10 / 26
第1章
第10話
しおりを挟む「……チクショウ。何なんだよ、あのクソ生意気な女!」
まだ王城だったころの名残りで、医務室は負傷者が何十人運ばれても十分の広さがある。
大きな部屋の一画に、カーテンで仕切られた空間に置かれている小さな医務用の固いベッドに横たわったちっぽけな存在が小さな声をあげる。
彼の名はバグマン。
両親が魔王に立ち向かった【勇者の子供】である。
目覚めたのは1時間ほど前のこと。
すでに入学式は終わり、日付けも変わっていた。
感情的に魔法を使ったことで魔力が枯渇、今の頭の中が揺れて目が回る症状は『魔力酔い』というものだと説明を受けたバグマン。
しかし、彼にとってカーテンで区切られているが広く静かな場所は落ち着かない。
「ほかの生徒たちは就寝した。明日、いや0時を過ぎたな。今日は授業がないから1日ここで過ごして様子を見る」
「冗談じゃない! 何でこんなところに……う、あぁ……」
「お前、アホか? 魔力酔いの上に枯渇している状態で飛び起きるか、普通?」
勢いよく身体を起こしたバグマンはそのまま小さく呻くと、目をまわしたのかグラリと身体を傾けて枕の端に勢いよく倒れる。
枕の端に左耳をこすり、医療用でスプリングの固いマットに後頭部を打ち付けたバグマンだったが呻くだけで声が出せない。
そんなバグマンの様子に呆れた声を出す男性。
吊り目で整った顔だが肌は白く両の目は紅玉のように紅い。
吸血鬼ヴェラド一族特有の風貌だったが、バグマンはそのことを知らない様子だ。
「魔力が早く戻るように大人しく寝てるんだな。半分でも回復すれば授業に出られるようになる」
「……腹減った」
「こんな時間に食えるわけないだろ」
「腹減った!」
「ここへ来る列車内で菓子を買ってないのか」
「……コンパートメントで一緒になった奴らが買ってたから貰って食った」
「すでに食堂も購買も閉まってる。朝まで我慢するんだな」
寝ればあっという間に朝になるだろ。
そう言われてカーテンを閉められたバグマンは、革靴特有の足音が遠ざかるのを聞きながら痛む耳を庇うように寝返りをうった。
足音が消えて木の軋む音で扉が閉ざされたのをシンと静まり返る空間、空腹は睡眠を妨げる。
元々何時間も眠っていたため睡魔はやってこない。
それでも大人しく横になっているのは、魔力が回復するまで動けないことを身をもって知っているからだ。
魔王が封印されたのはバグマンがまだ5歳の頃。
そのすぐあとに彼は国に保護され、「血族が見つかった」と会ったこともない叔父に引き渡された。
バグマンを連れていった男の「ちょうど子供もいることだし、兄がいると思えばいい」という一人言を聞いていた。
あれは「兄として新しくできた弟を自由にしていいのだ」ということだろう。
バグマンはそう受け取ってしまった。
バグマンには亡くなった弟がいる。
魔力が強いことから魔力を暴走させがちだったバグマンは、物心がつき善悪を覚えた頃にはその魔力を住んでいた村の人たちに向けるようになった。
「俺から目をそらして逃げた。何、見ていない? 俺の勘違いだというのか」
まだ5歳のバグマンにそう因縁をつけられた女性は生きながら皮膚を剥がされた。
周囲の人たちに無理矢理家まで連れ戻されたバグマンは、暴れながらも何人かの村人に魔力を打つけて怪我を負わせていた。
魔法を習っていないバグマンは魔力を四方八方に向けるだけで際限はない。
一気に飛ばした魔力は一瞬で枯渇し、卒倒したバグマンは魔力を回復するひと月の間ベッドから起き上がれなかった。
幼くして魔力酔いを引き起こしていたのだ。
回復したとき、生まれつき多かった魔力は倍に増えていた。
バグマンの暴挙による被害者たちは平凡な魔術師であるバグマンの父親が治療をしたためて後遺症もなく回復した。
そのときに父親から「お前の心はまるで魔王そのものだ!」と蔑まれた。
血族で魔術師でもある両親は、怒りで前後不覚に陥ったバグマンの魔力を受けて全身がバラバラに爆ぜることはなかった。
逆恨みから本で覚えた魔法で焼こうとしても術が跳ね返りバグマン自身が燃えた。
自分が放った攻撃魔法がはね返って戻っても死ぬことはない。
熱くて熱くて床に転がっても、家に燃え移ることもなければ全身の火が消えることもない。
当然の結果として、彼の周りから人々が離れるキッカケになった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる