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商会開業

緊急事態

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 無事面接を終えて(私は見ていただけ)ルーペリオさんは結局今日の希望者の中からは五人しか選ばなかった。

 工房経験者の男性三人と実家が食堂だと言う女性が一人、そして募集要項を読んでくれた青年の五人。
 足りない分の人材についてはまた今度募集をかけるのだとか。

「魔法契約に移りますね」

「は、はい」

 彼らに魔法契約を施す。
 何度聞いても不思議な甲高い音と美しい輝きがルーペリオさんと五人を照らす。

「魔法契約は完了しました。先程も申しました通り、工房主は此方のリザ様です。この方の言う事は絶対だと思って下さい」

「「「「「はい」」」」」

 なんだかそう言われると自信がなくなってくる。もっと気楽な感じが良いなぁ、なんて思いながらルーペリオさんを見る。

 …うん、何にも言わないでおこう。

 私はその顔横に黒さを初めて見たのだった。

「住み込みやご要望のある方はこの後お伺いします。要項にもあったように明日から仕事が始まりますのでよろしくお願いします」

「「「「「お願いします」」」」」

 皆んな礼儀正しそうな人だ。
 なんだか少し安心した。

 その後、ルーペリオさんが簡単な説明と要望を聞いて私達はギルドを出た。
 もうすっかり日が沈んでしまって外は赤く染まっている。

「そう言えば、頼まれていた倉庫の件も問題なさそうですよ。先程、ジンクス様からお返事を頂きました」

「本当ですか!」

「場所は東門の近くの住宅街なので治安も良いですし、工房からもそれほど離れてはいません。ついでに見ていかれますか?」

「もう使えるのでしょうか?」
 
「大丈夫です」

「なら、鞄に入れっぱなしの物があるので置いて行きたいです」

「かしこまりました」

 ルーペリオさんの案内で借りた場所を見学する。一階、ニ階は居住スペースになっていて、倉庫らしい感じは全くない。

「工房は契約で住む事は出来ないので、住み込み希望者には此方の部屋を貸す予定です」

「なるほど」

「倉庫は此方です」

「地下ですか」

 地下室は石造りで十分な広さもあるし、何よりひんやりと心地よい。お酒を寝かせるのに丁度良さそうだ。

「気に入って頂けましたでしょうか?」

「えぇ。広さも申し分ないですし、これまで温度管理に難儀していたので助かりました」

 日陰を置くように心掛けたり、ちょうど季節的に涼しくなって来たとは言え、未だに昼夜で温度差もある。管理はなかなか大変だった。

 早速、酒樽を地下室に置いて帰路に着こうと建物から出た私達の耳に沢山の人々の声が聞こえて来る。
 閑静な住宅街に響く叫び声。

「何やら騒がしいみたいですね?」

「…東門の方のようですね。深海ダンジョンで何かあったのでしょうか?」

 フローネには西門と東門の二つの門がある。フローネの正門と言えば西門のことを指していて、基本的には西門から出入りする。
 温泉へ観光に行った時も、マーサちゃんと門外に出たときも、王都に向かうときもこの西門から出入りした。
 反対に東門はほぼ深海ダンジョン用の門になっていて基本的には冒険者しか出入りしないので、こんなに人が集まるようなことはあまりない。

「もっと持って来い!」
「備蓄用のはもう残ってません!」
「急げ、急げ!」

「ゔっ…」
「お願いだ!誰でも良い、助けてくれ!」

「しっかりしろ!」
「もう少しだ!もう少ししたら新しいポーションが届く!」
「気をしっかり持つんだ!」

 如何やら人だかりの中心には怪我人がいるようで、聞こえてくる声の様子からかなりの重傷のよう。

「何があったんだ…?」
「ほら、川の様子が変だから調査に出てたらしいんだ」
「深海ダンジョンにか?」
「あの紅の空がこんな事になるなんて…何が起こってるんだ…?」

「紅の空…?」

 聞き覚えのある名前に私は思わず身体を強ばらせる。彼らとは二、三度あった事がある程度の関係だけど顔を知っているからか、どこか他人事には思えなかった。

「Aランクの冒険者がこんな事になるとは…」
「この前はソーロで魔物災害が起こったらしいしな…」

「退いてくれ」
「通して下さい」

 ざわざわと騒ぎ出す人混みを簡単に掻き分けて中心へと押し行っていく二人組。

「紅の…お前らが下手うつなんて珍しいな」

「…冗談言ってる場合じゃねぇ…俺らの代わりにアーク達が…」

「分かってる。だが、お前の治療が先だ…」

「良いから、すぐに向かってくれ!ゔっ…」

「無理するな」

 ギルさんとマーサちゃんだ。二人を見て安心したのは束の間、辺りはかなり騒ついているのにやけに耳に残った名前。

「…ルーペリオさん」

「はい、アーク様達の危機のようです」

 いつもの優しい表情を消して、返答するルーペリオさん。その拳は強く握られていて私はやっと事態の深刻さに気付く。

 平和な世界に生きていたから私には危機感というものが足りないのかもしれない。
 先日だって魔物が村を襲っている恐ろしい場面を見て漸く焦りを覚えたぐらいだった。

 確か、あの人は温泉がある煉獄ダンジョンまでいく馬車を護衛してくれてた人達で、私の魔法鞄をアークさん達の次に手に入れた人達。
 あの時、はぐれのワイバーンを倒したのは紅の空の人達だと後々聞いていた。だから、それだけ強い人達なのだと思っていた。
 なのに、そんな彼らがこれだけの重傷を負ったということは、あのワイバーンですら凌駕する強敵が現れたという事。

「リザ様…後々の事は私の方で絶対に何とかしますから…ど、どうか…」

「私に出来るんですね」

「…はい」

「ルーペリオさん、如何すれば良いのか教えて下さい」

 私に何が出来るのかは分からないけど、重傷を負いながらも、金獅子の皆んなの危機をフラットさんは訴えた。
 彼の手当てを私がすれば、ギルさん達が助けに向かえる。

 私は拳に力を入れて足を踏み出した。










 


 



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