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第八章
第139話
しおりを挟む「スゥ。あのコカトリス、ひとりで倒せそう?」
スゥは広場の中で身体を休めているコカトリスをジッと見つめていたが、やがて首を左右に振った。
〖 どうして『出来ない』と思いましたか? 〗
ハンドくんの質問に少し考えて、思ったことを頭の中で纏めてから躊躇いつつ、さくらを見あげる。
「ご主人は『親鳥は凶暴だ』と教えてくれました。
雛には気付かれずに先制攻撃が出来ました。
ですが、あの親鳥に気付かれずに近付くには、隠れられる場所がありません」
「寝ているとは思わなかった?」
「もし寝ていても、私と同じように『気配察知』を使っているかも知れません」
「んー。ハンドくん。一応『合格』かな?」
〖 そうですね。
ただ、補足するなら『すぐ立ち上がって反撃出来るように少しずつ体をずらして身構えている』のが見破れたら『満点』でしたね 〗
ハンドくんの指摘に、スゥはコカトリスを見る。
さくらが少し横へずれると、コカトリスも体を左右に小さく揺するように動かしている。
「寝てない・・・」
「たぶん、雛が『遊びに出た』時点で、鳴き声がしたらすぐに駆け出せるようにしてると思うよ。
さあ。『勉強』はこれで終わり。
実戦に移るよ」
「はい」
さくらに促されると、スゥは短剣を左右に1本ずつ握りしめる。
〖 スゥ。コカトリスは俊足ですが、スゥの方が動きは俊敏です。
その点ではスゥの方が有利になります 〗
「『俊足』と言うことは、足を封じてしまえば良いのですか?」
「スゥ。あの体の割に足は細い。
ただし、あの体を支えられるだけの筋力がついている。
そして、コカトリスの攻撃は、足の鋭いツメと嘴。
それさえ気を付ければ、ただ『逃げ足の早い鳥』と変わらない。
素早さが上のスゥになら任せられる。
ちなみに飛べないから、出入り口を塞いだら『体あたり』してくる」
「では、出入り口に結界を張れば走り回るだけですね」
〖 正解です 〗
「ご主人。師匠。フォローをお願いします。
出来る所まで、ひとりで戦ってみます」
「ああ。分かった」
〖 頑張って来なさい 〗
「はい!」
出入り口にハンドくんが結界を張って逃げられなくすると、コカトリスが慌てて立ち上がり駆け出した。
コカトリスにすれば、広場の外で遊んでいる雛と引き離されたのだから慌てるのは当然だろう。
魔獣にも『子を思う心』はあるのだ。
その様子を見たスゥは、さくらやハンドくんが『食べ物に感謝しなさい』と繰り返し言っている意味を知った。
『生命を戴いている』
その意味の重さを知った。
だからこそ、『一瞬で倒せるようになりなさい』と師匠たちは言っているのだ。
『長く苦しませずに倒すように』と。
スゥはまだ『自分は何も知らない子ども』だと改めて思い知った。
そして思った。
『ご主人と師匠たちの言葉を心に刻もう』と。
他愛ない会話でも、こんなに大切な事を教えてくれているのだと。
長くは一緒にいられない。
だったら、『今ともに過ごせるこの時間を大切にしよう』と。
コカトリス親子を、スゥはひとりで倒すことが出来た。
しかし、此処まで愛用していた短剣は何方も壊れてしまった。
スゥは真っ二つに折れた短剣を前に、正座して落ち込んでいた。
傍から見ると、通夜か葬式のようだ。
〖 新しい物と交換しましょう 〗
ハンドくんに言われて、スゥは泣きそうな顔をする。
「捨てないで・・・ください。
私の『思い出の詰まった大切なもの』なんです。
大切に・・・大切にします。
だから・・・」
言葉の途中から涙が浮かび、最後は溢れ出た涙で声を詰まらせてしまった。
〖 これは、スゥが初めて手にした『自分の短剣』でしょう?
