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第一章
第14話
しおりを挟む「僕はあの朝のことを忘れることが出来ませんでした。あの優しい伯爵が不正を働いて自ら亡くなったことも。だから、父や兄の私室に入って探したのです。きっと他にも不正をしていると信じて」
そして見つかった。父の書斎の書棚の中に。兄や兄の友人たちが集うサロンに。
「何故、あの書類の数々を貴族院ではなく、この神殿に届けたのです?」
神官長の言葉に顔を上げたオルガだったが、再び顔を床に伏せた。
「不正が止まない理由が『貴族院にある』と思ったからです。だから、貴族院に持っていっても揉み消されるだけだと」
当時八歳の子供が、すでにそのような考えを持っていたことに驚きを隠せなかった。
貴族院が揉み消していたのではない。貴族院の上、大公や王族が『証拠の不備』などを理由に握り潰していたのだ。そして伯爵家が巻き込まれた不正は、証拠が出揃っていたものの『首謀者』が絞り込めていなかったのだ。それをオルガの父たちは伯爵に罪を被せたのだ。
神殿の場合証拠がなくても、神に嘘偽りなく真実だけを述べると誓うことで『神に不正を訴える』事が出来る。その上でオルガのように証拠を持参すれば、神殿は『動く』ことが出来る。
オルガの証拠と証言により神殿騎士はオルガの父と兄を取り押さえ、邸内を徹底的に調べ上げてさらなる証拠も集まった。言い逃れ出来ない状態で取り調べられた父と兄は、減罰を交換条件に『道連れ』とばかりに、知る限りの貴族たちの不正を次々と証言していった。それは芋づる式に貴族たちの不正を明るみにして、関係者たちを捕縛していった。取り調べの手は、大公だけでなく王族にまで伸びていった。オルガの父は『裏社会の重鎮のひとり』だった。そのため、「高位の不正を証言すればそれだけ減刑される」と思い込み、率先して大公や王族の不正を証言し『道連れ』にしていった。
たしかにオルガの家族や親族は減刑された。公開処刑から貴族院の裁判所に併設された室内処刑場での非公開処刑に。そして絞首刑から斬首刑に。
驚いたことに、彼らは捕まった時から誰ひとりオルガの所在を確認するものはいなかった。もし尋ねられたら『幼いため神殿で保護されている』と伝えるはずだった。しかし、両親も兄も親族も。誰ひとり、幼いオルガがどうしているか。その身を案じる者はいなかった。彼らは、刑場に集められて順番に断頭台の上に首を乗せられて固定されても、自らの首に死刑執行人が斧を振り下ろすその瞬間まで、自身の命乞いに必死だった。
それも、新人の死刑執行人たちだったため一撃で首は断てず、落首するまで何度も斧は振り下ろされたのだ。
粛清が終わると伯爵家の名誉は回復された。そして賠償金が支払われることとなった。家督は長男が継いだ。そして侯爵への陞爵が打診されたが、それは新当主が固辞した。
「貴方方にとって父の生命は、陞爵程度で済まされるほど軽いものなんですね。忘れないで下さい。今後何か起きれば、私たち一族はこの国を真っ先に見捨てます。この国は、王族たちは、貴族たちは、我が家を見捨てました。無実の父を殺しました。謝罪して済む問題でもありません。許されたかったら、亡くなった父を生き返らせて、行方不明となった姉を無傷で返して下さい」
貴族院から陞爵打診のために訪れた使者にそう言い切った『新当主』は22歳。それを知った貴族院では「若造のくせに!」と激怒したが、事情が事情な上、この件で一番悪いのは証拠集めも出来ずに不正を正すことも出来なかった貴族院側にある。
さらに、粛清の主導権を神殿に奪われて、市井では『貴族院が長年、不正を揉み消してきた』という悪評が一般的になっていた。何より、証拠を集めて神殿に持ち込んだのが『八歳の少年』だったことも、貴族院が批判される一因となっている。『八歳の少年が集められる証拠すら集められない無能集団』。そう陰になっていない陰口という名の批判を受けている。そのため貴族院としては、『伯爵の名誉回復と伯爵家再興。さらに賠償金と陞爵』で汚名返上と名誉挽回をしたかったのだ。
・・・伯爵家にしてみれば『いい迷惑』である。
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