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第七章

第260話

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「それで、あの巨大なブツをどうするか、だが……。エミリアの話では、塔は九。像は大小あわせて八百三十三。像の方は半数が三メートル以下らしい」
「そんな多くの物がこの世界にある理由は?」
「エミリアにはわからないらしい。ただ、エミリアの世界では幾度も戦乱が起き、数多くの塔や像が失われたようだ。その一部ではないか? という仮説も成り立つ」
「それはエミリアちゃんが言ったのか?」

ダイバのどこか断言するような言い方にコルデがその場にいる全員の考えを代表するように口にする。

「……エミリアが最近そんな話を、たぶん妖精とだろうが言っていた」
「それだけ酷い戦乱が起きたというのか?」
「…………町ひとつ、滅びたこともある。地震で大災害を受けたことも。雨で山が崩れたことも」
「エミリアさんのときは……?」
「家族は……大地震だ。エミリアがこちらへ引き込まれたのも、規模は小さいが」
「聖女様が召喚される際、聖女様が元いた世界には大きな災害が起きる。そう言われているわ。だから、聖女様の召喚は罪深いもので、事前に各国にも通達されるのよ。そして聖女様が召喚されるその時間に誰もが手を止めて祈るのよ。元の世界の人々に申し訳ないと謝罪して、少しでも被害が小さく済むように」

エリーの震える声で、違う大陸で聖女様の召喚を知らないダイバでもどれだけ罪深いことかに気付けた。
………………そして、あることに気付いてしまった。

「もしかして……エミリアの家族が死んだ地震は……その『聖女様の召喚』に関係しているんじゃないのか?」
ダイバの言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。
聖女様の召喚は、もちろん失敗することもある。いや、成功する確率の方が少ないのだ。

「それがあの巨大な物がこの世界にある理由か」

聖女様の代わりに召喚された。そう考えればその数の多さも納得できる。

「たしか、前回の召喚は失敗していたはずだ」
「それはいつになる?」
「……十年も経っていない」

ダイバは自分の問いに返ってきた答えに眉間を寄せた。

「おい、ダイバ?」

オボロが弟の様子に「まさか」と呟く。その言葉に誰もが最悪な答えにたどり着いた。

「エミリアの家族が死んだ地震の後も、大小の地震が繰り返し起きている。……何年も、だ」
「じゃあ、聖女様の召喚に失敗する度に、エミリアさんの世界では災害が起き続けて人が何人も死んでいるというのか!」
「……違う」

苦しそうに俯いて震えるダイバは両手を祈るように組んで……そこから血を流している。

「おい、ダイバ。血が出てる……」
「…………じゃない」
「え?」
「……何人とかじゃない。……何千人、何万人という死者だ。それに、それを上回るケガ人。俺たちと違い、魔法がない世界だ。助けるすべをもたない人たちが己の無力に嘆き……心が死んでいく」

ダイバの吐き出した言葉に誰もが言葉を失う。そして、思い出す。小さな傷一つでも必死に治そうとする姿を。
ミリィは自分の両手を見た。冒険者ギルドで、エアに絡んだ冒険者たちに制裁をしたあと、自分の赤くなった手を泣きそうな目で回復してくれた。

「……だから、よ」
「ミリィ?」
「私を『巨人のハーフ』と見下し、勝手に怖がる連中と違って、私自身を見てくれた。個人ミリィとして対等でいてくれた。……記憶をなくしても、エアちゃんからエミリアちゃんに名前が変わっても、私を笑顔で受け入れてくれたまま。あのときと何も変わらない」
「俺がミリィから聞いていた『エアちゃん』と何も変わらなかった。俺も何度か差別を受けてきたからミリィのいう彼女をいまいち信じていなかった。しかし、驚いたことに、聞いていた話が一切間違っていなかった」
「俺たちが竜人だと知っても変わらないくらいだ。俺が冗談で「竜人の血がほしいか?」と聞いたときは泣きながら叩いてきた。「血が出るのは痛いんだよ‼︎」って。そのくせ、あいつは率先して誰かの前に立ち両手を広げて自分が傷ついても誰かを救おうとする。……この前の神獣の件みたいに俺たちを頼るようになったのは進歩だ」
「あれは、少しずつダンジョン都市シティの人たちに心を開いて信用し始めてる証拠よ」
「……そうか」

ダイバの手が癒される。エリーの魔法だ。

「エアちゃんの回復魔法は優しいわよ。傷だけでなく心も癒してくれるの。……だから、私は守りたいって思ったの。少しでも受けた優しさを返せたらって」
「ミリィ。エミリア、だろ」
「あ、ら。そうよね。もう『聖女様のエアちゃん』じゃないから」
「俺たちの娘の『お転婆なエミリア』だ」
「俺の妹だ」
ルーバーの言葉にダイバが訂正する。
「俺たちの娘だ」
だ」

カウンターを挟んで顔を突き合わせて言い合うルーバーとダイバに周りが苦笑する。

「ダイバの妹ということは俺の妹でもあるんだな」
「ということは、でもあるんだな」

オボロとコルデがダイバ勢に加わる。

「あ、ズルいです!」
「エミリアさんは俺たち『鉄壁の防衛ディフェンス』の妹でもあります」
「もう、取り合いしてるとエミリアちゃんに嫌われるわよ」

ミリィのひと言で、無駄に醜い争いが休戦した。
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