だから、何よりも『思い入れが深い』のは分かります。
ですから、直してもらいましょう。
『腕のいい職人』を知っていますから、彼に預けます。
ただ、二度と『武器』としては使えません。
刀身が折れてしまった以上、武器としての強度が足りませんから。
これからは『護身用』として持っていなさい 〗
「はい」
涙を拭いながら、ハンドくんが出した麻布に短剣を大切に乗せて包む。
「・・・お願いします」
スゥは自身担当のハンドくんたちに短剣の入った麻布を手渡すと、深々と頭を下げた。
「スゥの新しい武器だけど・・・。
ハンドくん。ドリトスに預けてた『苦無』は?」
〖 今朝届きました。
スゥ。使い方は短剣の時と然程変わりませんが、短剣と違い多用途で使えます 〗
「スコップ代わりに掘ったり、壁をよじ登る時に使ったり。
この『丸い部分』に長めのヒモをつけたら、投げても回収できるから便利だよー」
〖 『回収』に関しては、私たちがいる間は気にしなくても大丈夫です〗
ハンドくんが苦無を2本取り出し、スゥの手に乗せる。
スゥは驚いた表情を見せると、1本ずつ持って観察を始めた。
「それ。『短刀の修理をお願いする人』が強化してくれたんだよ」
「攻撃力・・・300もあります」
「そう。それに熟練度・・・その武器に慣れたら、さらに強くなるよ。
どう?使いこなせるかな?」
〖 強化はあと6回。
熟練度が上限に達すれば強化が出来ます。
それを繰り返せば、最大の攻撃力は5,000を越えます 〗
「元々、武器に『強化用鉱石』を使えば、ワンランク上の武器になるんだよ。
ハンドくんの使ってる『ハリセン』だって、最初は『鋼のハリセン』だったのが、スゥと旅を始める頃には『鋼鉄のハリセン』になり、今は『白金のハリセン』だもんね」
〖 まだ『白金』に出来たばかりですからね。
これから熟練度を上限まで上げて、次の『真鍮』を目指していきますよ 〗
ハンドくんの言葉にスゥは目を輝かせる。
ハンドくんは強さを表に出さず、すでに十分強いはずなのに、さらに上を目指すという。
それは口にしなくても『ご主人を守るため』以外に理由はなく、そのことをご主人自身も知っている。
そしてご主人は『ただ守られるだけの存在』ではなく、自ら武器を手に戦うことも出来る。
その強さはあまりにも違いすぎていた。
1人でも強いのに、2人が揃うとさらに強さが増した。
ダンジョンに初めて入って、その時に、スゥたち3人が相手にしてもほとんど減らなかった魔獣たちを、ご主人と師匠の2人だけであっという間に全滅させた。
それもスゥたちが相手にしたより倍の魔獣を、スゥたちより短時間で。
あのあと『反省会』で、ご主人と師匠に庇ってもらうような無様なことは二度としない、と誓いあった。
その時にシーナは言った。
本来なら、お二人には自分たちのような『従者は必要ない』のだと。
ただ、自分たちを『逸れた家族に会わせたい』ため、旅の同行者として連れ出してくれたのだと。
その恩に報いるためにも、自分たちは強くなり、ご主人たちをお守り出来るようにならなくてはいけないと。
・・・そう誓ったのに、いまご主人の側にいるのはスゥだけだ。
シーナとルーナはまだ戻らない。
なぜ『追いかけてこよう』としないのか。
ご主人の話を聞いていたなら、なんのために入り口に戻されたか分かるはずなのに・・・
あの日『ご主人を守れるように強くなる』と誓った言葉はウソだったのか。
ご主人も師匠も、2人が追いかけてくると信じている。
だからこそ、前夜に作ったスープを残してくれている。
追いついた2人に食べてもらうために。
その思いを裏切らないで・・・。
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