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第二章

第37話

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「じゃあ。私はこのまま先に向かいますね」

「うん。気をつけて行ってきてね」

「はい。行ってきます」

私が手を振って階段を降りていくと、34階につく直前に少女がひとり立っていました。いえ。立っているというより『浮かんでいる』のが正しいでしょう。
少女の服が『花を上下逆さまにしたデザイン』です。それはまるでアンジーさんやシシィさんの『本来の姿』に似ています。

「妖精さん、ですか?」

「私が『見える』んですか!?」

「はい。それで、どうして此処にいるのですか?」

「分かりません。・・・気付いたら此処にいました」

「ちょっと待って下さい。一緒に上の階へ来られますか?」

「・・・いえ。此処から離れようとすると気を失ってしまうので」

「では、少し待てますか?」

「・・・はい」

妖精さんの言葉に頷くと、33階へ戻り広場へ顔を出しました。階段から近付く姿が見えていたのでしょう。アンジーさんがすぐ近くまで来ていました。

「エアちゃん。どうしたの?」

「ちょっと・・・。シシィさんと二人で下の階まで来てもらえますか」

「いいわよ。シシィ。ちょっと」

「あら?エアちゃん」

「ちょっと下へ行くわよ」

「・・・分かったわ」

二人は何も聞かずについてきてくれることになりました。そして34階につく直前の階段で待っていてくれた少女の姿に驚いていました。

「マーシェリ!」

「あ・・・アンジー?シシィも」

「どうして此処に!」

良かった。二人と顔見知りだったようです。

「二人と似た服だったから『妖精さん』だって分かったけど・・・此処から動けないって言われたの。『離れようとすると気を失う』って」

私の言葉に頷くマーシェリさん。

「エアちゃん。確か『鑑定のアミュレット』を持っていたわよね。貸してもらえる?」

「はい。どうぞ」

カバンからアミュレットを取り出してアンジーさんに渡しました。アンジーさんがマーシェリさんにアミュレットを翳すと、真っ暗なフロアの中央にある岩の水盆にある花が虹色に輝きました。

「あれは?」

「マーシェリの『本来の姿』よ」

「あれ?でもシシィさんもアンジーさんも妖精の姿が『本来の姿』ですよね?」

「ええ。私たちはね。でもマーシェリの場合、この世界に一輪しかない貴重な花だから」

「・・・じゃあ。そんな貴重な花がなぜ此処に?っていうか、こんな地下で日が当たらない場所なのに、なぜ花が咲いているの?」

私の疑問に、アンジーさんもシシィさんも驚いています。マーシェリさんは何も分かっていないようです。

「ねえ。マーシェリさん。貴女はどうやって『この水しかない場所』で花になれたの?」

「どうやってって?」

「じゃあ、質問を変えるわ。貴女は此処でどうやって『栄養』を貰っていたの?」

「どうって。此処に来る『生き物』からよ」

「それは魔物だけ?」

「いいえ。人もいたわよ。だって『行っちゃダメ』って言っても、誰も聞いてくれないもの。私に気付いてくれたのは貴女が初めてよ」

マーシェリさんは私に笑顔を向けてくれました。可愛い妖精の笑顔ではなく歪んだ笑顔です。その姿を見たアンジーさんとシシィさんが息を呑むのが聞こえました。
マーシェリさんは『魔物化』しているのでしょう。

「この床に触れたら、栄養を吸われるの?」

「そうよ。この床に『毒の染み込んだツタ』が張ってあるの」

「ねえ。・・・此処から出たいですか?」

「出られるのでしたら」

「そう。分かったわ。ちょっと待っててね」

「エアちゃん・・・」

「行ってきます」

そういうと、私は『小さな光の玉』を天井近くに浮かべ、飛翔フライで虹色に輝いている花まで飛んでいきました。浮かんだまま水盆を覗くと、水の底にアーモンドみたいな種が沈んでいて、そこから水面まで茎が伸びていました。
両手で種を掬い上げると、種に向けて地魔法を使います。途端にスルスルとツタが逆再生で種の中へ戻って行きます。そして花は閉じて蕾になり、茎と葉だけになると種の中へと戻っていきました。
種を持ったまま、アンジーさんとシシィさんが待つ階段まで飛んでいきました。そしてアンジーさんの手に種を乗せました。

