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第28話 神獣

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それからも蜘蛛の襲撃は二度。

両方とも紫の毒体液を撒き散らすタイプで、2回目は一度に20匹を超えた。

一晩、休んで翌日も、同じような紫蜘蛛の二回りくらいデカいのに襲われた。

紫の毒液を口からも噴き出すタイプで、液も前日のものより強力。
なんとヨウィスの見張り糸を溶かして気付かれないように接近するという技を披露したが、フィオリナの光の剣で上半身を吹っ飛ばされ、あえなく瞬殺された。

あれ?

これって魔法蜘蛛や金属蜘蛛と一緒の中ボスだったんじゃないの?

ぜんぶ終わって使えそうな素材をヨウィスが、収納してる最中にみんなが思ったが、なんだかもうどうでもよくなってしまって、誰も口にしなかった。





長い長い通路の突き当り。その分厚い木製の扉を開くとその先は、舞踏会にでも使えるような大広間だった・・・
天井にはシャンデリア。
いままでの薄暗い通路とは異なり、昼間のように明るい。

呆れたことに床には、豪奢な絨毯まで敷かれていた。

「ここが、第一層の最奥。」
ヨウィスが言った。
こまかな隘路、隠し扉のむこうの小部屋などはともかく、これまで通ってきた通路は糸の探索でほぼほぼマッピング済みだ。
その彼女がここを「最奥」と判断したのだ。

広間の突き当りには、この迷宮で最初にくぐった入口と同様の青銅の大門がある。

扉はしまっていた。

「か、か、階層主のお出迎えは?」
リアが胸をはって叫んだけど、ちょっと声が震えちゃった。

「あの門の向こうは・・・たぶん『城外』だ。広場があって、緑の森があって、風が吹いて。」

ヨウィスは黙った。

「糸が風で乱される・・・いる。階層主。」

「ほう」エルマートが明らかに空元気とわかるふうに胸をそびやかした。「我々に恐れをなしてここにはいってこないのかな。」

「違う・・・無理だから。」
「無理?」
「大きすぎてここには入ってこれない。」

大広間はおそらく千の人間でもらくに収容できるだろう。

天井の高さは7メトルはゆうにある。

「あ、門がくぐれない、とか?」
「階層主は転移が使える。」
「で、でかいくらいなんですかっ!我が聖剣の的になるだけですよっ!」

明らかに無理を言っているがそれは、なんとかパーティを鼓舞しようというエルマートなりの懸命の努力らしかった。

“来い”

六人の脳内に念話が響いた。
リアとエルマートの目がうつろになる。
単なる念「話」だが、心の弱いものにはそれが「命令」になってしまう。明らかに生き物の格がうえのものから話しかけられると人はそうなるのだ。
たぶん、神と対峙したときのように。

「がうっ」
とリヨンが吠えた。
「くそっ!ニコルがいれば、こんなやつ、瞬殺なのに。この模様じゃあ・・・」

ルトがパンっと手を叩いた。
フラフラと扉に向かってあるき出した、リアとエルマートの目に光が戻る。

「全員、さがれ。」
フィオリナは、なんだかうれしそうに腰の剣に手をかけている。
「わたし、ひとりでやる。」



ザックたち「彷徨えるフェンリル」の進み具合は順調だった。

初日に「金属蜘蛛」と「魔法蜘蛛」が交換転移で現れたのだから、まずは最初に魔法蜘蛛と「風の使者」が交戦した「霊安室」を探すはずだったのだが、実は、この数日でそこまでのマッピングは冒険者たちによってすでに完了していた。
欲にかられた人間がいかに熱心に働くか、という証明だったのかもしれない。

魔王宮は、夜昼問わず、常に30を超えるパーティが、探索を続けており、しかもその数はこれからも増えそうだった。
王都以外の街からも噂をききつけた冒険者チームは続々と到着しており、バルゴール伯爵は、宿と居酒屋を増設し、また、治療院や買い取り所の人数も倍に増やして、すっかり上機嫌だった。

そして霊安室からは。

リヨンが要所要所に、壁に爪痕を残してくれていたので、ほぼ一直線にフィオリナたちを追いかけることができたのである。
蜘蛛との戦闘は何回かあったが、剣や魔法の通りにくい銀色蜘蛛には一度も遭遇せず、蜘蛛の死骸から価値の有りそうな素材をちょっぴり回収するくらいの余裕もあったのだ。

トッドは斥候としては十分優秀だったし、リアやエルマートに相当する「足手まとい」のメンバーはいなかったので、そろそろ、追いつけてもいいころ・・・とザックがのんきに考えていると。

