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第一章
❶⑨
しおりを挟むさすがに慣れたキャンパーは、大気の湿気から「二度目のゲリラ豪雨が起きる」と警戒していたそうだ。
前日のように1時間という長雨ではなく、10分もしないで止んだけど。
「雨季のキャンプで連日雨三昧になるよりはマシだ」
ただ、にわかキャンパーの思考はそうもいかない。
スマホなどが水で濡れ、バーベキューグリルは火が起こらない。
水分多めの大気下で、それは無理だろう。
晴れたからこそ、地面に含まれた水分が水蒸気化して上空へ。
そこで焚き火だ、炭おこしだ! って……
「アホか」と言われても仕方がないだろう。
「そういうお前さんはいい匂いさせているけど、何してたんだ?」
「お昼に焼きそばつくって~、ジャムづくりに精を出し~、クッキーづくりでトースターをこき使って~。夜は冷凍ピザを焼く予定だったんだけど……マスカルポーネが欲しくなったから購入に」
「何をつくる気だ?」
「デザートにティラミス」
「あー、あれか」
牧場が併設されているため、管理棟の向かいにある施設にチーズを購入しに行ったら、県内のキャンプ場で顔見知りになったおじさんと偶然の再会。
作りすぎた私のティラミスを食べたことがあるため、味を覚えていたようで、ちょっと表情がゆるんだ。
おじさん曰く、違うキャンプ場に来ていたものの崖に近く安全のために閉鎖となった。
帰ろうにも通行止めで帰るに帰れなくなったため、このキャンプ場のフリースペースを借りることにした。
自炊するつもりだったけど湿度が高くて火がつけづらいため、出来合いのものを買いに来たそうだ。
「このロールパンにこのチーズをカットして、スライスしたトマトを一緒に挟んでこのバジルソースをかけると美味いよ」
いわゆるカプレーゼである。
しかしそれはサラダのため、夕食としてそれだけを食べることはしない。
別にメインとなる出来合いをすでに買ってあるそうだ。
そのため、残った酒の肴でカプレーゼをつくってパンに挟んで食べることをおすすめしていた。
「このバジルソースは余ったら茹でたシェルマカロニを絡めてもいいし、チキンサラダを絡めても。それをフライパンでちょっと焼くのもいいよ」
おじさんはカプレーゼの材料とチキンサラダを購入。
「数日泊まる予定でいるから。またメニューのアドバイスをくれ」
「時間が合わないようにしよ(笑)」
「おい(苦笑)」
偶然会うのは奇跡だろう。
いまは『ゲリラ豪雨が止んだから』出てきたのだ。
そして閉店間際でもある。
「マスカルポーネとこのクリームチーズ。食パンも」
「もう今日の営業は終わりなので」
このセリフに焦ってはいけない。
「閉店時間なので買ってほしい」と言っているのだ。
食パンならなんにでも出来る、惣菜パンや菓子パンはムリだけど。
ただ、パン類は管理棟の窓口でも並ぶため、残っても問題はない。
何を買ってほしいのか。
それは……牛乳である。
「残り2本かー」
残っているのは瓶入りの牛乳で割高である。
900mlで500円近く。
ただ、金額が問題なのではない。
「重いってー」
そう、瓶入りの牛乳は大変重いのである。
「こちらがお届けするのでしたら買ってもらえますか?」
「2本ともね」
スーパーで購入した牛乳は料理に、この瓶牛乳は飲用にすればいい。
濃厚だからお菓子につかうには不向きなんだよね。
シチューやホットケーキ、フレンチトーストなら美味しくできるけど……もったいないじゃん(笑)。
「じゃあ、キャビンまでお願いね」
「はい、ありがとうございました」
閉店したら牧場へ戻る。
売れ残った商品は牧場で保管するためだ。
その道中で届けてくれることになった。
話を聞いたら、キャンプサイト利用者の要望があれば閉店後に届けるサービスがあるらしい。
