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第十章
第513話
しおりを挟むときは遡り、サヴァーナ国に最初の噂話が齎されるひと月前のこと。
「エミリア、ダイバ。ファウシスの調査お疲れさま……というと思ったかあああ!!! とくにエミリア! お前というヤツは!」
「……シーズル、うるさい。聞こえない、聞こえない」
シーズルの声が、職員が半数集まった会議室内に大きく響く。私は耳を塞いで窓際の席を確保すると、そのまま両手を耳から外さず机に突っ伏す。
「こら、エミリア! 逃げるんじゃない!」
「シーズル、無駄だ。エミリアはお前に怒られるのを分かっているから、結界の魔導具を身につけているぞ」
「しかしだな」
ダイバが止めてくれるけどシーズルはまだ諦めようとしない。
「シーズル、うるさい。帰ったらシエラとアゴールに『みんなの前でイジメた』って言いつけてやる」
「おまっ!」
「ダイバお兄ちゃ~ん。婿入りシーズルが義妹をイジメる」
「はいはい、あとで好きなだけお姉ちゃんたちに泣きつけ」
「煽るな、ダイバ!」
「俺は止めたからな。それを聞かないどころか、バラクルではなくこんな人の目がある場所でエミリアを叱ったんだからな」
ダイバが泣きついた私を受け止めて頭を撫でる。ダイバは数時間後に待つシーズルの明るくない未来を慮って止めたのだから。あとは二人のお嫁さんの機嫌がいいことを願うだけだが、私は援護射撃をする。ピピンとリリンが報告するか、妖精たちがすでに報告に行ったか。……まだ始まっていないため開いている扉からでていった妖精たちがいた。私もたぶんダイバもそれを見たものの、シーズルは背を向けていたため気付いていない。
「ああ、そうか。アイツら義理とはいえ兄妹か」
私たちの会話で誰かが思い出したように呟いた。
シーズルには兄弟がいるが「婿にいけ」と追い出された。と言っても、バラクルのみんなは店の上に住んでいる。ひと部屋に一家族。空間魔法で十分広いし結婚すれば独立してひと部屋を与えられる。ただシーズルとシエラの場合、シーズルは都長でシエラは妊婦。それも『普通ではない夫婦』だ。義姉で妊婦の先輩アゴールもいるし、母親たちもいる。覚悟をしてノーマンを受け入れたが、初産は分かっていてもナーバスになるものだ。
男兄弟より義姉や同性の幼馴染みたちが身近にいた方がいいという兄弟たちの優しさでもある。
「おー、エミリア。昨日アゴールにしっかり怒られたって?」
……会議室に入って開口一番で嫌なことを思い出させた職員には、ピピンがスパコーンと頭部を殴って意識を刈りとった。
「アゴール、怖い。シエラ、怖い。妊婦同盟、怖い。ミリィさん、優しい。フィム、かわいい」
「……ダイバ、何があったんだ?」
「妊婦は怖いということだ」
ダイバが私の隣で大きく息を吐く。『目撃者は語る』……詳しく語らなくても、子供をもつ既婚者は妊婦の妻による理不尽な言動の被害を一度や二度、三度も四度も。強者ならそれ以上は被ってきただろう。言わずもがな、自然に話がそれていった。
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