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第六章
第164話
しおりを挟む《 エミリア。ソアラとソマリアが知らない子を連れて来てる 》
「あっ、ちょっと待ってて」
私が帰ったことを聞いて来たのだろう。裏口の扉を開けると、そこにはソアラとソマリアが見知らぬ少女と共に立っていた。
「ソアラ、ソマリアも。家まで来るなんて珍しいね。どうしたの? ……そっちの子は?」
「エミリア。ごめんなさい。帰って来たばっかりなのに」
「疲れているのわかってるけど。どうしても聞いてほしいことがあって」
「……中に入る? で、そっちの子は? 聞いてほしいことってこの子のこと?」
「……うん」
《 大丈夫。この子から悪意を感じないよ 》
涙石から見守ってくれている光の妖精が声をかけてきた。
「じゃあ、一緒に入って」
「…………お邪魔します」
周囲に目を向けて怯えているその少女は、それでも礼儀作法は身につけているのか、頭を下げてから入ってきた。
《 エミリアも、その子の様子が気になってるよね。ちょっと、周囲を確認してくる 》
「うん。お願いね」
風の妖精と地の妖精が外へ飛び出していった。慣れているソアラとソマリアに連れられて、怯えている少女は店内の応接セットのソファーの中央に座った。その両側にソアラとソマリアが腰掛ける。二人掛けでも、子供だから三人一緒に座ったようだ。
《 あの子……逃げられないようにされてるわね 》
《 私たちは、いつでも動けるようにしておくわ 》
「お願い」
妖精たちに周辺や初見の少女の注視を頼んで、私は彼女たちの前に座る。
「エミリア。先にこれを渡しておくね」
「二番から五番までのダンジョンから採ってきた鉱石だよ」
二人はステータスから革袋を出してきた。代わりに、お礼としてクッキーの袋を二人に渡す。二人はクッキーをステータスから収納すると、姿勢を正した。
「この子はアウミ。先月、えっと、三週目の三の曜日にこの都市に……来た、と言っていいのか、な?」
ソマリアがソアラを窺うように顔を見合わせてから、頭半分低い少女を見た。三週の一の曜日から屋台村のイベントが始まる。ということは、この子はその時からこの都市にいるということになるのではないか?
「エミリア。……この子、荷馬車の荷物の中に隠れていたの」
「……それはどういうこと?」
不正な方法で入って来たなら、子供でも犯罪者だ。ダイバに突き出すしかない。何らかの理由で偶然手続きをしないで入ってしまった場合、その後に正式な手続きを取れば問題はない。ただ、何か事情があるなら保護という形を取られる。
ただの孤児なら、他の町や村に引き取ってもらう。この町の孤児院は『冒険者の孤児専用』のため、冒険者になるための知識しか与えられない。普通の孤児なら、最低限の読み書きが必要だ。それらは、冒険者に必要な知識とは別だ。一般人に採集や魔物に関する読み書きは不要だからだ。
ここの情報部はダンジョン管理部の一つだ。この都市内部の情報を流すが、メインはダンジョン情報と魔物の討伐の推移だ。それによって、ダンジョンや魔物の調査をしているダンジョン管理部の調査機関が情報を精査して最新情報を流す。
その情報を受け取れるのは、この都市で登録した冒険者のみだ。
一番ダンジョンはいまだ閉鎖中だ。
地の妖精から聞いた情報を私経由で受け取ったため、地の魔法が使える管理部の職員がダンジョン内部で魔力を放出したらしい。
魔導具で補強もしていたが、追いつかないくらい地力が枯渇しているようだ。その分、魔物は凶暴化する。それはほかのダンジョンでも同様だ。
そんな状態なのに、鉱石を集めてきたこの子たち。私に会う口実のために入ってきたというのだろうか。
手作りとわかる、薄汚れた人形を胸に抱きしめた少女は、怯えるように俯いている。
「……ちょっと、その人形を貸してくれる?」
私の言葉に大きく身体を揺らした少女。アミュレットの鑑定機能が、少女の情報を表示していた。
十歳。しかし、六歳のマーレンくんより小さく見える。成長が遅い種族なのではない。『栄養失調』なのだ。
「エミリア。アウミの人形は大事なものなの。だから……」
「ん? ああ、ごめん。勘違いさせたね。ほつれとかあるでしょ? だから『きれいにするから貸して』って言いたかっただけなの。それに、『この子の手がかり』が何かないか調べたかったし」
そう言うと、三人の目がアウミの人形に向けられた。
「アウミ。エミリアに貸してあげて?」
ソマリアにそう言われて逡巡したアウミは、私に人形を差し出してきた。
「ありがとう」
お礼を言って預かると『状態回復』をかけた。一瞬で新品に戻った人形に、三人は目を丸くする。
人形を鑑定してわかったこと。この子は先月騒動を起こした『豪商の娘』の父親が、不正な方法で手に入れた奴隷だ。
「……大事な話をするよ」
アウミに人形を返して三人に声をかけると、三人とも真剣な表情になる。
「アウミ。キミの身柄はダイバに引き渡す」
その一言で青ざめるソアラとソマリア。ダイバを知らないアウミはキョトンとしている。
「エミリア、まって!」
「アウミは私たちが……」
「二人とも、まずは私の話を聞きなさい」
慌てる二人に落ち着くように言うと、ぴたりと黙って深呼吸をしだす。冒険者ギルドに登録すると受ける『初心者の心得』で、気持ちを落ち着かせて冷静に物事を判断するために深呼吸をするよう教わる。二人はそれを実践しているのだ。
「……落ち着いた?」
「はい」
「すみません」
ソアラとソマリアが揃って頭を下げる。
「じゃあ、話を続けるよ」
アウミは二人の様子から、自分が悪い立場にいると思ったようだ。逃げ出そうとしたのか、両隣の様子を窺っている。
「アウミ、ここで逃げちゃダメだよ」
「一緒に乗り越えるって約束したでしょ。これからも逃げ続けることになるよ」
ソマリアがアウミの手を握って言うと、ソアラが空いている左手を握る。
「最初に確認するわ。二人はアウミの事情を知ってるの?」
「はい。……だから私たちが守ろうと」
「アウミは二人が思っているような子供ではないわよ」
驚愕の表情を見せた三人。一人は「何故知ってるの?」という心情。二人は「どういうこと?」という戸惑いだ。
「アウミ、あなたは何歳?」
「……十」
アウミの言葉に、左右に座る二人が目を見開く。
「成長が遅いのは、栄養失調と劣悪な環境にいたせいだわ。そして、アウミ。あなたは孤児ね、それも冒険者の」
アウミは無言で頷く。いくつかアウミ本人に確認していくと、一つの犯罪がハッキリ姿を見せた。
……何という偶然だろう。
豪商の娘が私に絡まなければ、そのことで父親がこの都市に呼び出されなければ。この少女の運命は暗い闇の中を進むことになっていただろう。
「ソアラ、関所に行ってきて。受付にシエラがいるから、ダイバとアゴールをここに来させて。詳しい話はしなくていい。「エミリアが呼んでいる」。それで十分だから」
「うん。わかった」
ソアラは立ち上がると、裏口から外へ飛び出して行った。
ソアラが関所で私の伝言をシエラに預けて、ここへ戻ってから十分後。
裏口からダイバとアゴールが入ってきた。妖精たちが開けてくれたのだ。
「エミリア。シエラから『エミリアが呼んでいる』と聞いて来たんだが。……その子たちに何かあったのか?」
けっして『何かしたのか』とは聞かないダイバ。当事者の話をちゃんと聞いてから物事を判断する彼は、誰からも信頼されている。だから、私もこの子を預けても大丈夫だと判断した。
「ダイバ、アゴール。真ん中に座っている子はアウミ。先月に見せしめの罰を受けた娘の父親が、不正な方法で手に入れた少女だ」
それだけで理解したのだろう。驚きの表情のままお互いに顔を見合わせて真顔になる。
「今までこの二人が守ってきた。何か聞くことがあるなら、一緒に連れて行ってやれ」
手を握りあう三人の様子に気付いたダイバとアゴールは「わかった」と頷いた。
「それから、この子は十歳だ。栄養失調になっていたせいで成長が遅い。ソアラたちと会って、少しずつ改善はしているようだが」
「詰め所で事情を聞いてからお袋たちに預ける。エミリアも、時々でいいから会いに行ってくれるか?」
「ああ。ソアラ、ソマリア。二人も『何故、荷馬車の中に隠れていたアウミと出会うことができたのか』から、ちゃんと説明できるな?」
「「はい」」
そう。まだ正式な奴隷契約をさせられる前だったアウミは、荷物として隠されていたのだ。そんな彼女を『荷物の中から見つけた』のは誰か?
