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異世界
思惑
しおりを挟むーーー数日前。とある屋敷にて。
私はいつも通り旦那様を出迎え、上着を預かる。
ただ今日の旦那様は足取りがとても軽い。私の経験上こういう時はいつも上機嫌であることは間違いない。
「ルーペリオ。お前に少し仕事を頼みたいのだが」
「わたくしに、ですか?」
「そう。少し事情があってね。お前にしか頼めないことなんだ」
珍しい事もあるものだ、と差し出された数枚の紙を旦那様から預かる。
紙には素材の名前がつらつらと書き綴られているだけだった。
「それを用意できるだけ用意しておいて欲しい。それから、期限まで用意出来なかったものは別でリストにしておいてくれ」
「かしこまりました。して、その期限とは…?」
「そうだなぁ…おおよそだが、3日ぐらいだろうか?細かいことはジンクスに聞けば良い」
「ギルドが関わっていることなのですね」
旦那様は最後の質問には答えなかったが、上機嫌にフッと笑って見せる。
「では、準備に行って…」
「あぁ、そうそう。ついでにお前の感想も聞きたい。あの子についての感想をね」
「あの子、ですか…」
「楽しみにしているよ」
そう言われて出会ったのはとても不思議な魅力のある少女だった。
本人はとても大人しく、緊張しているようで挨拶も話し方も辿々しい。
ただ、発せられる言葉は丁寧で文字の読み書きも出来、中流階級以上のしっかりとした教育を受けている事は明らかだった。
顔立ちは幼げで身体は華奢。朗らかに微笑み、他に類を見ないほど黒く、長く美しい髪を携えながらも時折、凄く悩ましいような疲れたような表情を見せる。
明らかに貴族だろう…と考える。
しかし、彼女はアクセサリー屋を名乗り、物腰は柔らかく、ボロ宿に泊まることも厭わないらしい。
彼女は貴族では無いのだろうか、と疑問が生まれてくる。
身に付けている物に注目してみよう。腕輪、指輪、ネックレスはどれも繊細で美しく、華奢な彼女にとても似合っている。本当に持っている品物を彼女が作ったというのならアクセサリー屋と名乗っても何らおかしくはないほどの品物だ。
その上彼女は《付与》もできると言う。
旦那様が興味を持つのも分かるし、自分にしか頼めない理由も良く分かった。
彼女は特殊すぎる。
何故なら、彼女はアクセサリー屋で付与術師であるはずなのに素材についての知識が全くと言って良いほどない。
それを頑張って隠そうとしているし、周りをかなり警戒しているようだが、それが全て表情に出てしまっていて丸分かりだ。
見た目から考えられる人物像と言動が全く一致しない。私の初めの感想は“不思議”ただその一点だった。
「お帰りなさいませ」
「今日だっただろう。彼女はどうだ?」
「感想を述べる前に二、三質問が御座います」
「フッ、何だ」
旦那様は質問されると分かっていたように楽しげに返事をする。
私はいつも通り上着を預かり、前を歩く旦那様の後ろをついて歩く。
「“鑑定”の結果は如何だったのでしょう?」
「勿論、《付与》術師だった。レベルは99。《加護》も付けられる」
「あの歳でレベルがMAX…そんな凄い子なのですね…」
「あれで18には見えまい」
「18ですか…?」
どう見ても14、5の子供だ。それにしてもレベルが上限いっぱいなのに驚きだ。
違和感の正体の一つがこれだったのか、と納得して私は質問を続ける。
「貴族ではないのですか」
「貴族ではないらしい。勿論、庶子でもない。職業は紛れもなく、付与術師だった」
「…ならば、なぜ彼女はあそこまで無知なのでしょうか」
この疑問の答えは恐らく一つ。
「分からない」
「分からない、ですか」
「ただ、恐らく我々はまだそこに踏み込んではならない」
「はい」
「見守るっというのもなかなかに楽しそうではないか?」
「わたくしもそう思います」
人を頼っているようで、頼らない。伸ばした手は取るのに、手は伸ばさない。近いようで遠い。
今はまだ、彼女と我々の間には大きく分厚い壁がある。その壁を壊すことは容易に出来るが、引き換えに彼女は我々の前から姿を消すだろう。
「守りも固めておけ」
「そうですね…」
いつ、どんなきっかけで彼女に危害が加わるか分からない。それは全力で阻止しなければならない。
時折彼女が見せる苦しく、悲しげな表情に私はそんな気持ちにさせられていた。
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