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第26話 試合会場へ
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朝日が不快に感じたのは、久しぶりだった。
リウは、なぜだろうと数秒考えて、傍に誰もいないからだ、ということに気がついて、憮然とした。
かの北の姫君のことではない。彼女と一緒に朝を迎えたことはまだなかった。
少なくともごく最近までは、誰にも気が付かなかった本当の秘め事だったのだから。
そうでなくても、冒険者学校の部屋はルトと同室だった。
ルトが、ミトラに旅立った後でも、朝食を取ろうとすれば、『踊る道化師』の誰かがいた。
授業中は、クラスメイトがいたし、放課後は、「魔王党」に稽古をつけるのに忙しく、いつでも彼の傍には「誰か」がいたのである。
孤独の中の一千年も、わずが数ヶ月の仲間達との馴れ合い生活の方にやすやすと慣れてしまっている。
リウは、体を起こした。
今日は、『踊る道化師』のトーナメントが開催される、と言う。
どんな奴らが、その名を名乗ったのかは、多少興味があった。面白ければ惨殺はやめて置いてやろうと考える程度ではあったが。
冷たいシャワーを浴びてから、ロビーに降りた。
冒険者ギルド「ラザリム・ケルト事務所」のラザリム、受付のイシュト、それにみたことのない男が一人、彼を待っていた。
「おはよう、リウ。会場まではわたしたちが案内します。
これは、わたしの事務所の共同経営者ケルト。」
見知らぬ男は、陽気な笑顔を浮かべて、リウに手を差し出した。
「はじめまして、一千年前の亡霊。あの頃は握手の習慣はあったかい?」
「あいにくと、利き腕には武器を持っていたことが多くてね。習慣はあってもなかなかさせてもらえなかったよ。」
なにか仕掛けてくるか、と思ったが、本当に握手だけだった。
だが、体内の並々ならぬ魔力を、リウは感じ取った。
「おい、ラザリム。このお兄さんは、本当にとんでもないよ。もう試合なんかやめて、このひとを本物に認定したらどうかな。」
リウは、薄く笑った。
「随分と高く評価してくれるんだな。」
「面倒なことは大嫌いなんだ。」
ケルトは、楽しそうだった。
「いいかい、バズス=リウ。
ぼくらの事務所は、真祖ロウを名乗る伯爵級吸血鬼クセル・アヴァロンに少なからず肩入れをしている。
君たちが一昨日ぶちのめしてしまったパーティと含めて、ふたつのバーティで、このトーナメントに挑むつもりだったんだが」
「ケルトっ!」
まあまあ、とラザリムをあやしながら、ケルトは続けた。
「もともと銀級冒険者として、活躍されていた伯爵閣下がなぜ、『踊る道化師』を名乗ってこのバカ騒ぎにエントリーしたんだと思う?」
「わからんな。」
リウは言った。
「そもそも、オレたちはそこまで有名じゃないし、」
「なんと!その理由だが」
「いい加減にしなさい!」
ラザリムは、けっこうな勢いでケルトをどついた。
「そこまで、話したんなら言ってしまわないか?」
「真祖に会いたいんだとさ。」
ラザリムが止めるまもなく、ケルトが言った。
「ロウに?」
「なんで?までは聞くなよ。
ぼくらもそこまでは知らん。伯爵の要望は、踊る道化師を、名乗るものが続出していて、それを西域中に知られるように喧伝すること。」
ケルトは悪戯でもしかけるような目で、リウを見た。
「それで、本物が接触をとってくるのが望みだ。ひょっとしたら、もうかなったのかな?」
カザリームの主要な交通機関は機械馬の馬車だった。
正確に言えば、馬は馬の形をしていない。一応、馬車を走らせるものと、客車にのるものは分かれてはいた。また、脚は8本に増えていたが、まだ「脚」であった。
だが、例えば、異世界人のアキルが見たらそれは「馬車」ではなく「自動車」だと。
そう言うだろう「乗り物」になっていた。
「闘技場は、旧市街にあります。」
イシュトは、居心地悪そうに、リウの隣の席に座っている。街路はよく整備されていて、
「観客は満員。戦いは一方の戦闘不能で決着がつきますが、自ら棄権を申し出ることも可能です。」
「決着がつかなければ?」
「両者同時に戦闘不能ですか?
