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第八章
第311話
しおりを挟むあのとき、引き止めるために追いかけていたゼオンは、ヤンシスを飲み込んだ騰蛇が地面に潜る姿を見てしまった。しかし、ゼオンはその瞬間に理解した。農園の周りに奴隷逃走防止柵が設置されていない理由を。妖精たちだけでなく、神獣たちも自分たちを管理している事実を。そして、柵がないことで自由に見えるが、実際には透明な檻に覆われて、見えない手に守られていることを。
騰蛇はヤンシスを捕まえただけで危害を加える気はない。そのため、私が身柄を引き取りに騰蛇の今の住処に行ったら、すでにペッと口から吐き出されて地面に座り込んでいた。ただ運ばれただけだ。しかし、ヤンシスは食われた恐怖から自我が本体から逃げ出したようだ。
《 軟弱だねぇ 》
ヤンシスのその姿に騰蛇は嘲笑った。『神獣たちが管理者』だと言ったのに忘れたのだろうか。もしくは『大したことはない』と甘く見たのだろうか。
「とにかく、奴隷の逃亡を阻止してくれてありがとう」
《 どうってことはない。それより、コイツを追いかけていたヤツはどうした? 私の姿を見て驚いた後、無表情になっていたぞ 》
「ゼオンなら大丈夫。やっと奴隷の立場が理解できたってところかな。妖精たちの話だと、一人でも二人分の作業を頑張っているって。ほかの連中もヤンシスのことを知って大人しくしてる。私としては、真っ先にハイルがパックンされると思ったんだけどなぁ」
《 私も話を聞いていたから楽しみにしてたんだけどね 》
「でもハイルはパックンできると思うよ」
《 それは楽しみだ 》
ヤンシスを治療院の隔離室からだしていないのは、いまのゼオンの働きぶりから借金返済が早まる可能性が高いからだ。
「あの子たちにはミリィさんたち鉄板焼き屋専属の冒険者になってもらおうと思ったんだけどね。借金奴隷だから、利用停止になっているステータスは奴隷じゃなくなれば解除される。だから冒険者にだってなれる。残念だけど、ヤンシスは逃亡罪が加わるから奴隷期間が増えるし冒険者にもなれない。魔物を前にして逃げ出す可能性があるからね。まあ、ゼオンが荷物持ちや雑用係として採用すれば一緒にダンジョンに入れるけど……」
それでも、武器の装備が一切禁止、装備も装着できるのに制限はあり、魔法は初心者生活魔法のみだ。それでも、雑用から料理人など連れて行く理由ならいくらでもある。もちろん、それ相応の仕事をしなければ冒険者ギルドのルールを破る行為となり、ゼオン自身も冒険者の称号を剥奪されてしまう。
「さすがに、そこまでバカじゃないでしょ」
「だといいけどな」
ルーバーは、ゼオンがヤンシスを止められなかったことを気にしているのではないか、と考えている。
「実際、ゼオンはどうなんだ?」
「大丈夫、気にしていない」
ダイバに聞かれてそう答えると、ルーバーが何か知っているように頷いた。
「アイツは今までヤンシスに振り回されてきたからな。今回、借金奴隷になったのも元はと言えば同郷ということでヤンシスの借金を半分肩代わりさせられたからだ」
「今は離れられて安心しているけど、そのうち『何かが物足りない』と感じて誰かに依存する可能性がある」
「大丈夫よ、エミリアちゃん。ゼオンはそんなことでは負けない子。巨人族は強いのよ。私もルーバーも、どんな苦境に立たされても負けなかったでしょ?」
そう言って、ミリィさんは私を背後から優しく抱きしめてくれた。そう、きっと強くて優しいルーバーとミリィさんがいるから大丈夫。
その話し合いから二日後、ヤンシスは少しずつ自我を取り戻した。
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