上 下
301 / 789
第八章

第314話

しおりを挟む

騰蛇の姿は、南部の農場に送られる前だった都市シティが購入した奴隷たちも目撃した。そして、奴隷が一人食われたことを知らされた彼らは恐慌パニックに陥った。

「どうやら、向こうの奴隷が一人、逃げようとしたらしい」
「アホか」

騰蛇を知らない奴隷たちと違い、都市まちの住人たちは驚きはしたがすぐに平静に戻った。妖精たちも神獣たちもいるここでは、すでにのだ。

「気にするな。だいたい、正しく生きていれば妖精たちのイタズラ以外に問題は起きない」

いやイヤ嫌いや! 『妖精たちのイタズラ』を大したことがないように言っているが、街や国が滅ぶんだぞ‼︎
そう誰もが思ったが、流石に口には出さなかった。恐慌で頭が働かず、声がだせなかった可能性の方が大きかったが。

「心配するな。南部に妖精たちは近付かないと約束している。つまり、お前たちは自分のチカラで農場と農村をつくりあげることになる」

妖精たちのチカラは借りれない。魔法も特技スキルも使えない奴隷たちは、自分の腕力だけで立派な農村を築きあげていくしかないのだ。しかし、同じ状態で魔物の襲撃に怯えながら新たな農村をつくる開拓者たちと違い、自分たちの安全は保証されている。町の中だから飢えることもない。
……奴隷として高待遇だ。
それなのに、なぜ逃げ出したのか。あちらはエルフもいたが子供が多かった。きっと深く考えずに逃げ出したのだろう。

「あの、小さな子たちじゃなければいいが」

誰かの声が漏れた。この中には、あの子たちと同じ年頃の息子や娘と別れた者もいるだろう。災害や魔物の襲撃で故郷を捨てた。しかし生きていけず、子供たちが無事に生きていけるように奴隷商に身を売った父親も少なくない。ここに集められたのは、そんな身売りで奴隷になった者たちがほとんどだ。

「お前はどっちにするんだ?」
「俺は農村作りだ」
「そうか、俺は農家出身だからな。畑を作るのに向いている」
「ああ、俺もだ。農家暮らしが嫌で村を飛び出したのに、ここで真っ先に希望を聞かれて畑を選んだんだから……。やっぱ、血は争えないんだな」
「俺もそうさ。俺の場合は、アニキが実家を継ぐっていっててな。俺は別になんでもよかったんだ。手に職をつけようと思ったクセに、弟子に選んだのは農具職人だ」

まず、自分たちがどの仕事をしたいか、一人ずつ希望を聞いてくれた。その上で配置を考えてもらえるらしい。
何から何まで高待遇じゃないか。

「そんな甘いことを言っていられるのも今のうちだ」
「お前たちは、魔法も特技スキルも使えない。さらに魔導具にも使用制限がある。覚悟しておけ。何もない更地で魔法も何も使えずに居住区と畑、水路もすべてつくりあげていくんだ」

その言葉にざわめきが起きる。そうだろう。自分たちは南部の農村に…………

「……違う」
「ああ、違う」
「……そうじゃない」

やはり数人が同じところで気付いたようだ。

「俺たちは『新しい農村をいちからつくるため』に集められた」
「そうだ……。俺も奴隷市でそう言われて契約したんだ」
「なんでそれを『新しい農村があり、そこで新生活をするために集められた』なんてバカげた勘違いをしたんだ?」
「俺たちは奴隷だぞ。そんなこと、天地がひっくり返ってもありえないじゃないか」

奴隷たちは自分たちの勘違いに驚き混乱する。しかし、その勘違いはその後の言葉を『自分に都合の良い解釈をした』からだ。

「もし奴隷から解放されたときに、望めばその農村で引き続き農民として生活できる」

つまり、完済しても行き場がないならそのまま住人として残ってもいい、といわれたのだ。彼らはそれを『新しい村ができ、そこに住まわせる奴隷を求めた』と勘違いしたのだ。その新しい村で、田畑で農作業をする奴隷を買い求めた、と。

「じゃあ、俺たちは畑を作るということか」
「だったら村を選んだ俺たちは……?」
「さっき、と言っていたぞ。ということは俺たちは村をつくるところから始まるのか」

騰蛇の存在は、甘い考えを持っていた勘違いをしていた男たちに厳しい現実を突きつけて目を覚まさせたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は聖女になる気はありません。

アーエル
ファンタジー
祖母は国を救った『元・聖女』。 そんな家に生まれたレリーナだったが、『救国の聖女の末裔』には特権が許されている。 『聖女候補を辞退出来る』という特権だ。 「今の生活に満足してる」 そんなレリーナと村の人たちのほのぼのスローライフ・・・になるはずです 小説家になろう さん カクヨム さん でも公開しています

異世界追放《完結》

アーエル
ファンタジー
召喚された少女は世界の役に立つ。 この世界に残すことで自分たちの役に立つ。 だったら元の世界に戻れないようにすればいい。 神が邪魔をしようと本人が望まなかろうと。 操ってしまえば良い。 ……そんな世界がありました。 他社でも公開

今日は許される日です《完結》

アーエル
ファンタジー
今日は特別な日 許される日なのです 3話完結

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

愚かな貴族を飼う国なら滅びて当然《完結》

アーエル
恋愛
「滅ぼしていい?」 「滅ぼしちゃった方がいい」 そんな言葉で消える国。 自業自得ですよ。 ✰ 一万文字(ちょっと)作品 ‪☆他社でも公開

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました

毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作 『魔力掲示板』 特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。 平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。 今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。