伝言虫が光り、耳にあてたローゼが顔色をかえた。

「ザック!急ぐよ!」
「ん? なにがあった? リヨンさまからの連絡か? なんだい公爵令嬢様が階層主とおパジめちゃったとかいうんじゃないだろう?」
「その・・・まさかだ。相手は・・・ここの階層主はな

神獣

だ!」

「へえ・・・・」
ザックが気味の悪い笑いを浮かべた。
「神獣さま、かい。いったいどちらの神獣さまかね。会いたくないねえ、神獣さまには。」



扉が開いた。

重い青銅の扉は、鍵などはなく、また、ルトが片手で押しただけですっとすべるように開いたのだった。

まるで、入口に戻ったかのような、広場。
空は済んでいて、白い雲まで浮いていた。

風は強く、ルトの前髪が揺れた。

彼の前。

広場の中央にその生き物は、いた。

外見は蜘蛛に似ている。だが、大きい。いままでの変異種の蜘蛛よりもはるかに大きい。

城がそのまま動き出したような・・・・

その頭だけで小屋ほどもある。そこから人間の少女の上半身が「生えて」いた。

分類するならばアラクネーの変種なのだろうか。透き通るような白い肌。銀の髪は風になびいている。
ただ、明らかに人間でない証拠に、その目は瞳を欠き、虹色に明滅する光に満たされていた。
その目は額にも1つ。
頬にも2つ。

“よく来た。勇敢で愚かな冒険者よ。”
ヒトガタの体を持ちながらも念話で話した理由は、彼女?が口をあけた瞬間にわかった。

口の中には歯も舌もなく、目と同じ虹色の光で満たされていたのだ。

「あのさ。」
ルトの後ろからフィオリナがぽんぽんと肩を叩く。
「わたしに任せろっていったよね。カッコつけてるときに邪魔するとこもハルトに似てるので、ここんとこハルト成分が抜けてるわたしにとってある意味好ましいのだけれども、なんかその、ルトも含めてみんなをカバーしながら戦うのはちょっとキツいのかな、なんて。
あれ、どうも神獣っぽいから。」

“50年前の六層の戦いで、古の契約は破棄された。”

蜘蛛少女はたんたんと続けた。

“これより後は、この迷宮に立ち入ることは許さず。そう伝えたはずだ。
わずか五十年。ひとにとってもそう長い年月ではないが、もはやその言葉も忘れ去られたか”

「王国の記録では、六層の階層主に挑んだ当時の最高位のパーティを含む、冒険者、近衛兵団、魔導師たちが全滅に近い打撃をうけ、かろうじてかえった生き残りも、二度と魔王宮に近づくな、とだけ言い残してこの世をさった。」

ルトは、話してる途中で気がついた。

「・・・忘れ去られたわけじゃなくて、最初から伝わっていなかったのでは?」

風の音がやけに強く聞こえた。

神獣と人間の間にある種の共感を含めた気まずい沈黙が流れた。

“・・・・伝言を持ち帰るものがいなかったのか。”

「全滅させちゃってるから。そっちの六層階層主が。」

迷宮の階層主が知性をもつ魔物であり、それなりの会話をおこなったという記録が、ごくまれだが残っている。伝説の「魔物使い」には階層主をそのまま使い魔とした者もいないわけではなかった。

ただ、階層主を当惑させた冒険者は、人類史上初めてだったかもしれない。

“なるほど。”
少女は整った顔をしかめながら何度か頷いた。
それから、言った。
“じゃあ、さ。なんか希少アイテムやるから、今回はこのまま帰ってそっちの偉いヤツに改めて伝えといてもらうってのは?”

「ぼくはいいけど、たぶん偉い連中は言うこときかないよ。あいつらは今度こそ六層を突破して迷宮を制覇する気でいるから。」

偉い連中、のひとりエルマートが体を縮めて、フィオリナのうしろに隠れようと努力していた。

“まあ、それでもいい。”
蜘蛛少女は鷹揚に頷いた。
“伝言だけしといてもらえばいい。次にここに来たやつから問答無用でぶっ殺せるから。
いや、ここまではこれないかな。次の『ユニーク』も準備できてるし。”

「意外に話のわかる階層主だよ。」
ルトはひそひそとフィオリナに話かけた。
「もし、その殺戮衝動を抑えられるようだったら、いちど、帰るのも手、だと思う。」

「ひとを殺人鬼みたいに言うなっ・・・でも神獣と戦えるチャンスなんてめったにないし・・・」

蜘蛛少女の額の目が、光を放った。
スキをみて飛びかかろうと接近したリヨンがその光の渦に飲み込まれる。

純粋にそれが「攻撃」だったのか。

リヨンは、とりあえず、溶けもせず、燃えもせず、バラバラにもならず、だが錐揉み状態でふっとび壁に叩きつけられた。
壁に放射状にヒビが走り、リヨンの両手、両足があらぬ角度に折れ曲がっていた。
それでも意識はあるのか、顔をあげて何か言おうとし・・・・口から鮮血を吐いた。