引き分けになります。
しかし、リウ殿の場合は、ほかに出場できるものはいませんので、自動的に負けとなりますね。」
「負けることなど考えてもいないくせに。」
向かい合わせに腰を下ろしたケルトがクスっと笑った。
「正直言ってどうでもいい。オレが負けて偽物確定したからと言って、オレはオレでしかない。また別の街。そうだな。中原にでも流れてみるさ。」
「まだ、お仲間は迷宮から出て来れないようです。脱出アイテムは使わずに頑張っているようですね。」
「オレが手ずから鍛えた仲間だ。そうそう遅れはとらない。迷宮で必要なことは迷宮で学べばいい。そのために、オレはやつらを連れてきた。」
「カッコいいな、亡霊。」
ケルトはそんな呼び方をした。リウがまるで、千年前に世界を滅ぼしかけた魔王だと認めていつような言い方だった。
「オレからひとつ、質問はいいか?」
リウからの言葉に、ラザリムとイシュトの顔に緊張が走る。
「なにかな?
ぼくらは、ちょっぴり悪巧みをしていて、楽して大儲けを狙ってる冒険者事務所ですよー。」
「アシッド・クロムウェルは、この件にどう絡む。
あいつは、直接に利益はないはずだ。オレに妙に肩入れして、くれている。」
「彼もまた息のかかった『踊る道化師』を送り込んでるわ。」
ラザリムが答えた。
「彼の場合は、直接な利益というより、自分の作品をこの場を借りて競わせたいのでしょう。
『踊る道化師・姫』
フードをかぶった女剣士ただ一人のパーティ、です。仮面で顔は不明です。クローディア公国姫フィオリナを名乗っています。」
“まさかフィオリナが!?”
自分を追ってきたのか。いやそれでは早すぎる。
「アシッドさまの得意とするのは魔導人形作りです。あるいはあの剣士もそういった魔導人形なのか。」
揶揄うように、ケルトはリウを覗き込む。イタズラを仕掛ける猫の表情だった。
「あるいは本物のフィオリナ姫かもしれない。アシッド殿はむかし、グランダ王立学院に留学していたことがある。いかがです? 本物のフィオリナ姫はまずいですか。」
「そうだな。
お主らが考えるのとは違う意味で、まずい。」
リウは、なぜだろうと数秒考えて、傍に誰もいないからだ、ということに気がついて、憮然とした。
かの北の姫君のことではない。彼女と一緒に朝を迎えたことはまだなかった。
少なくともごく最近までは、誰にも気が付かなかった本当の秘め事だったのだから。
そうでなくても、冒険者学校の部屋はルトと同室だった。
ルトが、ミトラに旅立った後でも、朝食を取ろうとすれば、『踊る道化師』の誰かがいた。
授業中は、クラスメイトがいたし、放課後は、「魔王党」に稽古をつけるのに忙しく、いつでも彼の傍には「誰か」がいたのである。
孤独の中の一千年も、わずが数ヶ月の仲間達との馴れ合い生活の方にやすやすと慣れてしまっている。
リウは、体を起こした。
今日は、『踊る道化師』のトーナメントが開催される、と言う。
どんな奴らが、その名を名乗ったのかは、多少興味があった。面白ければ惨殺はやめて置いてやろうと考える程度ではあったが。
冷たいシャワーを浴びてから、ロビーに降りた。
冒険者ギルド「ラザリム・ケルト事務所」のラザリム、受付のイシュト、それにみたことのない男が一人、彼を待っていた。
「おはよう、リウ。会場まではわたしたちが案内します。
これは、わたしの事務所の共同経営者ケルト。」
見知らぬ男は、陽気な笑顔を浮かべて、リウに手を差し出した。
「はじめまして、一千年前の亡霊。あの頃は握手の習慣はあったかい?」
「あいにくと、利き腕には武器を持っていたことが多くてね。習慣はあってもなかなかさせてもらえなかったよ。」
なにか仕掛けてくるか、と思ったが、本当に握手だけだった。
だが、体内の並々ならぬ魔力を、リウは感じ取った。
「おい、ラザリム。このお兄さんは、本当にとんでもないよ。もう試合なんかやめて、このひとを本物に認定したらどうかな。」
リウは、薄く笑った。
「随分と高く評価してくれるんだな。」
「面倒なことは大嫌いなんだ。」
ケルトは、楽しそうだった。
「いいかい、バズス=リウ。
