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第五章
第101話
しおりを挟む全員がすぐに姿を消した3人を探して話を聞くために動こうとしましたが、ちょっと待ってもらいました。水差しを3つ出すと不思議そうに見返されました。
「皆さん。この『癒しの水』を飲んでください」
「エアさん。オレたちはもう回復して・・・」
「飲・ん・で。もちろんエリーさんも」
「え?私も?」
「はい。理由は・・・飲めば分かると思います」
癒しの水は『調合レシピ』。薬師の管轄です。・・・薬として出したのです。そのことに気付いたのでしょう。最初にオルガさんがコップ1杯を飲み干しました。
「・・・・・・・・・ああ。『そういうこと』だったのですか」
オルガさんは目が覚めたような表情を見せると、何かに気付いたように呟きました。それをみたキッカさん、エリーさんが水差しからコップに癒しの水を注ぐとグイッと一気に飲み干しました。そして、エリーさんは怒りの表情になりました。
セイマールの王城で見た『大魔神』が再降臨したようです。
「何よ!一体どういうことよ!なんなのよ!何が起きているというのよー!!」
エリーさんは、今にも巨大化して口から火を噴きそうです。キッカさんは俯いていますが、目が据わっています。
そんな2人の様子に誰もが怯えていましたが、エリーさんの「お前たちも早く飲め!飲まんか!」と、からみ酒に近い状態で皆さんに凄まれて、コップに汲んでいきました。
しかし、飲むのが恐ろしいのでしょう。コップを手にしたまま、お互いの顔を見合わせています。
「さっさと飲み干せぇぇぇ!」
エリーさんの声に、全員が『パブロフの犬』のように癒しの水を飲み干しました。
・・・一瞬の静寂後。
怪獣や恐竜が食堂に溢れて大騒ぎになりました。
「えっと・・・。皆さん、落ち着きましたか?」
食堂には、床に直接正座させられている皆さんがいます。遅れて昼食に来たアルマンさんが、食堂の騒ぎに気付いて全員を一発ずつぶん殴って大人しくしてくれました。
「ああ。そんなことか」
アルマンさんは、さらりと爆弾発言をして下さいました。
「アルマン!貴方気付いていたの!?」
「いや。知らん奴がいたからな。厨房にいたけど鍛錬には来たことがないから疑っていた。ん?此処にいる連中はこれを飲んだのか?」
「ええ。癒しの水です」
「じゃあ安心だな。1杯貰おうか」
未使用のコップに癒しの水を注いでグイッと飲み干すと「ああ美味い。もう1杯貰うぞ」と言いながら、今度は味を楽しむように飲み出しました。
「それで・・・?今はどういう状態なんだ」
「癒しの水を飲んで、現状が把握出来たところです」
「ああ。3人に騙されたということか。エアさんは騙されなかったというところか?」
「私は・・・たぶん『ターゲット』だったんじゃないでしょうか?」
「え?どういうこと?」
私の言葉にエリーさんが驚いていますが、アルマンさんは「やはりそうだったか」と同意してウンウンと頷いています。
「ちょっと!どういうことよ!」
「まあまあ。落ち着け。まずはエアさんの話を聞け」
アルマンさんに注意されると、エリーさんは私の腕を掴んでカウンターを回り、食堂の、アルマンさんが座っているテーブルまで連れて行って椅子に座らせられました。オルガさんも食堂に出てきて、床に座っていた皆さんも椅子に座り直しました。
私は最初に言った通り、宿からこの家に戻ってきた時に『見知らぬ3人』が料理班に加わったことを知りました。食事の際に、しきりに水を飲ませようとしてきたため不審に思い、断ったのに勝手に注がれた水を気付かれないように『癒しの水』と取り替えていました。以降も勝手に出された水を『清らかな水』に取り替えていました。
「食事の時に、わざわざ水を飲む?他の飲み物も飲むのに?夜ならお酒があるのに?毎食、強制で1杯は飲まされるのよ?」
「ムダだ。此奴らは一切疑わなかったからな」
アルマンさんの言葉に全員が俯きました。アルマンさんは『信じていなかった』ため、毎食『磯辺巻き』を出して食べていたそうです。さすがにアルマンさんには水を飲ませようとか、作った料理を食べさせようとか出来なかったようです。
今も磯辺巻きを食べています。ちなみに3皿目です。私に注文するのは「何時もちょうどいい固さだ」ということです。オルガさんたちでは、「同じ餅なのに毎回固さが違う」のだそうです。
