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第三章

第53話

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彼方此方あちこちに跳んでいく大玉に苦戦する姿に大笑いしながら観戦し、優勝が決まってから『ゴートゥーヘル』を覆っていた大玉を解除しました。そこにはすでに目を回して、中には泡を吹いている人もいます。

「今度から『大玉ころがし』を罰にするのもいいな」

「そんなこと言ってて大丈夫ですか?」

「え?何がです?」

「これを誰かが『出来るようになる』と、皆さんの『追加特訓』に加わりますよ?」

「「「・・・・・・」」」

誰も『中に入るのが自分たち』になる可能性を考えなかったようです。

「皆さんが楽しんでいる間に、キッカさんとアルマンさんがそんな話をしていましたよ」

「ギャー!」と騒ぐ皆さんをマネて、アクアとマリンも両手で頬を挟み「「キャー」」と喜んでいます。

「何だよ。お前ら。『楽しみ』なんか?」

「「うん。たのしみー」」

「なか はいるのー」

「ドーンってとぶのー」

「「ねー」」

本当に楽しそうです。年相応で・・・無邪気な笑顔で。
見ているだけで、家族と共に消えた親戚の子を思い出して辛いです。

「エアさん。今日は色々とありがとうございました」

そんな私の様子に気付いたキッカさんに小声で話し掛けられました。

「キッカ。エアさんを部屋まで送ってやれ」

「え?あ、1人でも大丈夫ですよ。この二階には関係者以外は入って来ませんし」

「いや。此処は王都と違って『仮住まい』だ。それも『仮の守備隊詰め所』のため、誰でも入って来られるようになっている。そのため不審者排除用トラップが仕掛けられんからな。不自由かもしれんが、部屋から出る時はキッカを送迎に使えばいい。世間じゃあ『聖女様に認められた冒険者』と噂されているからな。トラブル回避にはなるだろう」

たしかに『不心得者』が現れていることは聞いているし見てもいます。
それは『宿屋が売ろうと何度も手を伸ばした女に興味がある』というものです。そして『エンシェント元男爵の魔の手から逃れた女』にも興味があるのでしょう。

大半が「どんな相手なのか見てみたい」という興味本位の者です。

しかし、ある者は「悪者の手から逃れるほどの知略があるなら囲いたい」という。その『囲いたい』には二つの意味がある。『雇いたい』という者と『自分のものにしたい』という者だ。後者は『性的な意味』で。

さらに噂を正しく読み取ることの出来ない者が「冒険者なんかしてるから借金奴隷に身を堕とそうとしたんだろう。だったら俺が『身請け』してやろう」という者すらいました。
もちろんフィシスさんが「その噂は間違っている」と伝えましたが、「だったら幾ら金を出せば・・・」とか「幾らでも金を出す」と言ってしまい、『人身売買を持ち掛けた現行犯』であっさり逮捕。

「持ち掛けた時点で犯罪だなんて知らなかった」

「言い訳は王都で伺います。が、すでに『人身売買』が加わっています。罪人である以上、下手な言い訳は『虚偽』になります」

アンジーさんが、犯罪者となった彼らを王都へ送る手続きをしながら淡々と伝えると、誰もが口を閉ざしました。罪人の手錠を掛けられて、魔法を封じられ、私語を封じられた状態で、『囚人用馬車』に詰め込まれて、10人単位で王都に送られました。
南部守備隊は女性隊長の四隊が有名だが、残りの六隊も『なかなかな連中』だったりする。しかし、女性隊長が『罪人』と判断した者に対して容赦しない。特にアンジェリカ隊長とシンシア隊長の両名の書類は詳細に纏められているため、六隊は証言を引き出すだけで済むのでした。





