90 / 248
第89話 ゴルニウム伯アゼルの出陣
しおりを挟む籠に盛られた色とりどりの菓子の山には目もくれず、魔人族の貴族は、酒をあおった。
白酒、と呼ばれるこの北の地では一般的な無色透明の酒である。
酒精が強すぎるため、果汁と割って飲むのが普通の飲み方であった。
王妃メアは、嫋やかな笑みを浮かべその様子を眺めている。
「な、に、が、どう、なっている。」
制御を失いかけた魔力が、男の相貌を鬼のそれに変えていた。
男の名はゴルニウム伯アゼル、という。
その様子を微笑みを浮かべながら眺められること自体が異常ではあった。
メアは、菓子籠から、キャンデイをひとつ取り出して口に含んだ。
メアの生まれた家は貴族とはいえ、その領地はさほど豊かではなく、菓子を自由に食べること自体がけっこうな贅沢であった。
それを思えば。
なのであるが、山のようにもられた菓子はいずれもそれほど高価、というわけではない。
メアの住まう離宮も宮殿とは名ばかり。
補修と掃除が行き届いていることを除けば、王都内にこれよりも立派な屋敷はいくらでもあるだろう。
調度品ひとつとっても、どこか色あせ、古びたものばかり。
もともと落ち着いた雰囲気の彼女に似合っているといえば似合っていた。
「なにが? とは」
おっとりとした口調で聞き返したのが、さらにゴルニウム伯アゼルの感情を刺激したらしく、彼はもっていたグラスを床に叩きつけた。
そのまま、荒い息をつきながら、なんとか自分を落ち着かせようとする。
彼は、自分のもつ魔力には自信をもってはいたが、目の前の王妃はその八つ当たりの対象には絶対にしてはいけない相手だった。
大事なことなので、もう一度いう。
絶対に、だ。
「無論、御方さまをあのいまいましい迷宮から解放する話だ。」
「少し、敬語になれていたほうが、よいわよ、あなた。」
メアは形の良い眉を顰めた。
「一応、わたくしの親戚筋ということを周りには刷り込んでいるけれど、あまりにも敬意を欠いた物言いは、使用人たちからも怪訝に思われるわ。
いまのような、荒々しい行動もね。」
頬に手をあてて、王妃はふうっとため息をついた。
「そのグラスは、北の骨董市で探し当てた年代物なの。気に入っていたんだけど。」
「あのクリュークとか言う冒険者は本当に信用できるのか?」
「い、ま、さら、それを言う?
あなたが、ご推薦した人物では?
・・・・そうね、信用できるかできないか、で言えば、まったく信用できないわね。」
メアは難しい顔でお気に入りのグラス、いやかつてグラスだったものの破片を見つめていたが、ぽんと手を打って、散らばった破片に手をかざした。
千千に砕けたガラスはより集まって、もとのグラスに戻り、王妃の手に収まった。
「よかった。
どうも忘れがちなのよ、こういうことが当たり前にできるって言うことにね。」
「やつの目標は、おそらくは御方さまの力そのものだ。
やつの能力『神喰らい』で、御方さまの力を己に取り込む。」
「それくらい、あなたに言われなくってもわかるわ。わたしが誰なのか、半刻ごとに言わないと忘れるような頭しかもっていないのかしら?」
「おまえはそれでいいのか?」
「さあ? 神喰らい、はあくまで比喩的な表現で、クリュークは契約によってその力の一部を己も使えるようにするだけよ。
あなたも、魔素による魔族の力の増幅という目標が叶えられれば、それが御方さまのものであってもクリュークを経由したものであってもかまわないわけでしょう?」
「・・・・それは。」
アゼルは、頭の整理がつかないように押し黙った。
「不安の要素はたしかにいっぱいあるわね。
アウデリアは、いっぱしの武人のような面をしているけれど、彼女は物事を引っ掻き回して、ひとが困るのをみて楽しむ。
根っからのトリックスターよ。
おまけに勇者なんか連れてきているし。」
「・・・・おまえの目的はなんだ。」
「最初にいったでしょ?
わたしはエルマートにこの国の王になってもらいたいの。
誰からも後ろ指を刺されることのない王に。」
「それは、王妃としての願望だろう!?
闇森のザザリの目的はそんなものではないはずだ!」
「あのね。」
あきれたようにメアは言った。
「闇森のザザリは前世のわたし。
確かにわたしは今もその記憶も、力も持っているけど、あくまでメアという別人よ。
実際のところ、ハルトがまともだったら、こんな手の混んだ方法を取らないわ。
いえ・・・・」
メアはため息をついた。
「せめて、ハルトがフィオリナと出会わなかったら。
あの二人が婚約しなかったら、ハルトは学院を首席で卒業なんかしなかったでしょうし、そうすれば、エルマートが」
「もういい、わかった。」
いらいらとアゼルは言った。
「もう一度、確認する。
わたしの目的は、御方さまの魔素の力をもって魔族にかつての栄光を取り戻すこと。
クリュークは、御方さまとの契約により、御方さまの力の一部をその身に得ること。
おぬしの目的は、迷宮攻略の成果により、エルマートの『栄光の盾』の武勲をもってエルマートを王太子とすること。
これで間違いないな?」
「ええ、」
メアは婉然と微笑んだ。
「わたしはよくってよ。」
アゼルは立ち上がった。
「どちらへ?」
「わたしも用意した武力がある。」
アゼルは言った。
「アウデリアの『愚者の盾』にも充分対抗できるだけの猛者を集めた。冒険者登録もすんでいる。迷宮内ならば、魔族だと露見することもなく、全力で戦える。」
「派手なことはやめておけと言ったな。」
メアは、スゥッと目を細めた。
「迷宮内で力を解放しすぎて、もしも御方さまに害が及ぶようなことがあれば」
「その点は心配には及ばぬ。約束する。」
アゼルは左手を胸に押し当てて、一礼した。
魔族と呼ばれる彼らに古の時代から伝わる誓いの挨拶であったが、メアは魔女の顔でうすく笑っただけだった。
足早に立ち去るアゼルにその顔は見えなかった。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる
竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。
ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする.
モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする.
その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
冒険者をやめて田舎で隠居します
チャチャ
ファンタジー
世界には4つの大陸に国がある。
東の大陸に魔神族、西の大陸に人族、北の大陸に獣人族やドワーフ、南の大陸にエルフ、妖精族が住んでいる。
唯一のSSランクで英雄と言われているジークは、ある日を境に冒険者を引退して田舎で隠居するといい姿を消した。
ジークは、田舎でのんびりするはずが、知らず知らずに最強の村が出来上がっていた。
えっ?この街は何なんだ?
ドラゴン、リザードマン、フェンリル、魔神族、エルフ、獣人族、ドワーフ、妖精?
ただの村ですよ?
ジークの周りには、たくさんの種族が集まり最強の村?へとなっていく。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる