カラッポ城の歌王子

都茉莉

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歌声の魔力

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 それから毎日毎日、ミアは古城へ通った。もともと人は寄り付かなかったから、ミアがいつでも来れるようにと、少年のへや以外は開けっ放しにされるようになった。

 共に歌い続けているうちに、感情が重なる感覚はどんどん高まっていった。元が少年の感情だったのか、ミアの感情だったのか、もはやわからなくなっていることすらあった。感覚を共有しているとすら思った。元は同一人物だったのではとすら思った。

 ミアに感化されてか、少年の表情はだんだん人間らしく暖かくなってきた。生気のなかった白い頬はほのかに染まり、目尻は柔らかく下げられる。町の子らとなんら変わりない、愛らしい子どもに見えた。
 言葉もだいぶわかるようになってきて、ミアの話を熱心に聴いていた。少年の知らないことは、全部ミアが教えてくれた。家族の話、幼馴染の話、地域に伝わるお伽話ーーミアの話ならなんでも面白かった。
 ミアは名前のわからない少年を王子さまと呼び、彼が人間らしくなっていく様を見るのが楽しくて、嬉しくて、どんどん古城にいる時間が増えていった。

 王子さまが大人たちが恐れている魔王かもしれないということは、すっかりミアの頭から抜け落ちていた。

 最初は夕方少しだった古城で過ごす時間は、昼食後から訪ねて夕食前までに変わり、次第に食事すら疎かにするようになっていった。
 ミアは王子さまを最早半身のように感じていた。片割れと引き離される時間は魂を引き千切られた心地がした。
 当然町での時間は侵食されていく。
 気持ちだけは常に王子さまの方にあったので、違和感を持たれたら一瞬だった。

 ーーミアの魂が魔王に囚われたぞ!

 大人たちは恐れおののき、ミアはすぐに外出禁止を言い渡された。
 誤解よ。違うの。何を何度言っても聞き入れられず、泣きながら自鳴琴オルゴールの曲を歌い続けた。王子さまと共に歌ったことは数知れず。半身だけに感情の乗せ方もよく似ている。歌声に託された悲哀は、周囲に漂っていた。
 人々は古城の歌声と同じ曲を歌うミアに困惑した。
 古城の歌は破滅の象徴だった。魔王の手下になったのではないか、魔王に身体を乗っ取られたのではないか。そんな噂がまことしやかに駆け巡る。
 家族ですらも疑って、遠巻きにするようになった。

 そんななか頻繁にやってきたのは、幼馴染であるシーアだけだった。古城で何をしていたのかを聞きたがるので、事細かに話してやっていた。
 自鳴琴オルゴールが紡ぐ旋律。王子さまの歌声。ミアの話を熱心に聞く王子さま。
 宝箱から取り出した宝物を愛でるように思い出を確かめる度に、どうしようもない思いがこみ上げてくる。

 ああ、半身が呼んでいる。どうして誰もわかってくれないのかしら。

 止めどなく溢れる涙をそのままに、来る日も来る日も歌い続けた。

 自分のことにいっぱいいっぱいだったミアは、シーアが思い詰めた表情を浮かべていることに気付けなかった。
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