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第六章

第188話

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ある日、夢を見た。
姿形が違うのに『あの子』だとわかった。……私と一緒に聖女として召喚されて生命を散らしたあの子。この世界に生まれ変わったのだろう。でも優しく温かい眼差しのご両親と兄に囲まれて眠っていた。

『私も、もう一度生まれ変わる。今度は、私もシアワセになるから。約束だよ』

脳裏をぎる『あの子』との約束。

「シアワセになって」

両手を握りしめてシアワセをこめて祈る。いつか必ず、私も『私なりのシアワセ』を見つけるから。


「気をつけて」

の声が聞こえて、閉じていた目を開け顔をあげた。しかし、あの『白い空間』と違い、周りには誰もいない。

「気をつけて」

さっきと同じセリフ。でも、あの子とは違う大人びた女性の声。

「……ダレ?」

私の声に何も反応がない。

「……誰だ、と聞いている」

自分でも驚くほどドスの効いた低い声。心当たりがある。時々、夢の世界で感じる気配。『見守っている』のではない。『無理矢理、思い出させよう』とするで必ず感じる気配だ。

「無責任にも私たちを殺すためにこの世界に召喚という形で誘拐しやがるクソッタレ共の一人か」

私の声に反応してか、周囲の空気が震える。

「ふっざけんじゃねえ!!!」

腹の底から吐き出したいかり。それと共鳴するかのように、周囲にガラスが一斉に割れた音が響いて、粉々になった空間が四方八方へと吹き飛んだ。
その先に、祈るように両指を組んだまま驚きの表情で立ちすくむ女性の姿があった。


「これは……私の分」

スッパーンッという音を立てたのは、私の右手と目の前に立つ女性の左頬。

「これは『あの子』の分」

今度は彼女の右頬を握った拳で裏拳打ちにした。簡単に吹き飛んだのは、この世界は重力が違うためだ。身体にかかる負担が軽いため、日本にいた時より基礎体力が上がっている。ついでに、この世界に来て始めた冒険者生活で、腕力などの数値が上がったのも理由に入るだろう。

「コレが……今まで連れてこられて殺された聖女たちの分、だ!!!」

床に倒れたままの女性にゆっくり近付いて勢いよく蹴った。くぐもった声が漏れて、足の先端が女性の腹部に食い込んで吹き飛ばした。勢いのまま振り上げて、私が履いている靴が見えた。先端でも攻撃ができるように強化された冒険者靴だ。
吹き飛んだ女性は、身体をくの字に曲げて盛大に咳き込んでいる。
……そりゃあ、痛いはずだ。
しかし、どんなに痛めつけても、気分が晴れるはずがない。喪われた生命が帰ってくるわけでもない。そして、奪われた日常が返ってくることも…………二度とない。
元々、私はこの三発で済ます気だった。
日常を奪われた私。
生命を落とす結果になった『あの子』。
そして、私たちと同じように二者択一の運命を辿った聖女たち。
『魂は一つ』であったとしても、私たちの人生は一度きり。たとえ生まれ変わったとしても、それはすでに『私以外の存在』なのだ。
そんなこと、死を迎えない神たちには理解できないのだろう。

『何度も生まれ変わるから、人生を一つ犠牲にしてもらっても、があるからいいだろう』

その程度の考えしか持っていない。
そう『価値観の違い』なのだ。価値観が違う以上、何を言っても無駄だ。

「二度と私に、に干渉するな。……次はどこかの大陸が一瞬で『海の底』になる。お前らは私を殺せない。まあ、殺したければ殺しな。そん時は自分たちの罪は自分で償うんだな。『この世界に聖女は二度と現れない』。そのことを忘れるんじゃねえ‼︎」

ザマアミロ。そう呟いた私は、頬に触れる生温かさに目を閉じて身を委ねた。


《 エミリア‼︎ 》

意識が浮上する感覚と妖精の声。額に感じる冷たさに安心して目を開けると、心配した表情のみんなが見えた。左頬を白虎が舐め、右頬をリリンがすり寄っている。この二人の感触が、夢の中の私に冷静さを取り戻してくれた。

《 エミリア……大丈夫? 》
「ん……。私、どうして?」
《 眠ってたら、突然エミリアからものすごい怒気が溢れ出して…… 》
《 エミリアを起こそうとしても、何かに弾かれて近付けなかったの 》

今、私が寝ているのは、家の中のある寝室の床だ。……テントの中の寝室で寝てたのに。

《 クラが重力魔法でテントから運び出したんだ。テントの中の空間が爆発して壊れたら、空間が圧縮してエミリアたちが死んじゃうから 》
《 もちろん、空間魔法が使えるからみんなを守るよ。でも、エミリアが大切にしているものが一つでも壊れたらいやでしょ? 》

火の妖精が横を向いた先にいる暗の妖精が頷く。私が『テントの中自分の世界』をどれだけ大切に思っているのか、みんなは知っている。

「…………ごめん。夢の中でいかりを爆発させてきた」
《 大丈夫? 》
「……『あの子』が生まれ変わった姿を見た。でも、知らない声が聞こえて……。記憶を取り戻させようと細工された夢の中でいつも感じる『バカミ』の存在に気付いたから……。『あの子の存在まで利用されたんだ』と思ったらブチ切れちゃった。こっちにまで影響が出るなんて思わなかったから。…………ゴメンなさい」

私の言葉に《 大丈夫 》と言いながら頭を撫でてくれる妖精たち。

「空間に閉じ込められてて……怒気で粉々に砕けたけど。その先に女の人がいたの。……だから、平手打ちして、裏拳でぶん殴って、思いっきり蹴り飛ばして……脅してきた」
《 気は済んだ? 》
「……ちょっとは。初めてだったから。今までは一方的な接触だったから。でも今回言いたいこと言えたから」
《 ……何を言ってきたの? 》
「『二度と私に干渉するな』って。『今度はどこかの大陸が海に沈むぞ』って」
《 ヨシヨシ。よく言えたね 》

風の妖精が、安心させるように笑いながら私の頭を撫でる。

「止めない、の?」
《 なんで止めるの? 》
「だって『大陸を滅ぼす』って言ってきたんだよ?」
《 エミリアは言っただけ。言われた側が二度と干渉してこなければ何も起こらない。これは『相手の責任』だから 》
《 ……いいよ。その時は僕が一瞬で大陸を沈めてにしてあげる 》
《 そうだね。『神の選択』なんだから。それが嫌なら、二度とエミリアに手を出さなければいいだけよ 》
《 あのお城でエミリアは私たちを助けにきてくれた。だから、今度は私たちがエミリアを守る 》

水の妖精が私の額にキスをして誓約をする。他のみんなもキスをして誓約を口にする。

《 ピピンは『エミリアを必ずシアワセにする』って。……それじゃあプロポーズじゃない 》
《 リリン、『我らがエミリア姫のシアワセを邪魔する悪神は勇者の私たちが必ず倒す』って…… 》

二人は妖精たちが通訳すると頬にキスをしてくれた。

《 白虎ぉ……。『を見つけたらついて追い払ってやる』って。……誓約をギャグにしてどうするのよ 》

白虎は火の妖精のツッコミを無視して嬉しそうに尻尾を振りながら私の顔を舐め回し、その様子にみんなが声を上げて笑いだした。
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