食事後に研究施設へ戻ると、真っ先に癒しの水を飲んでいました。食事に何か含まれているのではないかと心配になったからです。そのうち、事前に癒しの水を飲んでいれば3時間ほどは問題がないことに気付きました。気をつけて、途中で飲んでましたが。
「何で教えてくれなかったの?!」
「だって。すでに皆さん、あの3人と『仲良しこよし』でしたから。執拗に水を飲ませようとするのも私に対してのみでしたし。それに・・・エリーさんやフィシスさんは『私に水を勧める側』でしたから」
私にそう言われると、エリーさんは思い出したようで、気まずそうに俯きました。
「待って下さい!・・・今、フィシス隊長もって!?」
「はい。言いました。すでに水の入ったコップを用意されていて、真っ先に飲まされたこともあります。その頃には事前に癒しの水を飲むようにしてました」
「キッカ!エリーも食堂にいるのー!」
ミリィさんの声が近付いてきます。それと同時に「ちょっとミリィ!」「このロープ外して!」という声も近付いてきます。
「ミリィさんだけじゃ・・・ない?」
「フィシスと・・・アンジー?」
食堂の入り口に姿を現したのは、シシィさんとミリィさん。そして、ミリィさんが持っているロープの先にはフィシスさんとアンジーさんが『簀巻き』状態で連れて来られていました。
「・・・え?エアちゃん?」
「・・・どういうこと?」
シシィさんとアンジーさんが私を驚いて見ています。ミリィさんは固まっています。
「4人とも。此方に座って。・・・大事な話があるの」
エリーさんに言われて、フィシスさんたちは隣のテーブルに向かい座りました。
「ミリィさん」
私が声を掛けると身体をビクリとさせて「なに?」と震える声で聞き返してきました。顔は上げず俯いたままです。
・・・今は話を進めましょう。
「ゼクト・オードリー・クェーサーという3人に心当たりはありませんか?」
「・・・誰?それ」
「何言ってるの?何時も食堂にいるじゃない」
「フィシス。貴女こそ何言ってるの?そんな人たちいないわよ」
「ちょっとシシィまで。何年も前からいるじゃない」
「いる」「いない」の言い合いが始まってしまいました。そんな4人にオルガさんが水の入ったコップを配ってくれました。中身は癒しの水です。
「それを飲んで、少しは落ち着いて」
エリーさんの言葉に4人は一気に水を飲み干しました。
・・・変わらなかったのは、ミリィさんとシシィさん。フィシスさんとアンジーさんは、キッカさんと同じように目が据わっています。
「・・・・・・これはどういうことなの?」
「フィシス?どうしたというの?」
しばらく様子を見ていると、フィシスさんの唸るような声が漏れてきました。シシィさんが心配して声をかけましたが、フィシスさんは「フフフフフ・・・」と笑い出しました。癒しの水をもう一杯飲んでもらった方がいいでしょうか?
「フィシス。アンジー。・・・ようやく『元に戻った』ようね」
「え?エリー?それはどういうこと?」
意味の分からないミリィさんとシシィさんは、驚いた表情でエリーさんを見ています。
「いま此処にいない人たちと子どもたちには、あとで『癒しの水』を飲んでもらうわ」
「・・・なにがあったの?それは・・・エアちゃんに関係しているの?」
ミリィさんの声には怒りが含まれています。
「・・・ある。のよね?エアちゃん」
「たぶん・・・。私が戻って初めて、エリーさんとキッカさんの2人が不在になる今日がチャンスだったと思います」
「・・・エアちゃん?」
「食中毒事件が起きました。まだ1時間も経っていません」
私の言葉にフィシスさんたちは驚きました。此処へ4人で来るように言われたが、何が起きたか知らないそうです。そのため、先にキッカさんとエリーさんから説明をお願いしました。
キッカさんに「みんな、お腹が痛くて嘔吐や下痢が酷い。エアさんに薬をもらって欲しい」とチャットが届いたそうです。そのため、エリーさんと連絡を取って急いで帰ってきたそうです。そこで其処此処で倒れて嘔吐している者。トイレに入って出られない者。すでに意識がない者。あまりにも酷い状態だったそうです。すぐに戻ってきたエリーさんに、私には現状を話さず、鑑定に出た『食中毒』とだけ伝えて治療薬を貰ってくるように言われたそうです。
症状が回復した人たちは、『状態回復』の魔法を掛けて綺麗にしていったそうです。それから、食堂に行ってオルガさんが作った経口補水液を貰って脱水症状から回復したそうです。症状が重かった人たちは、部屋で休んでいるそうです。
