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商会開業

決意した日

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 私は鞄の中に机の上に出しっぱなしになっている防具を作るために持ってきた素材や道具を詰め込む。
 これまでの事を考えながら旅の準備を整えていた。

 私は自分自身では努力しているつもりだった。
 掃除、洗濯、片付け、料理。どれもそれほど得意でも好きでも無かったけど一度も文句を言ったことはない。
 自分では片付けたりはしないけども綺麗好きな夫に小言を言われないようにと努力したし、和食が好みの夫のためにレパートリーを増やしたし、御姑さんのレシピを覚えたりもした。

 当然それで褒められたことはない。
 でも、私も夫に対してお礼を言ったことはなかった。
 休みの日に娘をお風呂に入れてくれた時に、廊下に置いていたゴミを持っていってくれた時に、トイレットペーパーを変えてくれてた時に、たった一言ありがとうと言ってみれば良かった。
 今ならそのたった一言の大切さが分かる。その一言で気持ちも気分も違う。

 私達夫婦はお互いに歩み寄りが足りなかったのだと今なら分かる。


 娘は甘やかしてすぎたかもしれない。
 私には親がいなかったし、施設で育ったから他の子の普通が私にとっては普通ではなくて。
 だから、自分が出来なかったことは全てやらせてあげたい、と言う気持ちがとにかく強かった。
 でも、それは普通に育たなかった私がしたかった事で。本人がしたかった事ではなかったのだろう。
 結局のところ私は私の価値観を押し付けていただけだったのだろう。
 我儘に育ったのはまだ良い。人に好かれるような、助けてもらえるような、そんな可愛げがあれば良いのだけれども。

 もう、見守ることは出来ないのだと今更ながらに思って少し悲しくなる。私はきちんとあの子を育ててあげられたのだろうか。


 御姑さんとももっと仲良く出来たのではないかと思う。ダメなものはダメ、良いものは良い、と凄くハッキリした人だった。
 私は自分に自信がなくて卑屈になっていたから否定されたことで相入れることはない、と決めつけていたのかもしれない。
 本当に相入れなかったのならそもそも結婚なんてさせてもらえなかったのではないか、わざわざ夫の好きな味付けやレシピを教えてくれなかったのではないか、娘を可愛がってくれなかったのではないか、と今なら思う。

 きっともっと今のように自分自身と向き合えていたら御姑さんの言葉や行動の意図やその見え方も変わっていたのだろうと思う。

 そう、私は努力したつもりだった。私が一番欲しかったもの…“家族”という存在を意識するあまり、自らの行いや言動でその全てを壊してしまった。投げ出してしまった。
 
 今更気付いても遅いのは分かるし、投げ出した私が後悔するのは間違いだってことも、そんな権利がないことも分かっている。

 だけど、私はみんなと出会ってしまった。
 
 何度も言っているが、此処は日本より安全ではない。部屋の扉を開けておくことは出来ないし、夜は女一人では通れない道も多い。
 まだ身分階級が残っていて危険にさらされたこともあるし、実際に誘拐されたこともあるし、少し街の外に出れば魔物に襲われたりもした。
 ただ、そのお陰で私は自分自身を見つめ直す機会をもらったり、自分に自信を持つ機会ももらった。

 そして、大切だ、守りたい、と思える人たちに出会った。
 彼らと出逢ってからは前には出来なかったこと。苦手だと思った人に自分から関わること、そしてそんな人にも歩み寄ってみたり。
 素直に助けてもらったり、頼ってみたり。
 時にはやりたい事を思う存分楽しんで好きなだけやって我儘になってみたり。

 暗雲ばかりだった私の人生を取り戻している気がする。

「気をつけて行って来てくださいね」

「誰に言ってるの?私と旦那様は最強よ!勿論、貴方のお陰もあるけれど」

「そうでした!」

「ヘルマ、やめろよ…」

「こんな馬鹿夫婦ほっといて良いから!」

「そうですね!」

 やめろ、と言いながらも少し照れくさそうにするだけで嫌がってはなさそう。
 フラットさんにはワイバーンの襲撃を受けた観光馬車の時や、魔法鞄の依頼の時、先日の東門前での応急手当てなど、様々な姿を見て来たが、まさかこんな姿まで見せられるとは思わなかった。
 私はそんな二人の姿を見て思わず笑う。

『ふむ、割に合ってない気がするがな』

「私には十分だよ」

「なぁ~」

『二人とも甘いぞ!奴らはきっと突きあがるぞ』

「それはそれで良いかな。皆んながいなかったら私はずっと卑屈なままだったから」

「おーい。リザ、行くぞ」

「はーい!今行きます!」

 私はこれからロキさんとルーペリオさんと共にフローネへ帰る。









 
 





 
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