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最終章
第753話
しおりを挟む地面には黒く焦げている跡も残っていない。すでに地の妖精たちが回復させたからだ。
地面に転がっているのはレイモンドただ一人。レイモンドから発せられていた蒼白い炎はすでに消えていた。
「ハハハ……。俺の不死になった身体も役に立ったな」
もう、初めて会った時のようなオレサマ残念王子ではない。亀裂の入った顔も、すでに光る筋が薄く残るのみ。不死人の焼鏝の痕を除けば『見た目イケメン』の姿は変わらないが、今回のことで精神的に大きく成長できたのだろう。
……そうあって欲しい。
ジャミーラの消滅後、私は真っ先にミリィさんに抱きしめられた。「今までよく頑張ったわね。エライわー」と。その後は、フィシスさん、アンジーさん、シシィさんの順番に抱きしめられて労いの言葉を贈られた。
鉄壁の防衛の皆さんからも口々に労いの言葉を受けた。アクアとマリン、そしてマーレンくんからは抱きつかれて泣かれた。心配させすぎて、言葉がなくなってしまったようだ。
マリンは最後に守れなかったことを何度も謝罪していた。言われなくても分かってる。ダイバからも注意されたそうだ。
「エミリアを悲しませたくないなら生きろ」
その言葉で我に返った。
鉄壁の防衛に引き取られてから何度も聞かされた言葉「『自分が死んでもみんなを守れた』なんていうのは自己満足だ」。エミリアが生きていると知って「死んでも守ることがエミリアに救われた自分ができる恩返しだ」と信じて疑わなかった。
「精霊と人間のハーフだから死なないと知って、盾になろうと思った」
それをダイバは、エミリアがどう思うか指摘した。
「本当にごめんなさい」
マリンは私だけでなくキッカさんたちにも頭を下げた。
「マリンの気持ちもわかる。自分たちを庇って傷ついたユージンを目の当たりにして、一般の人を守って死んだオボロやサリー、オルガたちの遺体を前にして。はじめて『仲間の死』に対面したのだからな」
「私は潰れた身体で虫の息だった。……偶然だったのよ、生き残れたのは」
エリーさんは今なお持ち上げた手首に巻かれたままの輝く金糸を見つめる。ナナシに精神と身体を引き剥がされ、もとの肉体に戻っても無意識に抜け出す精神。それを抑えるために無理矢理つけられた金糸。…………それが生死を分けた。
「私も……ね。目の前で死んでいくオボロに何もできなかった。……唯一できたのは……オボロの家族に、オボロの最期の様子を伝えることだけだった」
「最期まで優しいお兄ちゃんだった。妹と同じ妊婦を守って未来を託した」
「……ああ。ほかの連中も同じだろう。未来を託した先には必ず明るい希望があると信じたはずだ」
私の言葉に頷きながら、コルデさんは自分の腕に装備した半籠手を撫でる。オボロさんはコルデさんと一緒に戦っていたのだ。
死者の世界の番犬四つ目のわんこの黒色とまだら模様。彼らが、ナナシに殺害されたオボロさんたちの魂を連れてきていた。……みんなはジャミーラの消滅と共に死者の国へと還っていった。
「エミリアちゃん、ダイバ。よく頑張ったな。かっこ良かったぞ」
還る前に父親と別れの挨拶をしたオボロさんは、私たちにも声をかけてくれた。
「オボロお兄ちゃんも。聞いたよ、最期のこと。かっこいいお兄ちゃんで、妹も鼻が高~い♪」
「調子に乗るな」
両手を腰にあてて「えっへん」と胸を張る私の頭をダイバがコツンと小突く。そんな私たちをオボロさんが「変わらないなぁ」と破顔する。
「シエラのことは聞いた?」
「ああ。可愛い男の子を産んだんだって?」
「可愛くないよぉ~。お調子者のノーマンだもん」
「……たしかに。成長後がああなると思うと、な」
私に同意するように頷くダイバ。なんせ、プロポーズを吹っ飛ばして「俺を産んでくれ」だからね。
「そうじゃなくてさ。シエラ、2人目をおめでたなんだよ」
「「「なんだとぉぉぉ‼︎‼︎」」」
「…………そこでなんでどーして。シーズルまで一緒になって驚く」
シエラのこともあり、オボロさんに挨拶しようとしたのだろう。近付いていた、根っからの真面目竜人シーズルまでもが驚きの声をあげた。
「いや、しかし……」
「寝室を別にして子ども部屋をつくったって? 夫婦水入らずはいいけどさ、子育てに疲れているシエラを組み敷いて毎晩しっかり子づくりしてれば……出来るよね~」
どかぼかすか、と踏みつけられるシーズル。肉体はないものの、しっかりオボロさんも踏みつけている。一緒になって、楽しそうな妖精たちにまで叩かれている。
「エミリアぁぁぁ! 笑ってないで助けろ」
「え? ヤだ」
こうなることがわかってて言ったんだもん。
「子育てを手伝わないシーズルが悪いんじゃん。それなのに『夫婦の営み』を強要するとか。まるでオオカミ、野生のサル」
《 エミリア。動物たちが気を悪くする 》
《 エミリア。生きとし生けるものに対して失礼 》
「おォォォォォい‼︎」
妖精たちの冷たいセリフにシーズルがわめいた。その直後に、妖精たちから白い目を向けられて息を詰める。
《 じぃぃぃぃぃぃぃ…… 》
《 じとぉぉぉぉぉぉ…… 》
「ひぃ、っく……」
何十、何百、何千対もの小さくも冷たい目が向けられては怖いだろう。
シーズルが周囲に救いを求める目を向けるものの、誰ひとりとして助けに寄ろうとはしない。
「女の敵ね」
「男としてもクズだな」
「生きたまま死者の世界に行くか?」
最後のオボロさんのひと言が何よりきいたシーズル。
《 片道切符なら連れて行っていいよー 》
「返品不可!」
《 出戻り厳禁! 》
「お前らぁぁぁ‼︎」
妖精と私たちの激励にシーズルは泣いて喜んだ。
あっ、シーズルは泣いて、私たちは喜んだ、だった。
オボロさんやオルガさん、サリーさんたちは楽しそうに笑いながら…………粒子になって消えていった。
「サヨナラ」の言葉もなく、ただ喪ったはずの日常のひとときを生者も死者も関係なく過ごし。
みんなが逝ってから、私たちは声をあげて大声で泣いた。
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