「送ってもらってすみません」

「いえ。色々と楽しかったですよ。自分も久し振りにいい運動になりましたし」

何時もなら、キッカさんは全体の見守りで特訓に参加していないそうです。

「そう言えば、皆さんの『リクエスト』なんですけど」

「ああ。それは少し待ってもらってもいいですか?まとめて連絡させて頂きます」

「分かりました。お願いします。・・・ちょっとだけ、待っててもらってもいいですか?」

「・・・エアさん?どうかされましたか?」

アミュレットの鑑定機能が、『部屋の中に不審者がいる』と教えてくれています。

拘束バインド

床から伸びたツタで、ベッドの横にいた『不審人物』を捕らえました。ああ。ベッドの中に『毒虫』たちを仕込んでいたんですね。ベッドに入ったら『苦しんで死ぬ』ように。

『ミリィさん。お仕事中にすみませんが、私が借りている部屋に来てもらえますか?『悪い人』が入り込んでいます』

ミリィさんにチャットを送ると、バアン!!という物音と共に「エ~ア~ちゃ~~ん!!」という叫び声が聞こえて、『ドドドド~』と地響きが近付いて来ました。5秒後には、ミリィさんの腕の中です。さっきの子供たちのことでグチャグチャだった私の気持ちも落ち着いてきました。

「エアちゃん?キッカも一緒だったの?何があったの?」

「隊長たちはどうして此処に?」

「エアちゃんが、チャットで『部屋の中に悪い人がいる』って言ってきたのよ」

「アミュレットが教えてくれたの。『不審者がいる』って。だから捕まえたんだけど・・・」

「大丈夫よ。エアちゃん。ちゃんと罪を暴くから」

「まだ入っちゃダメ」

「エアちゃん?」

「中にいる人。『毒虫』をベッドの中に隠してたけど、『麻痺毒』を持った毒虫を刺激しちゃって・・・。自分で麻痺毒吸っちゃったのは仕方がないけど、その毒虫さんはまだ興奮しちゃってて。それにつられて、他の毒虫さんも興奮して毒を撒き散らしてます」

「そんな状態では、窓を開けたら毒が町に拡散してしまうわね」

「飛べる毒虫も、町に拡散するな」

「興奮が落ち着けば、『睡眠』の魔法が使えるんですが・・・」

「『鎮静』は効かないのかしら?」

「試してみようか」

「もう試しました。それで少しずつ落ち着きはじめているんですが・・・。ツタで拘束してる人が時々唸るから」

「その人は眠らせる事は出来ない?」

「ムリよ。麻痺してる場合、眠らせても『麻痺状態』は変わらないから」

「全身が痙攣するから・・・。その時に肺や胃も痙攣して『音』として漏れています。それに、その人がまだ毒虫を持ってる可能性があります」

「下手に動かしたら刺激してしまうということなのね」

「はい。・・・猛毒を持った昆虫もいるから。毒虫さんは大人しく住んでいたのに、巣を壊されて仮死状態で住んでいた所から無理矢理引き離されて、目を覚ましたら知らない場所だったから混乱しているだけ。毒虫さんは悪くないのに・・・」

「そうね。エアちゃんのいう通りよ。毒虫は悪くない。それを『悪用する者』が一番悪いわ」

私の言葉に同意してくれたミリィさんが、優しく抱きしめてくれました。
私は優しいのではないです。ただ、勝手に毒虫と自分を『重ねた』だけです。住み慣れた世界から一方的に連れ出されて、見知らぬ世界に放り出された。・・・そんな私たちと。






私が使っていた部屋は、鍵を掛けて『使用禁止』になりました。そして私はキッカさんたちと同じ部屋で、テントを張ることになりました。
部屋の入り口側に『鉄壁の防衛ディフェンス』のテントを。そして奥側に私が結界を張った中にテントを張りました。

「エアちゃん。『外のこと』は気にしないでゆっくり休んでて」

「キッカ。ちゃんと皆でエアちゃんのこと、死んでも守りなさいよ」

「ああ。分かってる。エアさん。エアさんのことはパーティ全員で守りますから大丈夫ですよ」

「はい。すみません。お願いします」

ペコリと頭を下げてから、私はテントの中へ入りました。



ブクブクと湯船の中で息を吐くと、さらに気分が憂鬱になってしまいました。
・・・せっかく、楽しい入浴タイムなのに。

理由は簡単です。『毒虫を使って私を狙った女性』のことです。・・・いえ。違いますね。『私を襲わせるために連れて来られた毒虫たち』のことが気にかかっているのです。

せっかくミリィさんの腕の中にいたのに・・・。ううん。ミリィさんが優しく抱きしめてくれていたから、私は理不尽にこの世界へ連れて来られた『憎しみや恨み』で心が煮えたぎることがなかったのでしょう。ただ『悲しい』。その感情だけが溢れています。

