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多くの人で賑わう町をノエルと歩くのにもようやく慣れてきた。
アーノルド家が代表するように、この辺りは有数の商業都市だ。
甘味屋、雑貨屋、劇場……、大抵のものはここに揃っている。ないのは城くらいだ。
ただ、豪商が多く住居を構えているので豪邸は建ち並んでいる。
ノエルはよくお気に入りを連れ出していたようで、甘味屋やら雑貨屋やらの主人に励ましと少しの哀れみを貰ったのは記憶に新しい。
だから、こんなことが起こることは想定内だったのだ。
連れて来られた甘味屋の女主人は、結構なお年だった。
彼女はノエルの隣に立つセシリアを見て目を細めた。
「ノエル様がアリシア様を連れてくるのは久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」
セシリアはピシリと固まった。
過去の誰かと重ねられることは想定内。外見が似ているというのなら、なおさら。
でも、アリシアという名前はいただけない。--姉と同じ名前なのは、いただけなかった。
ノエルの否定する声が遠くに聞こえる。間に見えない壁でもあるかのようだ。握りしめた拳が白い。
「--ア。--リア。セシリア」
はっと顔を上げるとノエルの顔が息のかかりそうなほど近くにある。
反射的に飛びのいて、すぐにやってしまったと思った。
「……申し訳ありません、大丈夫です」
取り繕った笑顔はぎこちないし、声は僅かに震えている。動揺しているのが丸わかりだ。
「不快な思いをさせてしまってごめんね。どこか静かなところへ行こうか」
ノエルは気遣わしげに腕をとって、どこかへ進み出した。
辿り着いたのは、小さな丘だった。
町の中心地からは少し距離があるが、ちょうどノエルの部屋から見える位置だ。
「ここって--」
「アリシアの話をしようと思う。聞いてくれるかい?」
セシリアの言葉を遮ったノエルは見たことがないくらい真剣だ。
セシリアは黙って頷いた。
「アリシアは最初の恋人だったんだ。十年前の雪の日、ここでいなくなった」
「その……アリシア様って、ローランド家のご令嬢じゃあ……!?」
「うん。そうだよ」
ノエルの視線は空を彷徨いセシリアに注がれることはない。
アリシア・ローランドの殺害事件はこの辺りで知らない人はいない。本人の知名度もさることながら、事件が滅多に降らない雪の日だったことも大きい。
そのうえ、アリシアが亡くなったあと、後を追うように一族が崩れていったことが気味悪さを助長させていた。
「といっても、あの時にはすでに振られちゃってたんだけどね」
ノエルは苦笑したが、セシリアは姉を失ったときのことが思い出されて笑えなかった。
心を占める人を失う悲しみを知っているからこそ、ノエルが理解できない。
「あとひと月で、ちょうど十年なんだ。もう吹っ切ったよ」
「あなたは……!」
思わず詰め寄ったが、言いたいことはあるのに言葉にならない。
苛烈な感情が腹の底で渦巻いて、今にもせり上がってきそうで、結局下から睨めることしかできない。
ノエルは目尻を下げてセシリアの頭を撫でた。
「君がそんな顔をする必要はないよ、セシリア。それとも、慰めてくれるのかい?」
「冗談でも、そういうことはおっしゃらないでください」
思っていたよりも固い声が出て口元に手をやる。
バレて、しまっただろうか。
この身に渦巻く感情が、恋心なんて甘いものではなく、嫉妬なんて可愛いものではなく、執着なんてぬるいものではないことが。
恐る恐る視線を移すと、ノエルは変わらない笑みを浮かべていた。
「冗談じゃないから安心していいよ」
ちっとも安心できない彼の言葉には閉口するしかなかった。
アーノルド家が代表するように、この辺りは有数の商業都市だ。
甘味屋、雑貨屋、劇場……、大抵のものはここに揃っている。ないのは城くらいだ。
ただ、豪商が多く住居を構えているので豪邸は建ち並んでいる。
ノエルはよくお気に入りを連れ出していたようで、甘味屋やら雑貨屋やらの主人に励ましと少しの哀れみを貰ったのは記憶に新しい。
だから、こんなことが起こることは想定内だったのだ。
連れて来られた甘味屋の女主人は、結構なお年だった。
彼女はノエルの隣に立つセシリアを見て目を細めた。
「ノエル様がアリシア様を連れてくるのは久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」
セシリアはピシリと固まった。
過去の誰かと重ねられることは想定内。外見が似ているというのなら、なおさら。
でも、アリシアという名前はいただけない。--姉と同じ名前なのは、いただけなかった。
ノエルの否定する声が遠くに聞こえる。間に見えない壁でもあるかのようだ。握りしめた拳が白い。
「--ア。--リア。セシリア」
はっと顔を上げるとノエルの顔が息のかかりそうなほど近くにある。
反射的に飛びのいて、すぐにやってしまったと思った。
「……申し訳ありません、大丈夫です」
取り繕った笑顔はぎこちないし、声は僅かに震えている。動揺しているのが丸わかりだ。
「不快な思いをさせてしまってごめんね。どこか静かなところへ行こうか」
ノエルは気遣わしげに腕をとって、どこかへ進み出した。
辿り着いたのは、小さな丘だった。
町の中心地からは少し距離があるが、ちょうどノエルの部屋から見える位置だ。
「ここって--」
「アリシアの話をしようと思う。聞いてくれるかい?」
セシリアの言葉を遮ったノエルは見たことがないくらい真剣だ。
セシリアは黙って頷いた。
「アリシアは最初の恋人だったんだ。十年前の雪の日、ここでいなくなった」
「その……アリシア様って、ローランド家のご令嬢じゃあ……!?」
「うん。そうだよ」
ノエルの視線は空を彷徨いセシリアに注がれることはない。
アリシア・ローランドの殺害事件はこの辺りで知らない人はいない。本人の知名度もさることながら、事件が滅多に降らない雪の日だったことも大きい。
そのうえ、アリシアが亡くなったあと、後を追うように一族が崩れていったことが気味悪さを助長させていた。
「といっても、あの時にはすでに振られちゃってたんだけどね」
ノエルは苦笑したが、セシリアは姉を失ったときのことが思い出されて笑えなかった。
心を占める人を失う悲しみを知っているからこそ、ノエルが理解できない。
「あとひと月で、ちょうど十年なんだ。もう吹っ切ったよ」
「あなたは……!」
思わず詰め寄ったが、言いたいことはあるのに言葉にならない。
苛烈な感情が腹の底で渦巻いて、今にもせり上がってきそうで、結局下から睨めることしかできない。
ノエルは目尻を下げてセシリアの頭を撫でた。
「君がそんな顔をする必要はないよ、セシリア。それとも、慰めてくれるのかい?」
「冗談でも、そういうことはおっしゃらないでください」
思っていたよりも固い声が出て口元に手をやる。
バレて、しまっただろうか。
この身に渦巻く感情が、恋心なんて甘いものではなく、嫉妬なんて可愛いものではなく、執着なんてぬるいものではないことが。
恐る恐る視線を移すと、ノエルは変わらない笑みを浮かべていた。
「冗談じゃないから安心していいよ」
ちっとも安心できない彼の言葉には閉口するしかなかった。
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