「治療してもいいか?」

ルトが尋ねると、蜘蛛少女は今度ははっきりと、嫌そうな顔をした。

“お主らのパーティの仲間なら止めることもできまい。だがアレは、『契約と隷属』の邪神ヴァルゴールの手下だろう。なぜ、人間のおまえたちがアレと手を組んでいる。”

この言葉に反応したのは、ルトとフィオリナだけだった。
「邪神ヴァルゴール、だと!」

「大いなる炎よ、嵐となって吹き荒れろ!!」

「ローゼっさん!?」

「遅くなったな、公爵のお嬢さん。お父上から預かりものだぜ。受け取りな!」

「ザックさん!」

ベテランパーティらしく、駆けつけた「彷徨えるフェンリル」は、ローゼが陽動のために巨大な炎の蛇に螺旋を描かせて、蜘蛛の頭部を推し包み、傷ついたリヨンにはカーラが駆け寄り、治癒術式を開始する。
召喚士のルークは、カマキリに似た召喚獣を三匹同時に呼び出した。

それぞれがカマを振りかざし、宙を舞って蜘蛛に殺到する。

「なんだかおまえさんにほっとかれると拗ねて呪詛をふりまくそうじゃないか、えらいもんにモテてるな。ほら。」

布にくるまれた長剣をフィリオナは握りしめ・・・・

「階層主! どうやら私たちは戦う運命にあったようだなっ!」

“・・・・なんだか、話がめんどくさくなった。”

独り言まで丁寧に念話でつぶやきながら、蜘蛛少女は言う。

“とりあえず、攻撃するから、生き残ったら続きをしよう、少年。”

どっ

一同を薙ぎ倒した凄まじい衝撃波は、蜘蛛が飛び上がったただそれだけの行動が引き起こしたものだった。

城塞が飛び上がったとしたらそうなる。

ローゼの炎の大蛇が消し飛び、ルークの召喚獣が吹き飛ばされ、地に叩きつけられ、粒子となって消えていった。
広場の石畳が抉れ、吹き飛んで、「ヨウィスと愉快な仲間たち」と「彷徨えるフェンリル」を襲う。

ヨウィスが鋼糸の網で全員をすっぽり覆ってそれを防いだ。
弾いた石塊は、当たりどころが悪ければそれだけで、行動不能になっただろう。

走れ!

フィオリナが叫んだ。

ヨウィスとエルマートの手を引いて、走る。
ルトもリアを出き抱えるようにして、その場を離れた。
ザックが悪態をつきながら続いた。


リヨンを治療中のカーラと付き添っていたトッドは、リヨンをおぶって、青銅の門から中に逃げ込む。最後にルークが走り込んで門を内側から閉めた。

頭上には蜘蛛。

なんの特殊能力でも魔法でもない。

ただ、その巨体が。落ちてくる。
日が陰ったような気がしたのは、蜘蛛の巨体が陽の光を遮ったせいだ。

落ちる。

直撃は免れたが、爆風に吹き飛ぶ。

ヨウィスが糸網で、衝撃を和らげた。

「ルトっ!」
巻き上がる粉塵で視界を遮られたまま、フィオリナが叫ぶ。叫びながら、光の剣を蜘蛛に投じた。どこに当たるか分からない。
分かる必要もない。
目の前に、蜘蛛の胴体が壁のように聳えている。

光の剣が当たった部分が、爆発したように抉れ、血と肉片が飛び散った。

蜘蛛が足を上げた。
破砕槌の威力と鎌の鋭さを兼ね備えたそれが、振り下ろされる。

ヨウィスの糸が絡んだが、簡単に引きちぎられた。

フィオリナはヨウィスとエルマートを抱き抱えて再び、跳躍。たった今まで3人がいた地面にクレーターが穿たれる。
三度衝撃波に、飛ばされたザックがフィオリナの足元に転がり込んだ。

「な、な、な」

なんなんだよ、こいつは。

ザックはそう言いたかったのだろうが、言い終わらない内に、蜘蛛が彼らの方に向き直る。

迷宮の出口だった門のあたりも押しつぶされ、瓦礫の山と化していた。
粉塵がまってリヨンたちの姿は分からない。

「神獣だな。」

「し、知らんぞ、こんなヤツ。」

“こんなヤツはご挨拶だな。”