「ねえ。これは、目の前で『処罰』を見たからなのかな・・・?」

私しかいない。だから返事が返って来ないのが分かっているけど・・・。口に出して、自分の心に確認したかった。
私たちの人生を弄んだ男と、自ら選んだとはいえ『彼女』の未来を閉ざした男。
「彼らを許したのか?」と問われれば、「ノー!」と即答できる。私は許すことは出来ないでしょう。
「じゃあ、彼らを恨み憎んでいるのか?」と問われたら・・・「分からない」のです。前のように、激しい憎しみが現れなかったのです。
やはり、ミリィさんが抱きしめてくれたから、落ち着いていられたのでしょうか?

「分かんないよ・・・お兄ちゃん」

いつも悩んだら、お兄ちゃんに相談してた。学校のことも、勉強のことも。友達のことも。社会人になっても、仕事のことも。先輩たちとの付き合い方も。営業の時に何を注意して、どんな会話をすればいいか。いっぱい話を聞いてもらって、いっぱいアドバイスしてもらっていたのに。

「聞いてよぉ。お兄ちゃん・・・」

私はこの先どうしたらいい?
あの二人の子供たちとどう関わればいい?

初めて一緒に宿で寝た日。
『寝ているだけだ』って頭の中では分かっているのに。眠っている二人を見たら、家族と共に逝った親戚の子の・・・二度と目覚めない『あの子』の姿を思い出して・・・怖くなった。目を覚ました時に二人が、何方どちらかひとりが、『目を覚まさなかった』ら。
冒険者として一緒に旅をして、もし強い相手に会ってたおれることがあったら。
そうなったら、私は二度と子供に近寄ることが出来なくなる。
それだけじゃない。誰かと一緒に冒険の旅をして、その相手がもし死んでしまったら。
私は、誰とも関われない。
大切な人と、これ以上、死に別れるツラさを味わったら、私は『壊れる』でしょう。




私が『私』に戻れるまで、五日間掛かりました。





寝室のベッドの上か、浴室のいくつもある風呂を満喫して、作り置きの料理でお腹を満たして、やっと気持ちが落ち着いたのは、部屋を変わってから五日目。誰からもチャットは届いていません。私も送っていません。
ただただ、『自分だけの世界』で過ごしていました。
まだ料理をする気になれず、作り置きの料理とキッカさんが作ったというプリンで昼食を終えた頃、テントに掛けていた『探索サーチ』魔法が反応を示した。ステータス画面を確認すると、『テントの探索サーチが反応しました』と表示されています。タッチすると、別画面でテントの外が映し出されています。ステータス画面の方は閉ざすと、別画面は拡大されて音声も聞こえてきました。
アクアとマリンの二人が「「おねえちゃーん」」と呼びながら私の張った結界を叩いていました。



