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第2話 輪舞曲の始まり

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「多重結界よし。」

「次元断層展開。この空間を通常空間から切り離す。」

そこは、すり鉢状に造られた闘技場。

「ランゴバルド冒険者学校自体が迷宮だからね。迷宮の中にあらたに階層をつくる感じだ。」

「・・・細部チェックは?」

「安定度は悪いよ。あまり長時間はもたない。ちょうど、ダンスを一曲踊るくらいかなあ。」

「ちょうどいい。」

フィオリナは怖い顔で笑った。この笑い、この視線で睨まれると大抵の相手はびびる。
それこそ、迷宮の階層主までビビるのだ。フィオリナにとっては不本意なことである。
平然と受け流すのは、この元王子くらいだ。

ルトは、お馴染みのボロいマントのまま。
懐には、例の鋼糸を結んだ短剣を忍ばせているはずだが、取り出す気配はない。
フィオリナは、対して両手をだらりと垂らしたまま。
ゆったりとしたシャツとパンツは、生成りの無地。部屋着か、寝巻きにも見えるなんとも緊張感のない格好である。

「いつ、以来だろう。」

そのまま、ルトに向けて右斜め前方に踏み出しながら、フィオリナはつぶやくように言った。

「婚約破棄の夜からは、ずっと忙しかったからなあ。」
ルトも同じ方向へ。

「わたしはずっときみを探していたし。」
「ぼくはフィオリナに見つかる前に、全てことを済ませるつもりだった。」
「勝手を言ってる。」

不満そうに唇を尖らせるその顔は、少年のように凛々しく見えた。

緩やかに。
互いに回るように歩を詰める。

「済んだあとくらいは、一緒にいる時間がもう少しあってもいいんじゃなかった?」
「だって、ぜんぜん済んだことにならないよ。あの状態じゃあ。」
「そりゃあ、緊張の連続ではあったでしょう。街でギムリウスが、魔物扱いされて討伐されそうになったときは、本当にグランダ最後の日かと思ったし。」

互いに。
魔法の熟練者である二人は、弧を描くような軌道でその距離を詰めつつ。
魔法を撃とうとはしない。

まるで。
会話のときを少しでも長引かせようとでも言うように。

そう、これはおそらく数ヶ月ぶりに訪れた恋人同士の逢瀬。互いたが互いを半身と認めた愛するもの同士の二人だけの睦言。

なら、そうしろよっ!
何も試合形式にしないでっ!
と、お読みになった読者の皆さんは思われたと思うし、筆者もそう思う。
恐らくは、リウやロウたちも同じ意見だ。

「あのギムリウスの件がなければ、もう少しゆっくりグランダに滞在したかったんだけど。」
「わたしもあのバルゴール財務卿が、ミュラを冒険者ギルドのグランドマスターに、なんて言い出さなければ一緒に着いて行ってるよっ!」
「あれは」

ルトは。
少しよろめいたように見えた。

その鼻先を光の剣が掠めていく。

ルトのマントがひるがえった。
裏地は。

ない。

そこは、どこかの別世界につながっていた。
照りつける太陽。
上半身裸の屈強な戦士たちがいっせいに、弓を引き、槍を投げつける。

フィオリナが生み出した大火球は、通常、ファイアボールとして知られるそれの数百倍はあっただろうか。
ほとんど家ほどもあるその火球は、矢も槍もすべて飲み込んで、ルトに殺到した。

「あれはあれで最適解だ。」

ルトは、上空に逃れた。
悪手だろう。
炸裂した大火球は、大小の火の玉となって周りに飛び散った。当然、空中のルトにも。

火の燃え移ったマントを、ルトは脱ぎ捨てた。燃えるマントは、そのまま、焔で構成された竜に形をかえて、フィオリナ目掛けて襲いかかった。
吹きかける炎、火で作られた爪、牙、はフィオリナに、届く前に、かき消された。

フィオリナが呼んだ竜巻のなせる技である。

「ミュラが、それだけの能力があるのはわかってる!」

ここは、たしか冒険者学校内の闘技場だったはずだ。
これだけの広さがあっただろうか。

フィオリナが作り出す竜巻は八つ、いや九つ。
中に紫電が走るのが見えた。

あれに、飲み込まれたら痛いだろうなあ。

「でも『今 』じゃなくてもよくない!?
わたしはきみと一緒に、旅に出られるように、『不死鳥の冠 』のギルマス後継者になれるように、あの子を育てた。」

竜巻は目の前だ。
あの中に飲み込まれたらどうなってしまうんだろう。

よしっ!
ルトは決心した。

やってみよう。

「ミュラはグランドマスターにふさわしい人材だ。」

ちょっと、痛かったけど、竜巻の制御はフィオリナからもぎとった。
そのまま、フィオリナが纏う竜巻にぶつける。風が風を相殺し、紫電が紫電を飲み込み、二つの竜巻はきれいに消滅した。

残りの、竜巻は?
間に合わない!

「でもミュラはわたしの側がいいって!
一緒に、働きたいって!」

フィオリナ。
剛毅な心をもつ美の結晶は目の前だった。
もはや、どんな魔法よりもこれが早い。

かたちのいいあご先を掠めるように放った掌底はなんの感触も残さずに、走り抜けた。
首を自ら回すことで、衝撃を逃がしたのだ。

間髪入れずに、膝が跳ね上がる。ルトはその膝に乗るようにして後方へ飛んだ、いや飛ぼうとした。

フィオリナが彼の胸ぐらを掴んでいた。

「華麗な技を決めようとし過ぎ」

膝蹴りは今度こそ、ルトの鳩尾に突き刺さった。フルアーマーでも着込んでいたら少しは違っただろうか。
一発なら。耐える。
続けざまの膝蹴りが来る前に、ルトの体が跳ね上がった。

胸ぐらをつかんだフィオリナの腕を起点に、肩、肘を極めにかかる。
そう見せかけて。

フィオリナの体内で、耐性付与が次々と強化されていく。
炎、氷、毒、当然ながら電撃耐性も。

かまわず、体重をあびせる。
フィオリナの肩と肘の関節が、ゴキリと鳴った。
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