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第五章
第126話
しおりを挟む・・・ミリィが『壊れた』。
ヤスカ村で発覚した屍食鬼による襲撃。それは後の調査で『魔物の襲撃』だと判明した。その頃から、エアちゃんが自分の精神を限界まで衰弱させてまで『何か』をしていた。・・・だから、エアちゃんにそのことは言えなかった。そんなことを話す時間があるなら、エアちゃんを少しでも休ませたかった。
食堂に入って来たエアちゃんはひどい状態だった。今にも倒れそうなエアちゃんの様子にミリィが必死に止めた結果「1時間後に寝る」と約束した。1時間だけ作業をしてからテントで寝ると。約束した1時間が過ぎて私とキッカがエアちゃんの研究施設に入ると、何時ものように結界を張って中にテントを置いていた。
休憩室の机の上には『みなさんで つかって』と書かれた銀のリングが置いてあった。使い方は簡単。指輪として使うのはもちろん、全員が持っている収納カバンに入れているだけでもいいし、チェーンや紐に通して首から掛けてもいい。
「エリー。その効果は?」
「・・・魔物の瞬殺」
私の言葉に全員が驚きで声を失った。それはそうだろう。鬼才のエアちゃんが繰り出す奇想天外なアイデアや商品に慣れたはずの私でも詳細を見て驚いたのだから。
「通常の状態では起動しない。『状態異常』に陥った魔物に遭遇した場合・・・『あらゆる襲撃』が起きたと判断された場合、に・・・・・・必ず」
「エリー。・・・どうした?」
気が強い方の私が涙を落としたことに、キッカたちが慌て出した。アクアとマリンが駆け寄ってきて「「 エリー。どこかイタイ?」」と心配された。
簡単だけど、エアちゃんに『魔物の襲撃でキッカたちの知り合いパーティが死んだ』話をしたことを伝えた。そして・・・。
「オークに『知識の高いヤツがいる可能性』を聞いて、私が取り乱したことがあった。・・・エアちゃんと魔物の話をするために応接室に閉じこもった時よ」
「・・・あの、俺たちが駆けつけてもエアさんが扉を開けてくれなかった時、ですね」
「そう。あの時、エアちゃんの声で我に返ったけど憔悴しきってて・・・。エアちゃんは、そんな私を見せないために」
「そうだったんですか。あのあと見たエリーは疲れた表情でギルドに向かったから、何か大変な話を聞かされたんだと思ってました」
「ああ。あのあと『ヤスカ村と連絡が取れない』と騒ぎになったから、そのことを仮説で聞かされたんだと。それで青褪めていたんだと勝手に解釈してたな」
アルマンがそう言って、エアちゃんが作った銀のリングをひとつ手にした。
「エリー。これはエリーがこれ以上苦しまないように。そして、俺たちが『アイツらと同じ道』を辿らないように。その願いを込めて作ってくれたんだろうな。・・・あんなに倒れそうになりながら、それでも気力だけで」
そう言いながら、私の手にリングを乗せてくれた。銀色の無地になっている表面は私の顔を歪めて、まるで泣いているようだ。
「エリー。エアちゃんが急いでコレを作ったということは、いま起きていることが『魔物の襲撃』だと思って行動した方がいいってことね」
「アンジー隊長、それなんですが・・・。エアさんが考えた仮説を読んで下さい」
キッカが指輪と共に置かれていた『仮説』の書かれたメモを見せる。それをアルマンが声を出して読みだした。食堂内は息を飲む音すら大きく聞こえる。・・・それほど静まり返っていた。
「・・・エアさんの考えたことが、一番筋が通っているな」
アルマンの呟きが、私たち全員の気持ちを表していた。
私たちも色々な仮説を立てていた。
しかし、その何れもが『その場面のみ』だけで、全体を通してみると矛盾していたのだ。
『何故、屍食鬼がヤスカ村に現れたのか』
『屍食鬼の目的は?』
『屍食鬼は何処へ行ったのか』
エアちゃんの仮定は、そのすべてに答えていた。
「だとすると、彼女は屍食鬼ではなく『眠りを妨げられた死者』」
「それも死の瞬間に『夫と引き離された』ため、心を残してしまった・・・」
「安らかな眠りに導くには、『旦那が埋葬された場所の特定』だけど。フィシス、旦那の墓が何処にあるか分かる?」
何やら考え込んでいるフィシスに声を掛けると「たぶん」とだけ答えた。
「たぶん・・・彼処よね」
「私も・・・たぶん同じ場所を思い出してる。・・・だけど、彼処に墓はない」
シシィとアンジーも顔を見合わせている。
「其処は何処!」
「・・・晦がり渓谷」
ミリィの答えに誰もが眉間にシワを寄せた。
『晦がり渓谷』
王都に続く街道の脇道に岩場がある。昔は其処に渓谷があり日中でも薄暗かった。それを良いことに、盗賊団が隠れ家を作って街道を行く旅人を襲っていた。人々は遠回りをしていたが其方を行けば半月以上多く日数がかかる。そして、この道を行けば必ず襲われる訳ではない。2~3ヶ月の内、1回か2回。当時の人たちの感覚では『運がなかった』で済まされる回数だった。
しかし、それが災いした。
領地に帰っていた領主が王都に向かう馬車を襲って殺してしまったのだ。それも『王族』を。
時の国王は晦がり渓谷の盗賊を根絶やしにするように命じた。命じられた討伐隊は皆殺しにした。
・・・身代金目当ての人質と、攫われてきた女性たちも一緒に。
そして、討伐隊は渓谷を壊して証拠を隠滅した。
「追い詰められた盗賊が人質たちを道連れに渓谷を爆破した」
彼らは王都に戻るとそう報告した。しかし、そんな嘘はあっさり見破られた。
「人質がいるなど聞いていない」
「お前たちは『人質が何人いる』と何故分かったんだ?」
「人質のフリをした盗賊の可能性は?」
連日の取り調べで、討伐隊のひとりが自供した。そして、自供通り岩を取り除いた下から『炭化した骨』がいくつも見つかった。しかし、盗賊と人質たちの骨の判別がつかず、さらに触れれば崩れてしまうため回収を断念し、その地を埋めて『合同墓』とした。
・・・今でも被害者の残留思念が残り、時々姿が現れるといわれている。
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