「こら!アクア。マリン」

「「おねえちゃんに あいたい」」

「エアさんは疲れているから休ませてあげるように、キッカから言われているだろう」

「おねえちゃん、アクアたちがきらいなの?」

「おねえちゃん、マリンたちに笑ってくれないの?」

「・・・まあ。こうやってワガママ言ってれば、エアさんに嫌われるだろうな」

「それ以前の問題だろ?」

「ほら。キッカに見つかった」

「「おねえちゃんに あーいーたーいー!」」

「ムリだ」

「「やだあー」」

「ワガママなヤツは誰でも嫌いだろ」

「アクアはワガママじゃないもん!」
「マリンもワガママじゃないもん!」

「十分ワガママだろうが。宿で勝手に部屋から出たのは誰だ。今も「会いたい」と騒いで」

「「だってー」」

「エアさんはずっとひとりで頑張っているんだ。俺たちが一緒にいる今だけでも、何も気にせずゆっくり休んでもらいたいんだって、毎日俺たちが言ってるだろ」

「ネージュ。キッカ。エアちゃんにワガママ言って困らせようとしている『わるい子』が此処にいると聞いたが?」

「「エリー!」」

「あれー?変だなー?『テントから出るな』と言われているのに出てる子がいるような。見間違いかなぁ?『特訓受けたい子』かなー?」

「「みまちがーい!」」

エリーの言葉に、アクアとマリンは慌ててテントの中へと入って行った。その様子をエリーは笑いながら見ていた。

「ネージュ。このまま見張りを交代するから休憩に入ってくれ」

「ああ。分かった。じゃあ。あとは頼む」

ネージュはキッカと交代でテントの中へ入って行く。


「エアちゃんは?」

「あれ以来、出て来ていません」

「・・・そう。エアちゃんは『家族を亡くした。もう誰もいない』とは聞いているけど・・・」

「その中に、アクアたちと歳の近い子供がいたのでしょう。先日も、二人を辛そうに見ていました」

「二人が無邪気に慕っているから、エアちゃんも突き放せないのよね。たぶん、宿屋の弟くんくらいの年齢になれば、きっと大丈夫かと・・・」

「エリー。それなんだけど。家族の遺体を見ていたのなら、心のキズはかなり深い。冒険者である以上、『人の死』と直面することもあります。そうなった時に、エアさんは誰とも関われなくなる可能性があるでしょう」

「キッカたちは『あの事件』を乗り越えたでしょ」

「いえ。『乗り越えられなかった』から守備隊を辞めたのです。そして・・・魔物の氾濫スタンピードに巻き込まれた『アイツらの死』。それがキッカケで、冒険者を辞めた連中もいる」

「キッカ・・・。エアちゃんは『乗り越えられる』と思う?」

「『ひとりでは難しい』でしょうね。ですが、ミリィ隊長がいます。先日も、ミリィ隊長が抱きしめていたため、以前よりは落ち着いていたと思います」

「やっぱり、エアちゃんは『故郷をなくした』と見た方がいいわね。だから『暗竜の子』を家族に帰したいと願い、『毒虫』を住んでいた所から引き離されたと悲しんだのね」

「エアさんのことで気になっていることがあります。・・・このまま精神的に負荷が掛かり続ければ、エアさんは『すべての痕跡』を消して、我々の前から『いなくなる』のではないかと思っています」

「・・・・・・キッカも、そこまで考えが行き着いたのね」

「ええ。・・・だからこそ、アクアたちを近付けないように気を付けているんですけどね」

「エアちゃんが何処に行こうと自由だけどね。出来れば『行方をくらます』のだけは思い留まってくれたらいいけど」

「俺は、心のキズが癒えるまで行方を晦ましてもいいと思ってる。無理して笑っている姿は居たたまれない。ただ、いつか帰って来てくれれば。連絡をくれるだけでもいい」

「そう、ね。きっと、エアちゃんは『ひとり』になってまだ日が浅いのね。必死に頑張ってるけど、無理している姿は痛々しいわ。唯一、ミリィには甘えているけど」

「あとどれくらい、此処にいられますか?」

「王都で自白してる連中の、裏付け調査がまだまだ続いているからね。逃亡防止で城門を閉ざしているから。まだ20日以上は此処から出られそうもないわ」

「その間に、少しでもエアさんの心が癒されてくれれば」

「悪いけど、エアちゃんのことお願いね。私たちも、今は『忙しい』ことを理由にエアちゃんに連絡してないから。・・・エアちゃんには、何も気にしないで、ゆっくり休んでもらいたいから」

「我々も気持ちは同じです。エアさんには『はじまりの迷宮』からずっと迷惑を掛けてきました。『水の迷宮』では特に・・・。ですから、少しでも休んでもらいたいと思っています」

「フィシスたちと『計画していること』がある。それを実行する準備をしてるけど・・・。キッカたちにも手伝って貰う必要がある」

「ああ。じゃあ結界を張ろう」





エリーさんとキッカさんの会話を聞いてしまいました。
私のことを気にかけてくれて、皆さんで見守ってくれています。そして・・・私が『いなくなろう』と思っていることも、アクアたちのことも、気付いているけど『気付かないフリ』をしてくれています。

・・・もうすこし。もうすこしだけ。
気付かれていないフリをしててもいいですか?

そして・・・。もう少しだけ、『私だけの世界』にいさせて下さい。
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