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後日談

第9話

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アゴールがピピンの出した水で目を重点に洗われ、顔と頭部を洗われ、鼻と口の中を無理矢理洗浄され、首から下を水の中に押し込まれて無理矢理洗濯されている。その間に、風の妖精がフロア内の空気を一ヶ所に集中させて集気瓶に詰め込む。その隣で、リリンが爆発から免れた花粉だけをより分けて集気瓶に……

《 リリン。詰め込みすぎてあふれているよ 》
《 エミリア、もうひとつ出してくれる? ほらリリン、半分はコッチに移して 》

リリンが花粉を詰め込んでいるのは、エミリアたちが誤って吸い込まないように、という配慮からだ。

《 浄化! 浄化! いっぱい浄化! とことん浄化! 目ぇぇいぃぃぃぃっっっぱぁぁい浄ぉぉぉぉ化ぁぁぁぁぁ‼︎ 》

光の妖精が「これでもか‼︎」というくらい、念入りに魔物がいた場所を浄化しまくる。エミリアの肩に座っているくらやみの妖精は、全身に闇色のローブを纏って光の影響を上手に遮っていた。

「来たときはいなかったよね」
「いなかったはずです」

エミリアの疑問に白虎が同意する。エミリア特製の魔導具にも妖精たちにも魔物の反応がなかったらしい。

「生まれたばかり?」
「その割には、花粉による幻覚など使い慣れていたな」

エミリアの疑問にダイバが返す。

《 えぇぇぇぇいっ‼︎ キレイになれぇぇぇぇ‼︎ 》

光の妖精が周囲を巻き込んで光で覆う。咄嗟にくらやみの妖精を胸に飾るペンダントトップに押し込んだエミリアをダイバが覆い被さり、獣化した白虎がダイバごとエミリアの上に腹這いになる。

「やり過ぎです」

パチンッという音がすると、ダンジョン内に広がっていた光が収束する。光源が弱くなって見えてきたのは、ピピンの手のひらの上で目を回している光の妖精。

「あー、目がチカチカする」

目の前にいたエミリアとダイバが白虎に守られて自身の膝下まで下がったことで、直接光源を見ることとなったスレイが頭を左右に振りながら目をしばたたかせる。アルマンやコルデ、オボロたちも同様に目を押さえたり自身に【状態回復】をかけている。鉄壁の防衛ディフェンスは生前でも最前線に出てはトラップに似た被害を受けていた。そのため【状態回復】は基本動作になっている。とはいえ、すぐに状態が元通りにならず。

数分で目や耳が回復した彼らは、周囲を見回してエミリア(とついでにダイバ)の安否を確認する。すぐに白虎の姿を確認し、その下に2人が隠されていることに気づくと表情を険しくして周囲を警戒する。

安全になれば白虎はエミリアの上から退くだろう。

しかし、白虎はけっしてエミリアの上から退こうとせず。一歩でも近づこうと動いたと同時に威嚇する。

「白虎。エミリアとダイバは無事か?」

オボロの言葉に警戒を解かない白虎は黙って頷く。その様子から、白虎はアゴールのように視覚に影響を受けて幻覚を見ているわけではないと気づく。いや、白虎は剣歯虎サーベルタイガーの本能で敵を察知しているようだ。
白虎の目が向いている方角をアルマンが警戒する。オボロとスレイは白虎を守るように武器を構える。

「フッ」

コルデが小さく息を吹きかけたナイフを2階に通じる通路へと飛ばす。で投げた小刀が弾かれると同時に重いものが倒れたような鈍い音が響く。
ドドンッという音が続くと同時に、何かが逃げていく雑多な物音が遠ざかっていく。
そのまま身動きしないこと数分。最初に動いたのは白虎だった。

「ダイバ、エミリア。大丈夫か?」
「ああ……エミリア?」
「平気。白虎、ダイバ。ありがと」

エミリアやダイバたちは、いまは人神じんしんという神の一族である。同時にピピンとリリンは神魔しんま、白虎は神獣であり、やはり神の一族として神籍に名を連ねる者である。
ここにいる誰もが、普通の魔物相手には無敵なのだ。

「ふうううううん」

エミリアが周囲に目を向けると、そのままアゴールに近づく。アゴールはピピンのいやしの水に全身をひたらせてぐっすりお休み中。

「アゴールぅ。置いてくよぉ~」
「ダメぇぇぇぇぇぇ‼︎」

エミリアの囁くような小さな声でもアゴールは飛び起きると、その勢いのまま水球から飛び出してエミリアに抱きつく。

「アゴール、具合はどうだ?」

ダイバの声にハタ、と動きを止めて周囲を見回す。数瞬ののちに、背後にある壁を睨みつける。エミリアに抱きついた腕を離さないのは、精神安定剤の代わりだろう。

「あれは……魔物、だったの?」
「たぶんね」
「幻惑?」
「もしくは思い込みマボロシ

アゴールはその言葉に頷く。アゴールはこのダンジョンにミズーリ草を求めて入ってきた。それを見つけたという幻をみた可能性がある。
同時に光の妖精が繰り返した異常な浄化作業もそれで理由がつく。『浄化対象が残り続けている』という幻を見ていたからだ。

《 ごめんなさい 》

ピピンの手のひらに正座をして俯く光の妖精。幻覚に惑わされて、仲間のくらやみの妖精を危険に合わせたのだ。

《 大丈夫だよ 》

くらやみの妖精が光の妖精を優しく抱きしめる。

《 エミリアやみんなを守ってくれてありがとう 》

疲れなかった? 大丈夫?
そう心配する言葉をかけられて、震える腕を伸ばした光の妖精がくらやみの妖精にしがみつく。

「少し休もう。さっきの魔物が何か、エミリアと白虎は……何かわかっているか?」
「見ていないからは分からないけど。何が起きたかは、推測の域でいいなら」
「それでいい。で、ピピン。いま何を回収した?」

物音がしたところまで歩いて行ったピピンが戻ってきたところでダイバが確認をする。

「あの先から出てこられないよう結界石を設置してきました。それとちょいと細工を」
「それは安全なのか?」
「エミリアに害はありません」

ピピンのエミリア至上主義は変わらず。それはある意味で信頼できるものだ。

「わかった。あとで説明を頼む」

ダイバの言葉にピピンは含みのある笑顔で頷いた。
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