163 / 249
第九章
第163話
しおりを挟む「シーナ。ルーナ。スゥ。3人と同じ『獣人』のセルヴァンだよ」
すでに皆は挨拶を済ませていると聞いたさくらは、セルヴァンを紹介する。
今いる場所は、ワンタッチテントの下に敷いたシートの上だ。
全員がゆったり座っても十分な広さのシートに、座ったセルヴァンの胡座の中にさくらはいる。
まるでそこが『定位置』のように。
他の4人も、それが『当たり前』のように笑顔で受け入れている。
そのことにシーナたちは驚いていた。
「さくらと一緒に旅をしてくれてありがとう」
「いえ!私たちの方こそ、ご主人や師匠に何から何までお世話になりっぱなしで・・・」
「それでもいい。さくらが『楽しく過ごせる』のなら」
そう言いながら、セルヴァンはさくらの頭を撫でる。
「さくら。『冒険旅行』は楽しいかね?」
「うん。大変なこともいっぱいあるけど楽しいよ」
「そうか。そうか」
ドリトスは笑顔で頷きながら、さくらの頭を優しく撫でる。
「あ!そうだ。ヒナリ~」
セルヴァンの膝から下りて、ヒナリの前までハイハイしていく。
歩いても3歩の距離なので、わざわざ立って歩くほどではないのだ。
「どうしたの?」
ヒナリの前まで進むと、そのままヒナリに飛びついて首に手を回す。
隣に座るヨルクはヒナリが引っくり返らないように背を支える。
そのさり気なさにセルヴァンたちは微笑ましく思い、シーナたちは感心していた。
しかし、当の本人たちはそんなこと気にしていないし気付いてもいない。
「ヒナリ~。
『美味しいオムライス』ありがとう♪
すっごく美味しかったの。
また作ってね♪」
さくらの言葉に驚いて目を大きく見開いたヒナリだったが、「うん。オムライス以外も練習して、さくらにいっぱい作って食べさせてあげる」と言いながら抱きしめる。
「私もいっぱい作る」
「じゃあ。そのうち2人が一緒に作った料理が食えるな」
「ヨルクはおあずけよ」
「ヨルクはハンドくんのハリセンを食らうの~」
「おいおい。オレにも食わせろって」
「失敗作なら食べさせてあげるわ」
「おい・・・オムライスの失敗作を何日食い続けたと思ってるんだよ」
「ハンドくん。何日?」
〖 毎日の昼食に出し続けて33日 〗
「すごーい!」
「な?オレすごいだろ?」
「ヒナリ、そんなにいっぱい練習したんだ!」
さくらの言葉に「オレじゃないのかよ」とボヤくヨルクに誰もが微笑む。
「ヨルクもエライ。エライ」
そう言いながら手を伸ばしてヨルクの頭を撫でるさくら。
「だろー?」
「でも、いっぱい練習したヒナリが一番エラい!」
そう言ってヒナリの頭を撫でるさくら。
嬉しそうに微笑むヒナリは幸せそうだ。
「あのたまごを巻くオムライスって難しいから、『料理初心者』が上手くできなくて当然なんだよ」
「え?!そうなの?」
〖 ヒナリは『さくらの好物を食べさせたい』と言いました。
簡単な料理を数回の練習で作って誉められるより、難しい料理に挑戦して誉められた方が嬉しいでしょう? 〗
「・・・そうね。
簡単な料理を作ってさくらに喜ばれるより、一生懸命頑張って練習して作った料理を喜んで食べるさくらが見られた方が私も嬉しいわ」
抱きついているさくらの頭を撫でるヒナリは『母親の顔』を見せており、シーナたちは家族のことを改めて思い出された。
だからといって『うらやましい』と思わなかったのは、ヒナリを『母親』より神殿に飾られた『慈母の女神』に重ねたからだろう。
スゥは目の前にいる5人が『神に近い存在』だと感じ取っていた。
『神に愛されている』ご主人の家族として一緒に暮らしている。
だから、誰もが身の内に『慈愛』を持っている。
スゥはそんな『慈愛を持てる大人になりたい』と心に誓っていた。
「すみません。ご主人の姿が見えないのですが」
さくらの姿が見えないことに気付いたのは、ふたたび入江で『泳ぎの練習』をしていた時だ。
同じく、セルヴァンの姿も見えない。
休憩のため砂浜に上がって来ても2人の姿がなく、スゥはテントの下にいるヨルクに居場所を聞いてみた。
「あー・・・。さくらならセルヴァンと一緒だ。まあ、久しぶりだからな。『邪魔するな』よ」
ヨルクの言葉に別荘を見上げたスゥたちは慌てて別荘の中に入って行った。
「あっ!おい!待てって!」
その後ろをヨルクが追いかける。
「獣人って人の話を聞かねえヤツばっかだな」
そうボヤきつつ、幼馴染みたちを思い浮かべた。
「あ、あの!ご主人様は?」
「さくらならセルヴァン様と2階の寝室よ」
ヒナリの言葉を聞くと、3人は慌てて上がっていく。
その後ろ姿を驚いた表情で見送ったヒナリとドリトスだったが、玄関に現れたヨルクに気付いてどうしたのか聞く。
「さくらの姿が見えなくて心配だったみたいだ。
・・・久しぶりだから、もう少し、ゆっくりさせてやりたかったんだけどな」
スパパパパーン!
