調理されたものとなると話しは変わる。誰かが森の中で調理していた場合を除けば、考えられるのはただひとつ。
 クリスタルフロッグは誰かに飼われていて、餌として与えられたのか、又は何らかのキッカケで口にした、という事。
 そう、人的被害の可能性が出てきたのだ。
 
「可能性の話になるのだけれど…良いかしら」

「構わない。頼む」

「じゃあ…言わせてもらうわね。私のこの仮設通りならクリスタルフロッグの動きは可笑しいの。そして、そんな魔物達の異常な行動…一年前のこととどうしても重なるの」

「その可能性も追う事にしよう」

「えぇ。…杞憂なら良いのだけど」

「…また追加情報があれば知らせて欲しい」

「分かったわ」

 それからはメイリーンを再び研究室に送り届けるまで三人は話す事なく、ユリウスとメイリーンは窓の外をじっと眺めていて、セシルは本を片手していた。









 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!

まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。 そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。 その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する! 底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる! 第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...