『状態回復』・・・ケガや壊れたものには有効ですが、病気などには効かないのです。虫歯も『治療薬』で治すしか方法がないのです。今回の食中毒も魔法が効かなかったと言っていました。
「エアさんが特定してくれたが、食中毒は『ウチのとは違うジャガイモを混ぜた』ことが原因だ。緑色の、毒素を含んだジャガイモを使ったことで毒が混入したと思われる」
私が見つけたのは、緑色をしたジャガイモの皮と芽のついた皮。それだけでオルガさんも気が付いたそうです。
料理班に入って真っ先に教えられるのがジャガイモの知識。毒を含む食材に対しての安全性を徹底的に叩き込まれるのです。
私とこの家の中で使われる食材は、信頼できる屋台のもの。ちゃんと成熟した野菜を売っていて、決して未成熟だったり芽が出たもの・・・。つまり『飲食に向かないもの』は販売しません。だからといって混入しないとは限らないのです。
そのために、まっ先に教えられるのです。そこで『生命を預かる重さ』を知って、料理班を断念した人たちもいます。
「自分の分なら多少のことでも平気だが、他の人の分を作る重荷には耐えられない」
誰もがそう言っていました。簡単な料理しか経験がない、もしくはまったくの初心者ですから、そこまで大変な仕事だとは思わなかったようです。そのため、まずは『自分のテントのキッチンで作る』ことから始めたそうです。彼らも、座学を受けてから料理班を抜けているため、最低限の知識は持っています。
「それに何故エアちゃんが関係して来るの?」
「いえ。その前に聞いて欲しい話があります。私が宿から戻った時に・・・」
そう言って、エリーさんたちに話した内容をもう一度話しました。フィシスさんは自分とエリーさんが私に『怪しい水』を無理矢理飲ませていたことを知って青くなり、ミリィさんは鋭い目つきでフィシスさんを睨んでいます。
「私が宿から戻った時に『新しく入った』と思わせるだけでいいと思ったのかもしれません。ですが、『操ってつれ出す方が簡単』だと思ったのでしょう。水を無理矢理飲ませようとし始めたのです。ですが、私には一切効きませんでした。そのため、今度はフィシスさんやエリーさんを使って水を飲ませることにしました」
「『使って』って・・・」
「その通りでしょ」
フィシスさんが小さく反論しましたが、ミリィさんに一刀両断されて黙ってしまいました。
「・・・そして、今日。私の食事か水に睡眠薬を入れて、施設に戻って寝ている間に連れ去ろうと思ったんでしょうね。ですが、私が何時もより早くに食堂へ行ったこと。そして、アクアたちが私の言った約束を破りました。そのため、注意した私に「大袈裟な」と反論したせいで食事もせず施設に戻ったこと。慌てたでしょうね。すでに食事には毒を混ぜていましたから。ですから逃げ出したんだと思いますよ。『食中毒事件』を起こせば、全員が取り調べられるのですから」
「じゃあ・・・エアちゃん。私に「来ないで」って言ってきたのは」
「ええ。私が宿から戻った時点で、唯一ミリィさんだけが此処に来ていなかったからで・・・」
ミリィさんに抱きつかれてワンワン泣かれました。私のメールで「嫌われた」と思ったそうです。詳しく書かなかったのは私の落ち度ですが。
「でもミリィさん。ちゃんとメールを読んでくれなかったの?」
私はタイトルに『大好きなミリィお姉ちゃんへ』と書いたのです。そして『どうしても大事なことがあるから。巻き込みたくないから。だから、家に来ないで』と送ったのです。
「ミリィさん。私が王都を飛び出して、帰った翌日から一度も来なかったのは『私をイジメる貴族たちを取り締まっていた』からでしょう?だから、『悪い人をやっつけるため』だから・・・。でも悲しませてゴメンなさい」
「いいのよ。エアちゃん。エアちゃんが詳しいことを打ち明けられなかったのは、『まだ何が起きるか分からない』のと、ミリィがフィシスたちに噛み付く可能性があったからなのよね」
シシィさんの言葉に頷くと、ミリィさんも「詳しい話を聞いたら、此処へ殴り込みに来ていた」と言っていました。
「まだ表立った事件は起こっていないのと、彼らの後ろに隠れている連中が分かっていないから、エアちゃんは唯一無事だったミリィを自分から離したのよ。・・・唯一、操られていないミリィなら、何があっても助けてくれるって。そう信じていたのよ」
シシィさんに言われた言葉が信じられない様子のミリィさんですが、「助けて、くれた?」と恐る恐る聴くと「当たり前よー」と言いながら抱きしめてくれました。
