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第十二章
第695話
しおりを挟む小さな惑いが大きなトラブルを生む。それは取り返しのつかない事件を引き起こした。
聖女様の召喚。
それは禁じられた魔法。
「国王や王太子が聖女様を召喚した場合、成功しても失敗しても表向きの咎めはありません」
「表向き? ということは公表されていないことがあるってことか?」
「はい。国王を早めに譲位したのちに表舞台から退場します。それは不死人となり、召喚時に犠牲になった聖女様の世界の方々に詫びるための行脚にでます。犠牲になった方々の数によって多少変わりますが、期間は300年前後です」
レイモンドと俺が主に話を進める。オヤジたちも幾度か質問しているが、ピピンは何かをメモしており、一度も質問をしていない。あとからまとめて質問をするのか、こちらに全権を任せてくれているのか。
「では、国王や王太子以外が召喚した場合はどうなる?」
アルマンの質問にレイモンドが息をのむ。しばし無言の時間が必要となったが、それは答えを有するため。それだけ覚悟が必要な内容だった。
「聖女様を召喚した者……今回は私です。召喚が成功したことが判明したと同時に全権限の剥奪。地下牢に幽閉ののち、1年以内に聖女様が亡くなられた場合は数日以内に不死人の公開処刑となります。そして父である国王も召喚を止められなかった罪を問われて、同じく不死人の公開処刑になります」
「俺たちは王都にいてアンタの公開処刑をみた。……たぶん、エミリアちゃんもいたはずだ」
「……はい、処刑台にいた私を遠くから見ていました」
オヤジの言葉にレイモンドが頷く。エミリアの忘れた記憶の中に当時のことが残っていた。あのときのエミリアに怒りや悲しみはなく、すべてを手放した無の境地に近かった。
「……気持ちに整理をつけるためだ。エミリアは亡くした少女と『前を向いて生きる』と約束した。そのために公開処刑を見届けた」
「私を見る目は、何も感情がありませんでした。激しく憎んだり、深く悲しんでいたりなどという感情はなく……ただ『無』だったのです。そのため、鏡のように薄汚れた私の内を映し出していました。私の驕り高ぶった精神を鎮め、黒い欲望に埋められた気持ちを顕にし、周囲の悪意ある期待や邪な欲に絡みつかれていた感情が解放されました」
「それで反省はできたかね?」
「反省など……。自分がどれほど愚かで取り返しのつかないことを仕出かしたのか。ただただ、悔いる日々を送っています。時々、幼い頃に兄が教えてくれたことを思い出しては、自分がどうしてそうしたのか。何をどうすればよかったのか。それを自問自答しています」
「答えは出たのかね?」
「……いいえ、きっと答えは永遠に出ることはないでしょう。空想しても、私には出来なかったこと。そのためそれは正しい答えなのか、実際に出来ることなのか。その答え合わせは出来ません。……きっと、永久に……私には正しい答えは見つからないのでしょう。そしてその答えを繰り返し導き出しては、正しい答えが見出だせずに窮する。それが私への罰でしょう」
レイモンドがチャミに視線を向ける。その仕草は無意識だったのだろう、チャミが女神だと知ってつい見ただけのようだ。チャミもまた、その視線に気付いたようだが答えることはなかった。
「召喚に失敗したときはどうなる? というより、召喚に失敗する条件はあるのか?」
俺の質問に視線を這わせるレイモンド。誰かや何かを見ているのではなく、考えるときに目が泳ぐクセがあるようだ。よく見れば焦点の合っていないそれは、まるで答えを誰かに教えてもらおうと助けを求めているようにも見える。
「自分で答えられないのか!」
「……シーズル、やめろ」
「いや、しかしコイツはエミリアを!」
「シーズル、まだ喋りたいですか?」
俺が止めても止まらないシーズルの暴走気味の感情。それは後ろに座るピピンの声で鎮まる。これ以上続ければ、間違いなく用意されているだろうコップ一杯の水を飲まされて強制的に黙らされるだろう。
もちろん、コップに入っているのは操り水だ。
「失礼しました。どうぞ、続けてください」
ピピンが進行を促す。暑さは魔導具で感じないはずだが、両手で口を塞ぐシーズルからは脂汗が流れ、ヘビに睨まれたカエルも斯くやというほどに身体を竦ませている。
「自業自得だ」
オヤジの言葉に思わず頷いた俺とアルマン。シーズルとは反対隣に座るチャミからは呆れに似たため息が聞こえた。ピピンの行動を止める者もシーズルに味方する者も、ここにはいないことは確かだ。
「聖女様の召喚に失敗した場合、召喚に関わった魔術師を含めて全員が生命を落とします。もちろん召喚を命じた私も。そして父である国王の遺体が八つ裂きの状態で見つかります」
レイモンドが言い淀んだ理由、それは自分が王子だという権限を悪用して、老若男女の魔術師に聖女様の召喚をさせた事実。『もしも失敗していたら』と指摘されて彼らの生命を軽んじていたことに気づいたのだ。
「まるで前例があるようだな」
「はい。曽祖父が王位を継いだときがそうだったと記録に残っています。あのときは曽祖父の姉が婚約者を国王にしたいがため、魔術師たちに聖女様の召喚をさせたそうです。……ですが、聖女様は召喚されず。魔術師たちと曽祖父の姉と婚約者、そして召喚することを事前に知っていた婚約者の家族が血まみれで見つかり、国王は王城の地下牢の隅に八つ裂き状態で発見されました」
「暗殺ではなく?」
「……八つ裂きですが、一滴の血も見つからなかったそうです」
俺は黙ったまま背後に座るピピンに目を向ける。ピピンは俺が何に気付いたのか分かっているのだろう、やはり黙ったまま俺の目を見て頷いた。
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