「エアちゃん・・・『枯らした』訳じゃないのね」

「はい。地魔法に『成長を早める』魔法があるので、逆に戻せないかと思ったら・・・」

「出来ちゃった?」

「はい。・・・ごめんなさい。成功したから良かったですけど、出来なかったら枯らすしかなかったです」

「いいのよ。本当なら私たちが『処分』しないといけなかったのに」

「アンジー。何処か信頼できるところへ預けましょう。『闇堕ち』しかけたマーシェリが癒せる場所に」

「じゃあ、フィシスさんのお父さん・・・精霊王さまオーラムさんに預けるのはダメですか?」

私の言葉に驚いていたけど、駄目で元々。フィシスさん経由で頼んでみるそうです。

「私が助けたって話したらどうですか?私と『フレンド』になりたがっていますし、フレンドになりたい理由も『私の役に立ちたい』と言ってましたから」

「ゴメンね。エアちゃんの名前を使うようで気が引けるけど」

「私もどうしたらいいか分からなくて、お二人を連れてきちゃったから『おあいこ』です」

「おーい。隊長。そろそろ戻りましょう」

フフフと笑い合っていると、階段の上から冒険者さんの声が降ってきました。

「此処の報告。お願いしてもいいですか?」

私が34階の床を振り返る。そこにはマーシェリさんの『栄養』となった『魔物と冒険者の成れの果て』が床一面に広がっています。

「おーい。隊長って・・・ば!!!」

「な、何なんですか!この白骨死体の山は!!」

階段を降りてきた冒険者さんたちも、34階の床に広がる『異様な状態』を目の当たりにして、目を見開いて驚いています。

「・・・だから、この報告と現状確認」

「エアちゃんの場合、このまま空を飛んで下の階段に向かうことが出来るけどね。この状態を別の誰かが確認した方がいいでしょ?」

「私は手付かずで35階へ降りるけど、『この状態』は見ておいてほしいから」

「私たちはその『証言者』」

「エアさん。オレたちも証言します」

「此処の調査をお願いしてほしいの。私は『黒髪』ってだけで目をつけられてるし・・・。さっきのマーレンくんのメールの内容もあるから」

「大丈夫です!」

「こんなの『おかしい』でしょう!」

「でも、『中央守備隊』はそう思うでしょうか?私の犯行だと決めつける・・・『拷問する理由』になるのではないでしょうか?」

「・・・これは『このまま』ですか?」

「私は触ってないわ」

「エアちゃんは女の子よ。白骨にさわれるはずないじゃない」

「ええ。それは分かっています。ですから『ありえない』のです」

「ありえない?」

「はい。此処の白骨は『荒らされた様子』がないのです。魔物に襲われたのなら、衣服に『噛み傷』や『切り裂かれた傷』があるはずなのですが・・・それが一切ありません」

「この階は『明かりがついていなかった』んですよ。今は『あかり』を点けていますけど」

「暗かった?では灯りを消してもらえますか?」

冒険者さんに言われて、浮かべていた『小さな光の玉』を手元に戻しました。それと同時に34階は真っ暗になりました。水が絶えず流れている水盆の周りで小さな光を煌めかせているだけです。

「初心者用ダンジョンで、こんな風に『明かりがまったくない』のはありえない」

「此処に入った時、一階は明かりが『半減』してました。他の階は明るかったですが」

私がそう言うと皆さんから「えっ!!」と驚かれました。

「エアちゃん。私たちが来たときは明るかったわよ」

「明るさは半減してましたよ?一階だけでしたし、夜だからかな?って思ったのですが」

「確かに、ダンジョンの中には一階だけ明るさを半減させるダンジョンはあります。ですが、初心者用ダンジョンは緊急時の避難場所の意味合いもあるため、明るいままです」

「・・・半減してたの」

「ああ。エアさんが『ウソを吐いている』と思っていません。・・・あの一階や四階の加害者たちが何かしたのだろうかと思っただけです。ただ、そんなことをして『なんの意味があったのか』と思いまして」

「そうね・・・。分かったわ。それに関しても調べてみるわ」

三度も繰り返し『半減してた』と言ってたら、慌てて調べてくれることになりました。だって『ありえない』と言ってるのに、そのありえない事が起きていたのですから。それに、様々なことがこのダンジョンで起きています。ここでふと疑問が起こりました。

