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第六章
第158話
しおりを挟む《 これ以上は禁止! 》
そう言われて、私は結界を張りテントを広げた。一頻り泣いてしまったため、妖精たちに体力の回復を最優先させられたのだ。
もちろん、抵抗はした。しかし『1対9』の劣勢ではどうすることもできない。
ピピンとリリンには、触手を私の手足に絡ませて前へ進めないようにされた。白虎には体を張って進行方向を塞がれた。妖精たちには……全属性の箱で覆われて閉じ込められた。
最初は水の箱。次に火の箱が水の箱を覆い、その上に地の箱……と言う形で、少しずつ大きくなっていった。
《 どうする? エミリア 》
《 この箱を突き破って先に進む? 》
水の箱は火の箱の熱を受けて熱湯と化していた。暑さを感じないのは、水と火の妖精の加護があるからだ。そうじゃなければ、このサウナ状態の中で私は脱水症状で倒れていただろう。
「……降参」
両手を肩の高さまで上げた私にみんなが微笑む。ピピンとリリンは嬉しそうに上下に揺れた。無理して出ることはできる。しかし、そこまで強行する理由はない。
だったら、素直に降参した方がいい。
《 エミリア。今日はこのまま休んで、ボス戦は明日にしましょう? 》
「それはいいけど……。みんなは大丈夫?」
《 平気、平気! 》
《 私たちよりエミリアの方が疲れているんだからね 》
「私は白虎に乗せてもらってたから、な~んにもしてな~い。させてもらってな~い」
《 させられるわけないでしょ 》
《 私たちのことで負担かけているんだから 》
「そんなことないよ」
《 そんなことあるわよ 》
そう。聖魔師が妖精と契約した場合、妖精が魔法を使う際に『魔力の調整』をする。今まで自由に魔法を使っていた妖精は、それまで通りに魔力を使う。下手すれば人々の多い街中で暴走を引き起こしてしまう。それを制御するのが聖魔師の一番の役割だ。
ただし、それは『目が届く範囲』でのこと。
王都の崩壊など、魔法を暴走させる妖精たちは、私が制御できる範囲から遠く離れているのだ。ただ、以前約束した『人を傷つけない』は守ってくれている。
私が魔法を使わないのもそれが理由だ。
魔法を使うことに問題はない。ただ、私の魔法は通常より強力だ。それを基本にして妖精たちが魔法を使うと、惨劇の舞台の幕が開き喜劇と悲劇の章の開演のベルが鳴る……
安定するまで、私は妖精の魔力コントロールに徹することにした。
真っ先にコントロールが必要なくなったのが、暗と水だった。逆に暴走しがちなのは火と風。地と光は時々暴走する。
そう。この子たちは感情で魔法を使うため、魔力が暴走するのだ。そして、この子たちは仲がいい。だから、コンビネーションで暴走する。火と風のコンビで爆風だ。
一度、水と風で台風が起きたことすらある。
私という存在を無視し、聖魔師を国の道具にして、この大陸の覇者になろうとした『元・隣国の王と狂った国民たち』がいた。彼らは妖精たちを『妖精の魔法が効かない鳥籠』に閉じ込め、酷使しては殺してきた。
……その中に、水の妖精がいた。
仲間たちの生命と引き換えに自由を奪っていたのだ。その代わり、その国は自然だけが豊かだった。……人々の性根は腐りきっていたが。
助けに行きたくて……でも、魔法が効かない捕獲道具が怖くて。王城に囚われた仲間を助けに行けなかった。
そこで会ったのが、『妖精たちの姿が見える私』だった。アンジーさんとシシィさんのおかげで、私は妖精たちを見ることができる。そんな私が、妖精たちに協力することにしたのだ。
まず、王都に向かった。職業は商人。商品は……
「なに⁉︎ 妖精だと⁉︎」
そう。私は魔法無効化の機能をつけた鳥籠に妖精たちを入れて正面から乗り込んだのだ。
中の妖精たちには「捕まって怯えているフリをして。けっして『仲間を助けるために乗り込んできた』って表情は見せちゃダメ」と約束していた。だから、仲間たちと抱き合って震える子や泣いている子などがたくさんいた。誰にも見えていないだろう。しかし、魔導具で確認されたら困る。
