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第二章

第32話

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双子が王城から姿を消したのは、魔物の襲撃が起きて城内が混乱している最中さなかだった。8歳。しかし、大人顔負けの賢い王子と王女だ。

「ろくに剣も振れぬ私たちは、足手纏いにしかなれません。部屋におりましょう」

「父上。母上。兄上の皆さん。『お国の大事だいじ』にお役に立てず、申し訳ございません」

誰も『邪魔』だとは思っていない。
しかし、オーラル王子はまだ剣の腕前は未熟の域を脱しておらず、自身と妹の身を守るだけの器量しかない。読書好きのエブリスタ王女は多種多様な知識を有しているが、このような時に使える知識は持ち合わせていなかった。
だからこそ、邪魔にならぬよう、二人一緒の部屋にいることにしたのだ。二人が同じ部屋で過ごし、部屋から出なければ、警護する兵士の数が減らせる。
国王以下、その場にいた者たちにも、二人の思いを理解出来ていた。
それに今回は国と国、人と人の争い事ではなく、敵は魔物なのだ。敵の侵入は今はまだ防いでいる。ただ・・・もしものために、王都の住民を南の門から逃している。ほとんどが最低限の荷物しか持っていないらしい。
・・・信じているのだ。必ず王都へ戻れることを。

その中で、神官服を着用した者たちが「別の神殿に運ぶ」として、王城から大きめの荷物を二つ運び出した。西の塔で魔物の様子を監視していた兵士たちが、その神官たちが向かった先が魔物の溢れた北だったのを確認した。それらは王城で作戦会議に出ていた神官長へ報告が上がった。
もちろん、神官長のあずかり知らぬこと。王城にあるものは国王のもので、神殿は関知していないのだ。それを、国王ではなく神官長の指示で動かすはずがない。
真っ先に確認されたのが、王子と王女のいる部屋だった。二人の姿は無くなっていた。王子の折れた剣と神官とおぼしき二人の遺体。血を流した護衛騎士たち。
王子と王女が神官たちにさらわれた。彼らは「双子を人身御供ひとみごくうに」と言っていた。神官の一人は王子が倒したが、多勢に無勢。

「目的が自分たちなら連れて行きなさい。その代わり、他の者に手を出すな」

凛とした王女の姿を見て、押しった賊もその取り引きをのんだ。
薬を嗅がされて眠りについた王子と王女は、用意されていた黒塗りの箱に分かれて入れられて部屋から運び出された。最後に部屋を出ようとした悪漢あっかんは、扉を閉める時に『丸い何か』を投げ込んで行った。・・・そこから何も覚えていない。

騎士はそう言い残して意識をなくした。神官長の話では、その『丸い何か』とは神殿内の治療院で使われる麻薬の一種らしい。吸い込めば三日は目を覚さないそうだ。

「父上。騎士たちの数が足りません」

第二王子の話では、倒れている女官たちの数はあっているが騎士の人数が足りない、というのだ。彼らは一瞬で己の身を守り、追いかけたというのだろうか。

その報告は西の塔から来た第二報で判明した。

「騎士たちが北へ向かった」

すぐ、彼らに向けて信号弾を打ち上げるように伝えた。

『救出後すみやかに離脱し南下せよ』

この場合、王都ではなく更に南へ。安全な場所へ向かえということだ。
不埒ふらちな者たちが王城内にまだひそんでいるかも知れないのだ。ならば、王城に戻るのは得策ではない。

『無事救出。これより南下を開始する』

この信号弾を打ち上げた後、彼らは姿を消した。





「連れ去られた?前に聞いた時は『隠し通路を通って逃げた』と言っていなかったか?」

「シュリ。それは『神殿が事実をじ曲げた』からだ。エブリスタ王女をスターリン王子に差し替えた以上、『双子』や『生贄』の事実もないことにされた。そうなれば『拐われた』という事実も消される」

「人知れず王城を離れられた方法を『隠し通路を使った』としたのか」

シュリは少し考えた後、神官に視線を向けた。

「前に見せてくれたのとは別の・・・『正しい史実』を書いたものが残されているのか?」

「ええ。『真実に辿り着いた者にのみ見る権利がある』というものです」

「・・・それを見せてもらえるだろうか」

「申し訳ございません。いくら皇帝陛下であっても、それは出来ません」

神官の言葉に、誰もが驚いていた。隠された『真実』がまだ残っているというのだ。

「なあ、親父。お袋。ついでにゲイツさん」

呼び掛けられたジュードとニーナ、そして前村長のゲイツはシュリに顔を向ける。シュリの目は神官に向いたままだ。

「俺が子供の時から変わらない姿の神官様は、いつからこの村の神殿にいるんだ?」


シュリの言葉に周囲は驚くが、神官は優しい笑顔を見せていた。



「違ったら言ってくれ。・・・神官様の名前は『モーラス』、もしくは『モーリス』なのか?」

シュリの言葉に神官は「懐かしい名前ですね」と微笑む。

「私は『モーラス』であり『モーリス』でもあります。・・・私はエブリスタ姫と同じく『光る石』を体内に取り込んだ者です。姫と違ったのは、その時から歳を取らなくなったのです。その時に、私は『モーラス』ではなく『モーリス』と名乗るようにしました。『護衛騎士のモーラス』はその時に死んで、私は『神官のモーリス』と名乗ることにしました。私は元々、神官でしたから騙った訳ではありません」


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