「審神者は何も関係していないのでしょうか?」

私の呟きに、皆さんが驚きの表情で私を見ました。

「エアちゃん。それはどういうこと?」

「・・・何故、審神者は私に興味を持ち『追いかけようとした』のでしょう?」

「・・・確かに変よね。16階と20階の事があったにせよ、『土の道』を作るのは土魔法の初歩で出来るそうだし。エリーの話だと、時間制限も作ったときに付けられるって言ってたし」

「もし、この場所のヒミツを知られたくなかったとしたら?」

「この場所にヒミツが?」

「だって。此処には人骨や魔物の骨があるのですよ?それなのに『真っ暗』。私みたいに慎重を通り越して臆病じゃなかったら、この薄暗さを気にもしないのではないですか?」

「確かに。この階に到達する初心者は少ないでしょう。だったら、中級者以上なら『灯りを点けるとトラップ発動』と思い込んで、この薄明かりのまま進んだことでしょう」

「灯りを点けるとトラップが発動するの?」

「ええ。王都周辺の初心者用ダンジョンにはありませんが、別の場所にある初心者用ダンジョンにはトラップが発動するものもあります」

「此処の管理は『お城』でしたよね。王都治療院も『お城』にあります。不正に置かれた呪いの宝箱と魔物の件は『王都治療院』が疑われています。・・・この34階のことも関係していると思いませんか?」

アンジーさんとシシィさんが顔を見合わせて頷きあっています。冒険者さん二人も真剣な顔で頷いています。

「調べる方法がないわけではないから、ちょっと調べてみるわ。ただ、エアちゃん。今日は予定通り途中の広場で泊まるのよ」

「はーい。新しいレシピを増やしておきまーす」

笑いながらそう言うと、「もう。エアちゃんったら」とシシィさんとアンジーさんが笑いながら抱きついてきました。途端に張ってた緊張の糸がプツリと切れて、冒険者さんたちもクスクスと笑い出しました。

「そう言えば、エアさんはレシピ登録もされているんですよね」

「そうよ。ああ。オルガは『元・料理人』だっけ」

「ええ。守備隊の『調理担当』でした」

「えっと・・・。興味があるんですか?」

「はい。オレとソレスとボンドの三人は、今もパーティの『調理担当』をしていますから。エアさんの『ジャガイモレシピ』と『オリジナルソースレシピ』も購入しましたよ」

「昨日も朝と夕で大量にレシピ登録しましたよ。昨日の夕ごはんに届けた料理がそうです」

「ああ。沢山あったから、俺たちもご相伴に預かりました。美味うまくて、あっという間になくなって・・・ミリィ隊長に暴れられました」

「あのレシピが販売されているんですか。よし!二人にも声をかけてレシピを買いに行かないと」

「その前に『エリーの冒険者教育』と私らの『再教育』があるのを忘れるなよ」

アンジーさんの脅しに「うわぁー」と頭を抱える冒険者のオルガさん。

「鍋や皿はミリィが壊したから、新しいのを買って返すわ」

「・・・『状態回復』を掛けたら、元に戻りますよ?」

私の言葉に皆さんがポカーンとした表情になりました。あれ?エリーさんは知ってるはずですよ?一昨日、私が言ったことを実践してみるチャンスではないでしょうか?

「一昨日?そんなこと、何時話してたの?」

「キッカさんたちがコッコ退治をしてる時です。魔物を倒したら『状態回復』を掛けて血の臭いを消すって話をしたんです。その時に『壊れた物や建物にも使える』って『初級魔法全集』に載っていたと話したんです。結局、その初心者用の本の情報も知らないと言うことで、エリーさんが『冒険者の基礎を教える』と言っていました」

