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第十二章
第684話
しおりを挟むアルマンさんとコルデさんが、ダンジョン管理部の職員相手に特訓を開始した。というのも、事務職員であっても自身を守る最低限の術を身につけた方がいいと決まったからだ。
「エミリアがつくった魔導具があるじゃないか」
「……回数制限の? それで、回数が限界で砕け散って死んでも恨まないでよ」
私の言葉にハッとした職員たち。慌てて目を背けたのは、魔導具の耐久性が限界を迎えて死んでしまったオボロさんたちのことを思い出したからだろう。
「…………すみません」
ひとりが謝罪を口にするとその場にいる職員全員が口々に謝罪をした。中には頭を下げている職員もいる。
「私のつくった物はここで優先して売ることはしない。今までも、そしてこれからも」
驚きの表情を向けてくるけど「優先して売ってくれ」とは言われなかった。先ほどの発言が失言だと思ったのだろうか。
それでもいいと思う。
実際には、各国で販売を望まれている。それも「祝福を受けた者が作ったのなら、ほかの連中がつくった物より効果があるだろう」というものだ。
ポンタくんが勝手なことを宣う国には販売を拒否している。国交をチラつかせて交渉してくる国は、ルヴィアンカが国王として突っぱねてくれている。
ある国と行われた交渉の様子をルヴィアンカが記録に残してくれたものがある。それが世界各国に公開されたことにより、国交に使うことで国の滅びを早めると知らしめた。
「たったひとりの下民ですら権力で言うことを聞かせられない国王など愚の骨頂! 命じてもいうことを聞かないなら投獄して鞭打ちでもするがいい。死を前にすれば嫌でも聞く。それでもダメなら奴隷に落とせ! そんなこともわからん若造なら国を明け渡せ!」
「……そちらの言い分はよくわかりました。私では役に立たぬ、役に立つ者と代われと仰られるなら、私はこの交渉を信頼ある者たちに一任します」
「ほう……それはそこの若い宰相ですかね?」
若いから何とでもなると思ったようでニヤリと笑う相手国の国王、チラリと目を向けて見下すように口元を上げる付き添いの男。彼らは無駄に歳を重ねただけの無能だったようだ。
「いいえ、私など足元にも及びません。あの方をたくさんの方々がお慕いしております。皆さまが進んで動かれるでしょう」
「どういうことだ……? ただの魔導具職人だろう? そんなたわいない有象無象も同然の生命などに誰が付き従う」
「無知もここまでくると罪ですね。そのお方はこの世界会議のテントの製作に尽力なされました。そのようなお方に対して数々の侮辱。各国の代表者からはその女性に深く感謝なされております。貴国の代表者からもそう受けておりましたが……どうやら違ったようです」
「ま、まさか……その女、いやそのお方は……『薬師の神に祝福を受けし者』の称号をお持ちの方のはず……」
「ええ、そうです。モルタニア国も万能薬に助けられたのですか? それなのに鞭打ちをしろ? 奴隷に落とせ? 数々の恩を仇で返すとは」
孤児からルヴィアンカの側近のひとりとして這い上がったロドス。彼は『智栄のロドス』と呼ばれている。叡智で国を繁栄に導く者という造語らしい。
「国を正し国民を導く」
ルヴィアンカが戴冠したときに国民に誓った言葉だ。ダンジョン都市から彼の補佐としてついていったロドスたち孤児はミスリアが開いた学校で勉学に触れた。その知識を深めてルヴィアンカの補佐をする誓いを立てたロドスたち。各国から集めた教本を手に、叡智を司るとも言われる地の妖精たちを講師に迎えて寝る間を惜しんで勉学に励んできた。その努力と蓄えた智識を持ったロドスたちが、彼らにあった称号を妖精たちから与えられた。
そんなロドスが実力を発揮するのは、このような外交の場でのこと。
「いまさら後悔しようとすでに手遅れですよ。この世でたったひとりの女性を深く信心している妖精、聖獣、神獣に知られたのです。国の代表として発した言葉の重みを理解できない国王と、そんな国王を据えて従い続けてきた国民にも責任はあります。さっさと滅ぼされてください」
ロドスに返ってくる言葉はなかった。その代わり、場に相応しくない悲鳴があがった。彼らの耳に妖精たちが近寄って囁いたのだ。
