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第十二章

第685話

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その話が届いたのは火山島の調査が始まって数日経ってからだった。

「はあ? ウランベシカが消滅した?」

耳を疑う情報に誰もが声を失った。

「とりあえず……エルスカントの尾根は丸ごと運ばれてきたよね」
「ん? ああ『地上の地獄』に今はある」
「あそこは『神獣の箱庭』だろ」
「『妖精の実験室』じゃないのか?」
「『エミリアのおもちゃ箱』の間違いだろ」

次々と勝手なことを口にする人たち。そんなことを言っていないと気持ちが沈み込んでいく。
遠い異国のことだとしても、ダイバたち竜人一族の悲劇を知っていてその原因となった国だとしても。戦争で滅んだのではなく地図上から消滅したというのだ。

「……私、封印されてから一度も入ってない。ダイバとシーズルだけズルい。私もエルスカントの尾根に行ってみたい」
「安全かどうか調べているから待ってろ」
「おじいちゃんたちが住んでいた場所とか、隠し金庫とか、隠し通路とか。封印された身体の一部を見つけて切り刻んでミンチにして毒薬にひたして腐食させて騰蛇の火で炙って」
「……まず封印を解くのは禁止ダメだ」
「じゃあ、封印のまま取りだす」
「はいはい。それはまた別の場所で話すとして……メッシュ?」

私たちの話を止めたギルロバが、ウランベシカ大国の情報を開示したメッシュに視線を向けて話を促す。メッシュの目が周囲に向けられて、誰も異議を唱える気がないことを見てとると手元の書類に視線を移す。

「ウランベシカ大国にそびえるエルスカントの尾根が廃国に移されたこと、ここにいる全員には周知の事実。と前提の上で、そののちの情報から報告します」

メッシュの目はせわしなく書類上の言葉を追っていく。
ナナシの身体が封印されているとの前提で私たちが目論んでいた計画。それは運がいいのか悪いのか、軟禁されていた人たちと封印の回収のチャンスを得たことで呆気なく終わった。
タイミングよくナナシの計画に加担している竜人たちがエルスカントの尾根をくだって王都にいた理由を、情報部は得た情報から仮説でありながら立てているようだ。

「ナナシの気配が消えたからでしょう」
「それは何なんだ? ナナシはこのプリクエン大陸から弾かれただけじゃないのか?」

職員の声にメッシュが黙ったまま重々しく左右に首を振る。
メッシュがいうには、ナナシを信心する彼らは神の罰を受けていたと思われるそうだ。

「王都で調査を始めましたが2年に一度、3ヶ月に渡って彼らは姿を隠していることが判明した。その間、エルスカントの尾根は警備が手薄になっていたようです。それをおぎなうためか、尾根全体には常時結界が張られていました」
「その結界の種類は特定されているのか?」
「はい、神聖なる存在のみが通過することができます」
「聖なる……?」

全員の視線が疑問符付きで呟いた私に向く。

「王都でエルスカントの尾根はウランベシカ大国の国教となった『龍の女神』の聖域と見られています。その尾根に張られている結界だからです」
「んなの、ミスリードじゃん」
「どういう意味だ?」

シーズルがみんなの疑問を口にしたのだろう。ただ頷く職員たちもいる中、自分で答えを導きだそうと考えている職員たちもいる。
それに気付いたのは、ひとりが手をあげたから。

「もし張られた結界が『神聖なる存在だけが通れる』とするなら……竜人たちを閉じ込めている連中は弾かれるだろ?」
「おじいちゃんたち、罪人じゃないし。そこで生まれ育った人たちも罪人じゃないでしょ。それとは逆に、おじいちゃんたちを捕まえた連中と、セウルたち兄妹を売った連中は罪人だよ」
「誰かが通れる時点で『神聖なる存在』という前提が間違っている」
「『おとっている連中』の間違いだよね」

私の言葉に異議が唱えられる。

《 エミリアに訂正を要求する! 》
《 私たちは劣ってなーい! 》
「みんなは火龍と一緒に入っていたから結界が効いていないだけ」
「妖精が劣っている証拠だな」
《 シーズルに訂正を要求するー! 》
「事実を言ったまでだ」
《 えーい! やっつけろー! 》

妖精たちがシーズルの前に並ぶとスクラムを組む。

《 一斉にかかれー! 》
《 おおおー! 》

多勢に無勢。1対30……って

「どこから入ってきたの。最初から隠れていたの?」
「妖精専用の扉が付けられているようだな」

そう言ったダイバが向けた視線の先。そこには小さな扉が付けられていて、そこからわらわらと妖精たちが入ってくる。そして周囲を見回すとそのままシーズルに飛びかかっていく。遊んでいると思っているようだ。

数に負けたシーズルがイスごと後ろに倒れるのに、それほど時間は掛からなかった。
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