蜘蛛の念話には敵意すらない。
おそらく、人が害虫を踏み潰すのにいちいち殺気をほとばしらせたりしないのと同様。

“古の強者どもには、それなりに名前が売れていたものだが・・・名をギウリムスという。”

「クローディア公爵家、フィオリナ=クローディア。右手に下げてるのが、ギルド仲間のヨウィス。左手に持ってるのが、元後輩のエルマート。足元に転がってるのが父に頼まれて愛用の剣を届けに来た・・・えっと?」
「ザックというケチな冒険者です、どうも。お初にお目にかかります・・・」
「なぜ、ここで下手に出てみる?」
「ちょっときいた名前だったので・・・・」

“生きて帰りたければ、少し遊んでいけ。”

蜘蛛の・・・胴体側の蜘蛛の口が開いた。中に虹色の球体が産まれ、明滅を繰り返し・・・

そこに光の矢が命中した。ひとつではない。おそらく十数本。
反射的に口を閉じた蜘蛛の口内で、光球が爆発する。

飛び散る蜘蛛の肉片と体液の量は、さきほどとは比べ物にならない。

すばやく後退しながら、フィオリアは風を起こして、飛散物を弾き飛ばす。

ザックは頭から、体液を浴びながらも、おそらく毒性はなかったのだろう、なんとか距離をとることに成功した。


蜘蛛はその頭部を半壊させていた。

口元から複眼の一部までが、ごっそりと削れ、しかし、そこから生えた少女に苦痛の色はない。
ほんの少し、大きく。胸をふくらませるように呼吸をする。

吐いた息と一緒に、欠損した蜘蛛の頭部がみるみる復元した。

「再生、もするのか。」
フィオリナの顔にも絶望の色はない。
「だが、核をむき出しというのはどうかな。」

差し出した右手に光の剣は生まれず・・・・

ほぼ同時に4本の剣が、蜘蛛少女を囲むように現れた。

一本は胴体を。
一本はまだ薄い胸を肩口から斜めに。
一本は首を。
一本は少女の頭を両断するように。

一斉に刺さって、一斉に爆発した。

飛び散った体液は蜘蛛のもの。
その破片に、ゆらゆらと蜘蛛の頭部にゆれる少女の半身の残骸に。
人間の臓器に似たものがないことに気づき、フィオリナは舌打ちした。

「そこじゃないのか。」

「まあ、これはなんというか、人間とのコミュニケーションのツールというか。」

いままで生えていたところのやや後方に身を起こした少女は、今度は肉声で話し出した。

「あと、なんだか、その勇者とかが男性だった場合に微妙にウケがよいというか。」

「ひとつ頼みがあるんだが?」
「ここから話し合い? 随分とコミュニケーションが下手な公爵令嬢さまだね。」

「まあ。そこは公爵令嬢さまだから。」
リアの手をひいたルトが、姿を表す。
蜘蛛が巻き上げた粉塵で汚れている以外には、外傷はなさそうだった。
「戦いを続行するのはいいんだけど、とりあえず、フィオリナとぼく以外はいったん逃してくれないかな?」

ああ。
と、蜘蛛少女は鷹揚に頷いた。
「そういう話しならきいてやらないでもないぞ。」

「何を勝手に! ここはわたし一人でいいから、ほかは逃がせって言うつもりだったのに!」
フィオリナが猛然と抗議した。

リナが、ルトの手を握りしめる。
「わ、わたし、逃げません。ルトと一緒に戦う。わたし、冒険者になるんです。」

「イリアをおいて帰れない! イリアはぼくの妻になるひとなんだ!」
エルマートが聖剣を抜き放った。っていうかいままで剣もぬいてなかったのか、こいつ。

「フィオリナをおいて、“ぼく”だけ帰る? 却下。」
ヨウィスが淡々と言った。

「え・・・じゃあ、俺は帰ってもいい・・・よな。」
「それは却下。」
蜘蛛少女は冷たく言った。
「なんでええええええ」
ザックが悲鳴をあげる。

「おまえはヴァルゴールの隷属戦闘員だろ。一匹でも多く殺したい対象だ。」

蜘蛛少女の声にわずかに殺意がこもる。

「さっきの女は、こいつらのパーティの一員だというので、殺さなかったがおまえは違うのだろう?」

舌打ちしたザックの目つきが変わる。
「そっちの線か。じゃあ、しょうがねえ。」
ぼき。と首を鳴らして腕を回した。
「ん、じゃあ、せいぜい抵抗してみるか? 言っとくが殺しにくいぜ、俺は。」
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