「あ、ハンドくんのハリセンの音だわ」
「仕方がない。
ちょっと引き摺り出してくるか」
3人は2階の寝室へと向かって行った。
少し時間を遡って。
さくらが2階の寝室にいると聞いた3人娘は、2階へと上がって行った。
男女が『寝室に2人っきり』という状況に、シーナは焦っていたのだ。
もちろん『恋人同士』なら余計なことだろう。
しかし、『せっかくご主人様のそばに戻れたのに奪われてしまう』という焦りと独占欲があったのも確かだ。
それはルーナも同じだ。
『二度と離れたくない』と思っているのだ。
唯一、スゥだけが違った。
『ご主人に無理させてしまったのではないか』と思ったのだ。
シーナが飛び込んだ部屋にさくらはいた。
セルヴァンのひざ枕で気持ちよさそうに眠っていたのだ。
さくらの頭を撫でていたセルヴァンが気配に気付いて顔を上げるとハンドくんのハリセンを受けていた。
ハンドくんが結界を張っていたため何か起きるのだと思っていたが・・・
ハンドくんが結界を『さくらの周り』に縮小したため、「どうした?」と聞く。
「コイツら。さくらの姿が見えなくなって心配したんだよ」
後ろからヨルクが顔を出す。
その後ろからドリトスとヒナリが寝室に入ってきた。
「少しは話が出来たかね?」
「ええ。旅の話などを」
「よかったわ。疲れているみたいなのに休もうとしないんだもの」
「すみません。私たちのせいでしょうか?」
ヒナリの『疲れている』に、自分たちのせいで疲れさせてしまっているのかと心配になるシーナ。
〖 違います。
何度も海の底へ潜ったせいです。
ただでさえ泳ぐだけでも体力を使います。
それを海の底まで行ったり来たりして・・・
それでも海から上がった時に眠っていればよかったのですが。
それすらしませんからね 〗
「だからね。セルヴァン様にお願いしたの。
セルヴァン様とドリトス様なら、寝ないさくらを上手に寝かせてくれるから」
ヒナリの言葉に誰もがさくらを見る。
ころんと寝返りを打ったさくら。
「さくら。寝づらいかあ?
じゃあ『おじいちゃん』に抱っこしてもらって寝ようなー」
さくらを抱き上げてセルヴァンのヒザに乗せる。
「ンー。モフモフぅ~」
自身の胸にすり寄るさくらに、セルヴァンは苦笑しつつ抱きしめる。
いつものように甘えるさくらの温もりを確かめるように。
2
お気に入りに追加
2,626
あなたにおすすめの小説
『ダンジョンdeリゾート!!』ダンジョンマスターになった俺は、ダンジョンをリゾートに改造してのんびりする事にした。
竹山右之助
ファンタジー
神様の手違いで死んでしまった竹原裕太は、お詫びに神様に望んだ条件で異世界転生させてもらえる事になった。
しかし、またもや神様のウッカリで、望まぬ条件での異世界転移になってしまう。
お決まりのチート能力と神様に貰った一振りの剣を手に、生まれたてのダンジョンに挑戦して、アッサリと攻略してしまう。
ダンジョンマスターとなったユウタは、ダンジョンを自分好みのリゾートに改造してノンビリ経営ライフを楽しむ事にした。
仲間になったモンスターと、数々のチートスキルを武器にリゾート経営の日々が始まる!
※この物語は、あくまでもご都合主義のご都合展開です。
設定などでグダグダなところや齟齬が生まれるところもあると思いますが、お許しください。
基本ノンビリほのぼのです。
※この小説は『アルファポリス』にも掲載しています。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜
和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。
与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。
だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。
地道に進む予定です。
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜
藤*鳳
ファンタジー
楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...??
神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!!
冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。
いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!
町島航太
ファンタジー
ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。
ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。
「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。
亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません!
いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。
突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。
里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。
そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。
三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。
だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。
とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。
いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。
町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。
落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
ファンタジー部門ランキング一位
HOTランキング 一位
総合ランキング一位
ありがとうございます!
異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜
はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。
目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。
家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。
この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。
「人違いじゃないかー!」
……奏の叫びももう神には届かない。
家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。
戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。
植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる