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第六章

第160話

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傷ついた妖精たちや、救助に向かった妖精たちと共に、私は妖精の輪フェアリーリングを通って仮住まいの洞窟に戻った。ここはダンジョンではなく、ただの穴のため、冒険者は近寄ってこない。ここにテントを張り、その周りに結界石を置いて、妖精たちにはテントの中で待っていてもらうつもりだった。しかし、仲間を心配する彼らはテントの中に入るのを拒んだため、洞窟の入り口に結界石を置いて、その中にシートやクッション、折り畳みテーブルなどの荷物を置いて「ここを拠点にしている冒険者がいる」と擬装カモフラージュしておいた。そして、何か気配を感じたらクッションや荷物の後ろに隠れるように伝えて出てきた。
その効果だろうか? 私たちが戻った時、妖精たちは姿を隠していた。
結界石をとり、第一次帰還者全員が中に入ってから結界石をもう一度置いて結界を張る。

「ただいま、みんな」

私の声に、ひとり、またひとりと妖精たちが姿を現す。

《 みんなー! 帰ってきたよ! 》
《 本当だ! 帰ってきた! 》
《 おかえり! 》

次々と出てきた仲間たちを見て、ふたたび実感したのだろう。連れて帰った百人を超す妖精たちは抱き合って喜びを爆発させていた。
王城に残してきた妖精たちが戻ってきたのは、私たちがこの洞窟に戻ってから一時間後。
全員が揃った妖精たちが最初にしたのは、私へ感謝を伝えることだった。
王都をはじめ、集落には『魔物よけ』が張られている。そしてこの国では妖精たちを捕まえては死ぬまで妖力チカラを使わせて消滅させてきた。わかっているだけで、犠牲になった妖精はすでに五百を超えている。そして、妖精たちから反撃を受けることを想定して、城門にすら魔物よけの魔導具を付けられていた。
……妖精は入ることもできなかった。
それを、今回の方法で正面から乗り込むことを提案したのは私だ。近くの村で普通の鳥籠を購入し、『魔法無効化』の魔導具を取り付けた。その中に二十人の妖精たちが入り、暗の妖精が王都近くまで空間を繋いでくれた。空間を繋いだため、穴を通って隣の部屋に入るようなものだった。帰りもそれで帰る予定だったが、私が妖精の輪フェアリーリングに興味を持っていたため、帰りはそちらを使ってくれたのだ。

《 お礼がしたいんだ 》
「いや、今回の騒動はバカな人間たちが引き起こしたことだから」
《 でも、私たちを助けてくれたのは事実 》

そう言い合っていたが、どちらも引こうとしない。しまいには『全員でついて行く』とまで言い出した。激しく辞退したが、その時に改めて提案されたのは『全種族が代表で一人ずつついて行く』というものだった。
許可も出していないのに、この子たちは勝手に話し合い、そして代表者を決めた。ピピンに励まされるように触手で肩を叩かれ、リリンに慰められるように頭を撫でられた。

妖精たちに送られたのは隣国。ダンジョン都市シティだった。

《 あの国はこれから崩壊していく。あのまま国にとどまっていたら、混乱に巻き込まれるからね 》
《 それに、ここは冒険者たちのために作られた都市まちで、国からも独立している。きっと大丈夫だよ 》
「うん。ありがとう」
《 みんなもちゃんと私たちの恩人を助けてあげてね 》
《 わかってる 》
《 ちゃんと守るよ 》

全種族ひとりずつ。計六人と契約を交わし、私は聖魔師テイマーのことを改めて知った。
そして、妖精のことも。
妖精の本来のチカラを『妖力』という。これは自然界の力を指す言葉でもある。それが、私と契約することで『魔力』も使えるようになる。契約者である私の魔力を使って、魔法の使い方を覚えていくのだ。
そして、魔力は『大気中』にある。そう、空気に魔力が備わっているのだ。そのため、魔力の枯渇はない。呼吸をしていれば、魔力が取り込めるからだ。
しかし、妖精たちは呼吸をしていないため、魔力を体内に取り込めない。『水の迷宮』の戦闘時に、アンジーさんやシシィさんが武器による攻撃をメインにしてて、魔法は補助魔法しか使わなかったのもそれが理由だ。ちなみに、二人とも私が作っていた魔石を組み込んだ剣を全種購入した。そしてそれを使い分けているため、今では攻撃魔法も可能になった。

「うわぁー! 隊長たちの凶器が増えたー!」

そう叫んでいたのは、アンジーさんとシシィさんの元・隊員たちだった。

隣国はすでに地図上から消えた。
突入当日に国内全土が荒地となった。妖精たちが水源を封鎖し、水の流れもすべて変えた。木々や緑地のすべてを素材に変えて、私へのお礼にしてくれた。

《 そのまま枯らすよりいいと思うの 》
「ありがとう。有効に使わせてもらうよ」

様々な木々の枝葉の中に『防虫花草かそう』という見慣れない名前を見つけた。詳細を確認すると、それはこの大陸で昔当たり前のように育っていた『虫よけ』だった。

《 この大陸の植物が虫に食い尽くされたのは、この草が真っ先に枯れたからよ 》
《 元々、この草は湿地とまでいかなくても、池や川の周囲に咲いていたの。でも、川に海の水が流れ込み、川に沿って育っていた植物や住んでいた生き物は死に絶えた。そして、かつての生き物たちの死骸は腐っていき、川の水は濁り、次第に枯れ果てて、池も干上がってしまった 》
《 防虫効果があったこの草で、この大陸は守られてきたのに…… 》
「『当たり前にあった』から、誰からも重きを置かれなかった。……やっぱり、この大陸は愚か者の集まりよね」

この草は今、私の温室で育てられている。調合が必要な虫草とは違い、植えただけで虫よけの効果がある。もちろん、花でも調合で同じ効果がでるし、香りがとてもいいため、石鹸や入浴剤、香水にも使える。入浴剤で使っているこのダンジョン都市では、小虫や害虫の被害は出ていない。
私しか取り扱っていないため、特に王都の購入できない貴族たちは様々な虫に悩まされている。

そして翌日……国民たちは知った。『聖魔師テイマーが妖精たちを救いにきた』ことを。

「何故、聖魔師テイマーを捕らえて奴隷にしなかった!」
「そいつはどこへ消えた! 今すぐ連れ戻して妖精ともども死ぬまでこき使ってやれ!」
「殿下! その者はどんな者でしたか」
「男ですか⁉︎ 女ですか⁉︎」

次期国王こと王太子は、彼らに何も言えなかった。「その者は聖女様で、我々は聖女様からも見捨てられたのだ」と。
前日に、王太子から話を聞いた国王も言えるはずがなかった。「伝説の聖女様に手を出した以上、この国はすでに滅びに向かっている」ことを。
そして二人は言えるはずがなかった。
「今までの発言が、聖女様に対して危害を加える意思を表明したことになり、この国が『国としてすでに成り立っていない』」ということを。
二人は、つい今し方、女神に宣言されたのだ。

【 聖女に対して危害を加える強い意思を確認しました。よって、今これよりこの地を『犯罪者の巣窟』と認め、二度と国家を樹立することは許されません 】

さあ、大変なことになったぞ。
国家が瓦解した。しかし、話はそれだけではすまない。我々は難民として他国の保護が許されたのではない。罪人のレッテルを貼られて国境を越えることすら許されなくなったのだ。

「そうだ! 今すぐ国境を閉鎖し、国内に御触れをだそう。『聖魔師テイマーを騙り、王城に集めた妖精を盗んだ者がいる。大地がふたたび荒れたのがその証拠だ。国民以外は至急王都へ来られたし。聖魔師テイマーと関係がないと証明されれば国境まで送り届けよう』。陛下、よろしいですな?」
「……いや、しかし……それは」
「グズグズしている余裕はありませんぞ!」
「陛下。ご決断を」

すっかり筋書きが出来上がっている重鎮たちによる惨劇の舞台に相応しいシナリオ。集められた異国人のうち、『まったくの無関係』なら、国境まで送り届ける。しかし、行商人などの場合、理由をつけて処刑口ふうじする。

「また貧しい国へと逆戻りする前に、少しでも蓄えなくては」

すでにそれは 罪人つみびとの考え方だ。
それに気付きつつ止める言葉を持たない国王。王太子は『妖精を逃した当事者』だ。この場で口を挟む権限すら持っていない。異論を唱えるなど許されないのだ。
『土の手』によって空高くまで運ばれたことを、重鎮たちは「あれは聖魔師テイマーに操られた地の妖精によるもの」とし、すべての責任を聖魔師テイマーに押し付けることにした。それによって、王太子は罪を問われなくなる。
…………彼らの、空の上で行われた数々の恐怖が限界を振り切った精神で、まともな考えができなくなっている。
妖精たちによる罰を受けたのだ。ある者は全身を風で切られ、ある者は気絶するまで水中に投げ込まれた。ある者は強い光で片目を焼かれ、ある者は片目の視力を奪われたのか何も見えなくなった。差はあるものの、全身が焼けただれた者すらいた。火に焼かれた者と植物の汁や葉で気触かぶれた者たちだ。
それらは治療も効かない。ここにいる重鎮たちは、痛む身体を引きずってでもその恨みを晴らすために集まったのだ。

この大陸には『大陸法』という法律が存在する。その中に「聖魔師テイマーに手をだすな」というものがある。
このままでは彼らは罪を重ねることとなる。大陸法の罰は重いものだ。一生をかけて償わなくてはならない。

「すでに手遅れだ」

王太子から、ことの顛末の報告を受けた国王は、そうひと言呟いた。

「第九王子が昨日から姿を見せていない。アレは妖精たちを気にしていた。弱っている妖精を逃しては「消滅した」と報告していたことも知っている」

弱った妖精はあと二回もてばいい方だ。だから失っても大した痛手にならない。そう思い、第九王子の行為を見逃してきた。
……妖精たちに救われて、別の場所に移されたのだろう。妖精たちは記憶を消すことがある。だったら、こんな愚かな国のことを忘れて、どこかで幸せになればいい。
最後になって、父親らしい願いを胸にいだけたことに、自分自身が一番驚いていた。

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