「私の何を狙ったかは分かりません。それは実行犯たちから聞き出して下さい」
「でも連中は何処に逃げたか分からないわ」
「彼ら3人の居場所は分かっています」
「え?!何処!何処にいるの!」
「彼らのターゲットは私です。私の施設の外に、見慣れない『三つの雪だるま』があります。今朝はなかったんですよ~。お昼を食べに行って、食べずに戻ってきた時に、なんでかな~。雪だるまが二つ立ってたんですよ~。今はひとつ追加で三つに増えました~」
全員がポカーンとした表情になりました。では、第二弾の爆弾を投下しましょうか。
「さっき確認したら、雪だるまが五つも追加してましたよ。『生き埋め』も、い~っぱいで大収穫です♪」
「エアさん。今回のこと、かなり怒っていたんですね」
「そうでしょうね。自分を連れ去るために今回の食中毒を引き起こされたんだとしたら・・・」
そんな会話を背後に聞きながら、私は雪玉を作っては穴の中に落ちている男たちに投げつけています。職人さんに頼んで防水の魔法を掛けてもらった毛糸で手袋を編んだので、雪の水分が染み込むこともありません。
穴の中の連中たちは腰まで泥に埋まっています。お湯を張っても、外気温が低いため凍ってしまうでしょうし、『露天風呂』に入れてあげるほど優しくはありません。泥なら『保温効果』があるでしょう?
この人たちは作戦が失敗しただけでなく『生け捕り』されたのです。これ以上の屈辱はないでしょう。
「標的がい~っぱい♪」
雪玉を次々に当てていきますが、誰も大した反応をしません。それもそのはずです。この中には『眠り草』という睡眠を誘う草を使った麻酔薬を放り込んであります。通常ならただの『眠り薬』ですが、祝福を受けた私が作ったのです。
・・・どんな効果が出るか試させてもらいました。
「エアちゃん。・・・さすがにこれは販売しないでね」
「私のオモチャですね」
「使う相手は考えてね」
「私の敵には手加減なく。際限なく。遠慮なく」
「さすが!私のエアちゃん!」
「ちょっとミリィ!エアちゃんを煽らないで!」
フィシスさんが慌てています。
「でも。守備隊がコレをスプレーにして、犯人の顔にプシューッてしたら?あ~ら。おねんねしちゃったから簡単に捕まえられちゃたりして~」
「・・・え?あら?」
「それは・・・簡単に捕まえられるわね」
フィシスさんたちは本気で導入を考え始めています。
「ところでエアさん。あの雪だるま・・・生きているんですか?」
「生きていますよー。火を近付けると解けちゃいますが」
「・・・え?・・・もしかして・・・?」
「えー。ヤダ~」
「うわー!!」
私がキッカさんを揶揄っていたら、雪だるまの周りにいた人たちから叫び声が上がりました。キッカさんが慌てて駆け寄っていき、「うっわー!」と叫び声があがりました。
「え?ちょっとキッカ?」
「皆さんは来ないでください!」
キッカさんが慌てて止めると、ミリィさんに抱きしめられました。
「エアちゃん?一体・・・?」
「雪と共に洋服も一緒に溶けちゃって・・・スッポンポン♪」
私が笑っていうと呆れられました。
「だって。この人たち『拐かしの犯人』よ?スッポンポンにしたら、逃げられないでしょう?もし逃げても、不審者で捕まるよ?」
「・・・そうね。そのまま逃げ切っても風邪を引いて治療薬が必要だろうし。治療院に行く前に高熱で行き倒れだわ」
「それで?あれは魔法か何かなの?」
「ううん。違う。ポンタくんのところで売り出した『防犯グッズ』なの」
元々、犯人を拘束するものでした。その際、犯人の逃走防止のために『魔法無効化』の袋が犯人を覆います。
「冬だから、雪だるまの袋ってアリ?」
「あ!それ面白い!」
「すぐに手配します!」
そんな簡単な会話で作られました。アイデア料として毎月『売り上げの一部』を貰えることになりました。『冬だから雪だるま』という発想が面白いとのことで、色んな商品の冬季限定版を売り出したそうです。
遅れて神様に登録されました。『季節限定商品』というアイデアです。
「やっぱりエアちゃんが絡んでるのねー!」
「こういうことに、エアちゃんが絡んでないはずがないでしょう?」
「・・・でも、『服を溶かす』のはちょっと」
「あれは最初からの機能ですよ?」
私がそういうと、フィシスさんたちは驚いていました。
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