「しょ、初心者の知識・・・」

「俺たちの知識は・・・初心者以下だったのか・・・」

ずぅーん、と深く深く落ち込む冒険者の二人。

「ね?コッコの時も、同じように『地の底深く』まで落ち込んだ冒険者さんがいて、逃げてきたコッコにも気付かずに倒されそうになったの。だから『教育する』んだって」

「確かに・・・ウザいわね」

「丁度いいわ。ミリィが壊した鍋や皿、コイツらに直させましょ」

「早く30階まで戻らないと、『土の道』が戻っちゃいますよ~」

「おーい。『知識が初心者以下の二人』。サッサと帰るわよ」

「ほら。『初心者にも満たない知識の二人組』。サッサと冒険者を担いで。30階の転移石で地上に戻るわよ」

シシィさんもアンジーさんも二人を揶揄って楽しんでいますが・・・。さらに落ち込んでますよ。

「ところで、33階の人たち。やっぱり『呪われていた』のですか?」

「そうよ。一人はすでに瀕死に近かったわ」

「そう言えば、彼女たちが譫言うわごとを繰り返してたわよ。『呪いの装備は治療院に委ねる』って。とりあえず解呪して装備は回収したけど」

「それって・・・」

「ええ。エアちゃんの予想通りよ」

「・・・装備、見せてもらえますか?」

アンジーさんが『白金プラチナの武器と装備』を出してくれました。鑑定のアミュレットが、『王都治療院が呪いを付与した剣。回収する度に呪いを付与して王都治療院が用意した宝箱に移される。呪いの付与15回目。解呪15回目』と表示しています。
慌てて盾を鑑定すると『王都治療院が呪いを付与した盾。回収する度に呪いを付与して王都治療院が用意した宝箱に移される。呪いの付与26回目。解呪26回目』と表示されました。

「どうしたの?エアちゃん。なんて出てるの?」

シシィさんが心配して私の横に来ました。シシィさんの声で、落ち込んでいた冒険者さんたちも「何かありましたか」と心配してくれます。

「・・・この二つ。『王都治療院が呪いを付与した』って詳しく出ています。・・・私の持ってる装備品にはこんなこと出てなかったのに」

「エアさん。貸してくれますか?」

そう言われて、鑑定のアミュレットを手渡す。それを通して鑑定した冒険者さんも「呪いの付与26回に解呪26回・・・。そんなに何度も使われてきたということか」と驚いていました。

「これは一度エリーに渡した方がいい。エアちゃん。もしかすると、鑑定のアミュレットを借りるかもしれないけどいい?」

「はい。その時は連絡下さい」

鑑定のアミュレットを借りて剣を見ていたアンジーさんが、剣と盾を収納ボックスにしまいながら私にアミュレットを返してくれました。

34階ここのことと言い・・・大変なことが起きていなければいいが・・・」

「目下の問題は、早くしないと『土の道』が元に戻っちゃうことですね」

私が笑いながら言うと「あっ!」と声を揃えて驚いて「あと何分?」と慌てています。

「あと15分ですね」

「俺たちは先に戻って、冒険者を連れて行く準備をします」

「エアさん。気を付けてくださいね」

「はい。ありがとう御座います」

冒険者の二人は慌てて広場へ戻っていきました。

「エアちゃん。くれぐれも気を付けてね」

「何かあったら、すぐに連絡してね」

「はい。・・・それより、皆さんの方が心配です。『王都治療院の秘密を知ってしまった』可能性があるのですから・・・」

「口封じされるって?」

アンジーさんの言葉に頷くと「大丈夫よ。私たちは『普通ではない』でしょう?」とシシィさんに抱きしめられました。

「エアちゃん。私たちなら大丈夫よ。それとマーシェリのこと、助けてくれてありがとう」

「『調べる方法がある』って言ってたけど、あれって『元の姿になって入る』ってことでしょ?危ないからやめて・・・」

「大丈夫よ。マーシェリのことがあるから、他の妖精たちも手伝ってくれるわ」

「私たちは、自分たちのつかさどる花から情報を得ることが出来るの。お城の中にも花が飾られているわ。と言っても、居室やパーティー会場、そして治療院や研究院の一部だけど」

「でも、さっきの剣と盾の説明文のように、鑑定には『事実』しか表示されないわ。あれは十分『証拠』になるから大丈夫よ」

「たいちょー。行きますよー」

階段の上から、冒険者さんたちが呼んでます。

「エアちゃん。これから先、大丈夫?」

「はい。大丈夫です。49階の広場で、今日はテントを張ります」

「此方も何か分かれば連絡するからね」

「はい。・・・とりあえず、フィシスさんが無事か教えて下さいね」

「ミリィに遊ばれて、疲れきってるわね」

「一応、ミリィさんに襲われないようにって、泡の中に入れて浮かべて守ったつもりなんですが」

「完全に『敵認定』しちゃってたからね」

「あのツタは?」

「アレがないと、またボール代わりに『遊ばれる』と思って」

「・・・確かに、ミリィなら遊びそうね」

「フィシスなら、きっと『第一陣』に加わると思うけど・・・」

「34階のこともあるからね」

「とりあえず、33階の保護対象者の治療云々を理由に出発を遅らせるわ」

「はい。お願いします」
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