事情は簡単だ。不正とわかっていても持ち込むしかなかった荷物の山。イベント中に宿は空いていない。そのため、空き家を借りていたのだろう。それも荷馬車が置けるスペースがあり、御者や従者の部屋も確保できる空き家を。豪商なら、それくらいの家を借りることができる。
そして……子供たちの誰かが荷台の中を漁りに行った。荷台に袋からこぼれた穀類が落ちていることがある。鉱石のかけらなどが荷台の片隅に落ちていることも。それを拾って、稼ぎにする子もいるのだ。この都市の人たちは、その程度のことなら見逃してくれるのだ。
孤児の中には、拾った鉱石を使って見よう見まねでアクセサリーを作って売る子がいる。その出来具合を見て、弟子にする職人もいる。
自ら、職人のもとに向かう子もいる。私のところにもきた。しかし、弟子を必要としていない職人は門前払いだ。私の家の周囲に私服守備隊が多いのも、ほかの職人と同様に、押しかけで弟子にしてもらおうとする子がいたからだ。それもナイフを突きつけて。ちなみに、ナイフを突き付けたのは自分の首。
「弟子にしてくれないならこのまま刺す!」
「どうぞ」
私に即答されて目を丸くした少年だったが、脅しであって実際に刺す根性も度胸も持っていない。それはそうだろう。彼の脳裏に浮かんでいたのは、まったく違う反応だったからだ。
「まあ! そんなに私の弟子になりたいの? だったらいいわ。一緒に家に来なさい。弟子にしてあげる」
……のちに、それを聞いた私が吐き出したセリフは「どアホ」のひと言。
現実には私に「どうぞ」と言われて素通りされただけだ。
「本当に死ぬぞ ! いいのか!」
「俺が死んだら、お前のせいだぞ!」
「いいのか! 本当に刺すぞ! 止めるなら今だぞ!」
何故かナイフを自身の喉に突きつけて必死になって私を脅してきた。
そして、私に「勝手に死ねば? 別に迷惑なヤツが消えるんだから万々歳だわ」とトドメを刺されて、駆けつけた警備隊に取り押さえられて詰め所へ連行されただけだ。
職人の弟子になれば、衣食住すべての面倒をみてもらえて給料ももらえる。孤児たちにしてみれば『いい暮らしができる』のだ。
もちろん、そんな甘い考えで職人を目指しても一人前にはなれない。
三年以内に見習い職人として及第点をもらえなければ、利き腕を折られてしまう。そして、その職人を再度目指すことはできない。
私という職人に迷惑をかけて詰め所へ連行されたことを知ったほかの子たちが、詰め所で注意をされて出てきた少年の利き腕を折ってしまった。
この騒ぎが大きくなれば、ほかの職人を目指す子たちの未来を潰すことになりかねない。実際、少年は「今度は違う方法で成功してみせる」と言っていたのだ。それだけ自信を見せるのなら、手先が器用なのかと思うだろう。しかし彼は『いい生活がしたい』だけだ。そして、私の商品はレシピを公開していない。それを自分が手に入れれば、大金が懐に入ってくると思っていた。
その欲望は妖精たちにバレていた。
そして、妖精たちの逆鱗に触れる前に、仲間たちから腕を折られてしまった。もちろん、治療を受ければ問題なく回復しただろう。しかし、腕は必要最低限の機能しか回復しなかった。職人の神が罰を与えていたのだ。そのため、腕を折った仲間たちに賞罰はついていなかった。
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