《 私たちの女神さまに何をするってー? 》
《 投獄して鞭打ちー? 》
《 奴隷落ちー? 》
《 それってー 》
《 お前たちが受けるんだよぉぉぉぉぉ 》
「「ひやあああああああああああ!!!!!!」」
妖精たちは低い声でモルタニア国の代表2人に脅しをかける。時々、声を揃えて脅すため怖さ倍増だ。ルヴィアンカとロドスは職人たちが作った同調術の魔導具を身につけているが、非売品のためモルタニア国の2人はその魔導具の存在を知らず身につけていない。
見えない存在から口々に囁かれているのだ。モルタニア国の2人にしてみれば恐怖でしかない。さらにルヴィアンカとロドスが恐怖を煽る。
「如何なされましたか?」
「……この恐ろしい声が聞こえていないのか」
「恐ろしい声ですか? あなた方の悲鳴以外に恐ろしい声は聞こえませんね。ロドス、キミはどうだ?」
「私にも恐ろしい声など聞こえておりません」
それもそうだ、2人からは妖精たちの姿が見えているし怖い存在ではない。そして妖精たちは守るべき国民であり師でもあるのだから。
しかし、それを知らない者たちには『誰にも姿は見えず、自分たち以外には聞こえない声』をあらためて知ることで恐怖が増した。床に伏せて頭を抱える。
「助けてくれ! いや、助けてください!!!」
《 お前たち、ナニサマだー? 》
「わっ私たちは、モルタニア国の」
《 奴隷サマだー 》
「「ひえええええええ!!!」」
ルヴィアンカたちにとってモルタニア国の代表たちの姿は見苦しく、妖精たちの姿は微笑ましい。そして2人が謝罪を口にしないため延々と続いていることも気付いていた。だからこそ種明かしをしないで見ている。
ルヴィアンカたちは妖精側の立場で、妖精たちにすべて一任したからだ。
結局話し合いは打ち切られることとなる。モルタニア国からついてきた妖精が《 いったいいつまで醜態を晒す気だ!!! 》と怒鳴ったからだ。
「だったらお前が何とかしろ!」
相手が誰か確認もせずに委任するなど失策の極みである。これによって更なる地獄が彼らに降りかかることとなった。
《 タグリシア国の皆さま、当国の代表が失礼をいたしました。ここにお詫びいたします 》
テーブルの上に並んだ妖精たちは左手を胸にあてて服の裾を摘んでルヴィアンカたちに立礼する。ルヴィアンカは黙って頷き、ルヴィアンカの前のテーブルに並ぶ妖精たちも頷く。
《 頭を上げられよ。謝罪の言葉は受け取ろう。しかし当事者の謝罪がない以上、許すことはできぬ 》
《 もちろんでございます。彼らによる数々の無礼及び失態の咎を認め、本日世界時刻10:22よりミドグリームス大陸モルタニア国はプリクエン大陸タグリシア国に属すことをここに宣言いたします 》
《 本日世界時刻10:22より、ミドグリームス大陸モルタニア国の従属を許します 》
【ミドグリームス大陸モルタニア国によるプリクエン大陸タグリシア国への従属を認めるものとする】
両国が代表としての権限を妖精に預けた。よって妖精たちによる交渉は公式なものとなる。さらに追い討ちをかけるように権利の神が宣言を認めた。
神が関わった以上これは正式な契約であり、モルタニア国が異議を唱えてもなかったことにはならない。『契約不履行』として重い罰が下されることになるのだ。
モルタニア国には愚王に似ず賢い王子と王女がいる。
王子が国王として立ち、王女が従属の証としてタグリシア国に嫁いで来る。愚王を父に持った子としてルヴィアンカとの仲も良く、両国の関係もまた平和かつ繁栄していくのはまた別の話。
記録をしている魔導具には妖精の姿は見えないものの光が飛び交っているのは映っている。妖精たちの声は聞こえているため、モルタニア国2人の恐慌を来した姿は一見するとホラーにみえる。滑稽なことに変わりはないが。ただし、各国は妖精たちの精神的な攻撃に震えることとなる。
同調術の魔導具が設置されているダンジョン都市内や、同調術の魔導具を身につけているルヴィアンカたちには妖精たちの姿を見ることができる。そのため一国の代表たちによる失態は面白い笑い話として周知された。
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