ぼくらの事務所は、真祖ロウを名乗る伯爵級吸血鬼クセル・アヴァロンに少なからず肩入れをしている。
君たちが一昨日ぶちのめしてしまったパーティと含めて、ふたつのバーティで、このトーナメントに挑むつもりだったんだが」
「ケルトっ!」
まあまあ、とラザリムをあやしながら、ケルトは続けた。
「もともと銀級冒険者として、活躍されていた伯爵閣下がなぜ、『踊る道化師』を名乗ってこのバカ騒ぎにエントリーしたんだと思う?」
「わからんな。」
リウは言った。
「そもそも、オレたちはそこまで有名じゃないし、」
「なんと!その理由だが」
「いい加減にしなさい!」
ラザリムは、けっこうな勢いでケルトをどついた。
「そこまで、話したんなら言ってしまわないか?」
「真祖に会いたいんだとさ。」
ラザリムが止めるまもなく、ケルトが言った。
「ロウに?」
「なんで?までは聞くなよ。
ぼくらもそこまでは知らん。伯爵の要望は、踊る道化師を、名乗るものが続出していて、それを西域中に知られるように喧伝すること。」
ケルトは悪戯でもしかけるような目で、リウを見た。
「それで、本物が接触をとってくるのが望みだ。ひょっとしたら、もうかなったのかな?」
カザリームの主要な交通機関は機械馬の馬車だった。
正確に言えば、馬は馬の形をしていない。一応、馬車を走らせるものと、客車にのるものは分かれてはいた。また、脚は8本に増えていたが、まだ「脚」であった。
だが、例えば、異世界人のアキルが見たらそれは「馬車」ではなく「自動車」だと。
そう言うだろう「乗り物」になっていた。
「闘技場は、旧市街にあります。」
イシュトは、居心地悪そうに、リウの隣の席に座っている。街路はよく整備されていて、
「観客は満員。戦いは一方の戦闘不能で決着がつきますが、自ら棄権を申し出ることも可能です。」
「決着がつかなければ?」
「両者同時に戦闘不能ですか?
引き分けになります。
しかし、リウ殿の場合は、ほかに出場できるものはいませんので、自動的に負けとなりますね。」
「負けることなど考えてもいないくせに。」
向かい合わせに腰を下ろしたケルトがクスっと笑った。
「正直言ってどうでもいい。オレが負けて偽物確定したからと言って、オレはオレでしかない。また別の街。そうだな。中原にでも流れてみるさ。」
「まだ、お仲間は迷宮から出て来れないようです。脱出アイテムは使わずに頑張っているようですね。」
「オレが手ずから鍛えた仲間だ。そうそう遅れはとらない。迷宮で必要なことは迷宮で学べばいい。そのために、オレはやつらを連れてきた。」
「カッコいいな、亡霊。」
ケルトはそんな呼び方をした。リウがまるで、千年前に世界を滅ぼしかけた魔王だと認めていつような言い方だった。
「オレからひとつ、質問はいいか?」
リウからの言葉に、ラザリムとイシュトの顔に緊張が走る。
「なにかな?
ぼくらは、ちょっぴり悪巧みをしていて、楽して大儲けを狙ってる冒険者事務所ですよー。」
「アシッド・クロムウェルは、この件にどう絡む。
あいつは、直接に利益はないはずだ。オレに妙に肩入れして、くれている。」
「彼もまた息のかかった『踊る道化師』を送り込んでるわ。」
ラザリムが答えた。
「彼の場合は、直接な利益というより、自分の作品をこの場を借りて競わせたいのでしょう。
『踊る道化師・姫』
フードをかぶった女剣士ただ一人のパーティ、です。仮面で顔は不明です。クローディア公国姫フィオリナを名乗っています。」
“まさかフィオリナが!?”
自分を追ってきたのか。いやそれでは早すぎる。
「アシッドさまの得意とするのは魔導人形作りです。あるいはあの剣士もそういった魔導人形なのか。」
揶揄うように、ケルトはリウを覗き込む。イタズラを仕掛ける猫の表情だった。
「あるいは本物のフィオリナ姫かもしれない。アシッド殿はむかし、グランダ王立学院に留学していたことがある。いかがです? 本物のフィオリナ姫はまずいですか。」
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