ただ、閉店後のため「それまで待てないという方がほとんどなのです」とのこと。
「知らなんだ」
「あまり大っぴらに宣伝していないので」
バーベキューやデイキャンプの人たちで「買ってやったんだからいまから配達しろ」という傲慢な連中がいたそうだ。
配達にキャンプ広場は含まれない。
それを知って、酒の力を借りてで居丈高な態度になっている連中が……「迷惑かけたな。いますぐ出て行け」というトラブルが発生する。
器物損壊というトラブルが続いたため、配達というサービスは相手をみて決めることになったそうだ。
「男性だったり、複数人で来られた場合は声をかけません」
女性を前にしてええ格好しいな男たちがいるのに、わざわざ「運びますよ」と言うのは薮蛇だ。
逆に重いものを買わせて魅力が上がるような協力を……
「さすがにそこまではしません(苦笑)」
瓶入りの牛乳を買わせてもいいと思うけど、それだと空瓶をどこかに不法投棄されれば悪く言われるのは販売したほうだ。
「それもどうかと思うのよ」
製造・販売した側に責任はないと思うのよ。
悪いのは捨てたヤツで、そいつのモラルのなさが原因。
吊るし上げをくらうのは、断然棄てたほう。
「だと思ってんの、私は」
「…………そう考えるのは少ないだろ」
「ここにおる(えっへん)」
「ああ、貴重な存在だ」
両手を腰に当てて胸を張る私に、私の買い物を見ていたおじさんが売り子の女性と顔を見合わせて苦笑する。
どちらとも馴染みの関係だからこその軽口。
……普通の客相手に「買ってくれ」なんて言ったら大問題だ。
この女性も実はキャンパー。
キャンプ好きが高じてキャンプ場で働くようになったという変わり者。
行動範囲が重なっているため、利用するキャンプ場も重なりやすい。
「まさかとは思うけど、配達……融通してるってことはないよね?」
「ナイナイ。ちゃんと配達伝票があるでしょ」
「信じてないわけじゃないよ」
一応確認だけしてみた。
伝票は個人情報保護も兼ねて一人二枚(一枚は複写)になっていて、記載した伝票を挟んだものが台帳として保管されるらしい。
「まあ……事実を歪んで捉える特異な目をお持ちで偏った思考の出来る患者は数多く存在するし」
前日の話は管理棟で聞き及んでいたのだろう。
そして、私がそのキャビン利用者だと気付けば、誰をさしているのかも自ずと理解する。
「昨日の今日。そしてさっきまでの豪雨に通行止め。当分は波乱含みだぁ~」
「安全のため、牧場は当分閉めることになりましたが、こちらでの販売は続きますからご安心ください」
自然の多い散策路は、悪天候に見舞われると安全のために封鎖される。
牧場と売店を結ぶ車両は散策路とは別ルートのため行き来が可能らしい。
「明日はヨーグルトが欲しいな~」
前日の豪雨で雷鳴があったことで滅菌作業は停止したためヨーグルトはなかったらしい。
「滅菌途中で停電したら雑菌が混じってしまう可能性があるからね」
「今日のゲリラ豪雨は?」
影響はないらしい。
昨日作業が停止したため、朝から滅菌器をフル稼働させていたこともあり、作業自体は午前で終了したそうだ。
「発酵などの温度管理は自家発電でも対応可能だけどね。さすがに滅菌器の稼働は賄えない」
家電でいうと冷蔵庫や電子レンジ、エアコンのように消費電力が多いそうだ。
その代わり、短時間で一気に処理出来るらしい。
「ということで。ハードとソフト、どっち?」
「両方」
「わかった。予約で置いておくね」
翌朝、キャビンのウッドデッキでのんびり読書していたところ、「おっとどけで~す」と届いた。
飲むヨーグルト(ソフトヨーグルト)が重いため、ちょうどウッドデッキにいた私に気づいて先に渡してくれたらしい。
そういうちょっとした気配りがあるのも、このキャンプ場が好きな点です。
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