「……よし。それは王が直々に買い取ってくれることになった。……ひとまず、商品を預からせてもらおう」
「お断りします」
「……なんだと?」
「どこの世界に、自分の目玉商品を見ず知らずの者に預けると言うのですか?」
「商人の分際で……!」
「たかが門番風情が偉そうに。ああ、お前のその態度の悪さを理由にこの話はなかったことにしよう。なあに、妖精を求めるのはこの国以外にもある。……隣の国とか、な」
敵国である隣の国に、妖精たちを連れて行かれては困ると思ったのだろう。門番たちは慌てて引き留めようとしたが、私は無視を決め込んで外へと向かった。
「おい! 貴様! 生命が惜しければ商品すべて置いていけ!」
とうとう、門兵の一人が『追い剥ぎ』に堕ちた。五人が私の前に立ち塞がり腰のサーベルに手をかけ、その内一人が抜刀して切っ先を私に向けた。
「…………うせろ、外道が」
私の小さくも低い声に魔力が混じった。同時に、まるで『見えない大きな手』にでも平手打ちされたように、抜刀した男だけが三メートルはある石組みの天井に叩き上げられて、同じ速度で石畳の上に墜落した。
「……だあれにモノを言ってんだあ~?」
誰も何も言えない。もう一度いおう。私のこの時の職業は商人。あの男が受けたのは、商売の神が下した罰『見えない手』だ。今の発言が、相手に非があるという証明だ。男も、これが神の罰だったため、全身打撲に複雑骨折など、ひどい目にあったのに死んではいない。
「申し訳ございません!」
制服を身につけた男が私の前に駆け出て片膝をつく。抜刀しなかった四人も慌てて片膝をついて頭を垂れた。
鑑定で表示された身なりの良い男は、警備隊長であり、…………この国の第九王子だった。
……正直、通行の邪魔でしかない。
蹴散らして通り抜けようと思ったが、それを妖精たちが止めた。この第九王子は、この狂った国の中でも正気を保っているらしい。
第九王子の謝罪を受け、神の罰を受けた門兵と共に立ち塞がった四人、そしてすでに警備隊に取り押さえられていた門番の計六名は地下牢に繋がれることになり、連行されていった。
そして私は、第九王子の案内で王城まで徒歩で向かうことにした。
第九王子の視線がちらちらとコチラに、いや、妖精たちが入った鳥籠に向けられている。王城に入ると、すぐに無人の部屋に押し込まれた。
「あなたはなぜ……この子たちをここに連れてきたのです。このままでは、この子たちは確実に殺される……」
「知ってる。私はこの子たちの仲間を助けにきた」
私の言葉に、第九王子は驚いて、私と鳥籠の妖精たちを交互に見遣った。妖精たちが鳥籠の一部を内側から開けて出てくると私の周囲を飛び回る。『魔法無効化』がついているが、これは『魔法から妖精を守るため』のもの。妖精たちの魔法を封じるためではない。
その様子は光として見えているのだろう。第九王子は妖精たちを目で追いかけている。
「あ……あなたは」
「私は聖魔師の冒険者。商人は仮の姿」
そう言うと、第九王子は両膝を床につけて平伏した。
「大変失礼しました。なにとぞご容赦のほどお願い申し上げます」
「この国は、妖精たちをずいぶんと非道な扱いで……生命すら奪っているよね。許すわけないじゃない」
《 でも、この人は許してあげる 》
《 私たちの仲間を隠れて逃してくれているから 》
《 ねえ。どこか知らない? この人が生きていける場所 》
妖精の言葉に思い出したのは、私を受け入れてくれた優しい人たちの住む国。
「あなたは妖精たちを救った。だから妖精たちはあなただけ許す。……生きて罪を償いなさい」
第九王子を囲むように妖精たちがクルクルと踊りだした。それはそのまま床に光の輪を作り出していく。『妖精の輪』。ヨーロッパの神隠しで話を聞いたことがあったが、実際にこの目で見られる日が来るなんて……
突如起動した鑑定が、光を浴びた第九王子の名前が、出身が、詳細のすべてが次々に消えていくのを見せていった。それが消えた時、第九王子の姿はどこにもなかった。
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