177 / 789
第七章
第190話
しおりを挟む「なんや、今朝の目覚ましはエミリア特製やったんかー」
厨房から出てきたシューメリさんが豪快に笑う。シューメリさんはアゴールの実母、ダイバにしてみれば『嫁の母』だ。
「母さん。笑いごとじゃ……」
「なあに、言ってるんだい。昨夜のバカ騒ぎを忘れたかい。エミリアちゃん。ダイバたち男連中は昨日、酒をかっくらって床で豪快に寝てたんだよ。それこそ、今朝起こせるか店が開けられるかって心配になるくらいにな。それをいい時間にあっさり起こしてくれたのが『エミリアちゃんの目覚まし』さ」
ありがとよ、と豪快に頭を撫でられた。
「そういえば、コルデ。お前さんとオボロは加減を知っているようだね。連中と飲んでいても何ともないようだ」
「ん? ああ。以前、事情があってうちのパーティに身を寄せてた子がいてな。その子がいた頃に違法薬物を使った事件と食中毒事件が起きたんだ。まあ、どっちもその子を攫うために起こされたんだが……。そのことがキッカケで、その子が俺たち関係者全員に『毒素中和効果』を持ったアクセサリーをくれたんだ」
俺はこのネックレスだ。そう言ってコルデさんは首元を下げて全員にチェーンネックレスを見せた。ネックレスには指輪も通してある。
……あれは私が作ったネックレスと指輪だ。
それに気付いたが、今までのように『記憶があふれて倒れる』ということにならなかった。
《 あれからまだ数時間だもん。神もさすがに手を出してこれないでしょ 》
《 みんなで相談してね、沈める大陸を決定したよ。エミリアに手を出した時点で、前に貴族たちが商人たちを使ってエミリアに手を出したことでお城を砂にした大陸を沈めることにしたんだ。ここから一番遠い場所だから、沈んでも問題ないよ 》
《 どこを沈めるって決めておけば、こちらも本気だってわかるでしょ 》
涙石から、光と地の妖精たちが事後承諾を伝えてきた。
《 ねえ、ところでアゴールって…… 》
「え? あ、そういえば……」
「エミリアちゃん? どうしたんだ?」
「ああ、エミリアには妖精たちがついていて、ああやって話をしてるんだよ」
私を心配してそばにいてくれるアゴールを見上げて、風の妖精から聞いたことを口にする。
「アゴール。今日はお仕事休み?」
「……え⁉︎ あああ‼︎ 母さん、いま何時⁉︎」
「アゴール。風の妖精が『慌てなくても安全に送っていくよ』って」
「ありがとう、エミリア! すぐに戻る!」
アゴールはそう言い残すと階上へと身をひるがえした。
「慌てないでいいって言ってるのに……。ねえ、フーリさん。あんなにバタバタ走ってて、お腹の赤ちゃんは大丈夫なの?」
そう。私がアゴールが怒りっぽいのは妊娠五ヶ月だからと指摘したことで、ダイバはアゴールを抱えて仕事放棄。今朝は今朝で、前日に放棄して溜まっただろう仕事を片付けるために早く出勤しようとしたアゴールと、過保護にもそれを止めようとしたダイバで大騒ぎになっていたのだ。
「大丈夫だ。エミリアちゃんが教えてくれたおかげで『エルフの祝福』をもらえたからな」
「エルフの祝福……? エリーさんに?」
「ああ。エルフの祝福を授かれば、必ず無事に生まれる。どんなに親がそそっかしくてもな」
「……それって、誰かの悪意もはね返せる?」
「ん? それはどういうことだ?」
「アゴールもダイバも、結構人気あるんだよ。それで『既婚者を別れさせたい』とか、アゴールの場合『同性の自分を恋愛対象にみてほしい』とかで、『そんなアイテムを内緒で作ってほしい』と言われるんだ。もちろん断ってるけどさ。それが『妊娠した』って知られたら……ただでさえ過激な連中もいるんだから。「わざとじゃないんですぅ」って言いながら泣きまねして……」
「……心の中で舌をだして笑ってるってことね」
私が言葉を区切るとシューメリさんの目が据わり、開店前のため店内でくつろいで私たちの様子を見守っていた全員が一瞬で殺気を含んだ。
「そういうこと。今日は妖精たちがガードしてくれるらしいから大丈夫。でも『いつまでも』ってわけにはいかないよ」
「ああ、わかった。エリーに確認しておく」
コルデさんがそう言ってくれたと同時にダダダダダーッという音が響き、アゴールが階段から身を躍らせて着地した。
同時に大きなまま飛び出した白虎の尻尾がアゴールを吹き飛ばし、風の妖精が優しい風で受け止めた。
周囲はともかく、目を丸くしているアゴール本人もなにが起きたかわかっていない。
「アゴール。いくら『エルフの祝福』があるって言っても、今は『自分だけの身体ではない』でしょ? これじゃあ、ダイバを説得するよりアゴールをどうにかした方がいいかも」
「え? ……ちょっと待って」
私の言葉にようやく『自分が妊婦』だということを思い出した様子のアゴール。そして、私の言葉で『自分は家に閉じ込められる』と勘違いしたようで慌てだした。
「はい、アゴール。試作品のテストをよろしく~」
「え……? な、なに?」
「だから、試作品のテスト」
そう言いながら、アゴールの許可なく利き手とは逆の左手首に細いリングを通した。すると手首にシュルンッと巻きついて不可視化状態になった。
「……エミリアさん。これはいったい」
「ん、簡単なものだよ。アゴールが何かしようとしたら、ちょっとした静電気が起きるの。あー、大丈夫。お腹の赤ちゃんに刺激がいくわけじゃなくて、手首に指が軽く弾かれたような小さなものが走るの。でも、緊急性がある場合は針を刺したような痛みが走るから注意してね」
私の説明にコクコクと頷くアゴールは真剣な表情だった。
49
お気に入りに追加
8,048
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】
死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?
なか
恋愛
「お飾りの王妃らしく、邪魔にならぬようにしておけ」
かつて、愛を誓い合ったこの国の王。アドルフ・グラナートから言われた言葉。
『お飾りの王妃』
彼に振り向いてもらうため、
政務の全てうけおっていた私––カーティアに付けられた烙印だ。
アドルフは側妃を寵愛しており、最早見向きもされなくなった私は使用人達にさえ冷遇された扱いを受けた。
そして二十五の歳。
病気を患ったが、医者にも診てもらえず看病もない。
苦しむ死の間際、私の死をアドルフが望んでいる事を知り、人生に絶望して孤独な死を迎えた。
しかし、私は二十二の歳に記憶を保ったまま戻った。
何故か手に入れた二度目の人生、もはやアドルフに尽くすつもりなどあるはずもない。
だから私は、後悔ない程に自由に生きていく。
もう二度と、誰かのために捧げる人生も……利用される人生もごめんだ。
自由に、好き勝手に……私は生きていきます。
戻ってこいと何度も言ってきますけど、戻る気はありませんから。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。
秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」
私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。
「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」
愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。
「――あなたは、この家に要らないのよ」
扇子で私の頬を叩くお母様。
……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。
消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。