短編集

アーエル

文字の大きさ
上 下
3 / 19

獣人族の事情

しおりを挟む


「ディレイナ嬢。婚約は解消してもらいたい。もちろん此方から解消を願いでるのだから、誓約に基づいて違約金と土地を譲渡する」

「・・・理由をお聞きしても宜しくて?」

今ここは貴族院の個室。婚約の解消をされている私と、会議机を挟んだ目の前に座っている婚約者、だったサルファ様。そして両家立ち会いとして、当事者の後ろに両親。さらに両家の見届け人として男女二組の貴族院職員。

つがいが現れた。今年入学した二学年下の猿種令嬢だ」

「それは・・・「おめでとうございます」と申し上げた方が宜しいのかしら?」

私の言葉にサルファ様はゆがんだ表情を見せられた。私が嫌味で言った訳ではないことは気付いているのでしょう。
獣人であるサルファ様にとって、『番が現れた』ことは幸運だろう。この広い世界で番に出会えるなど少ないのだ。見つかっても何十歳も離れていることもある。それが二歳差で見つかったのだ。それこそ『奇跡に近い』だろう。

それでもサルファ様の表情が暗いのには理由がある。

「最高学年で退学・・・此処まで頑張ってきたのに」

そうなのです。『番が見つかった獣人は速やかに獣人国に戻り結婚をすること』という法があるのです。番が見つかったことにより、独占欲や嫉妬心から婚約を解消された側に危害を加える者が多く、獣人国がその法を立てて全世界に周知させました。
それにともない獣人と婚約する場合、獣人側は『違約金と土地の譲渡』が提示されます。婚約を解消後、相手が困ることがないように。というものと、獣人国に戻るのは本人だけでなく家族が一緒です。領地を持つ貴族の場合、領地を手放すことになるのです。そのため、相手にその領地が譲られるのです。
既婚者の場合、離縁されるのです。・・・すでに子供がいても。その子供も捨てられるのです。

番のことになると理性を失い、本能だけで行動を取ってしまうのです。それは番同士だけでなく家族も同様です。
過去に婚約解消をした相手を嫉妬して殺してしまった事件がありました。それ以降、番が現れたら獣人国に強制送還されることになったのです。

「獣人国でもご活躍されることを願っております」

「ありがとう。・・・ディレイナ嬢。貴女を本当に愛していた」

「・・・ありがとうございます。ですが、私は番と出会って狂っていくサルファ様を・・・見たくなどありません」

そう。理性で私を望んでも、本能で選ばれるのは番の相手。番相手が嫉妬するのも『自分だけを見てくれない』からです。そして、嫉妬に狂った番は理性を失います。暴走は嫉妬の相手を殺してもとどまりません。

書類に署名をして貴族院職員が書類に不備がないか確認していく。

「書類を受理いたしました。婚約の解消が無事に済んだ事を此処に宣言いたします。それでは両家は背後の扉から退室してください。お疲れさまでした」

背後には扉がひとつずつある。この先は別々の出口に繋がっている。この部屋を出れば二度と会うことはない。サルファ様は此処を出れば、そのまま馬車で獣人国へ送られるのだ。サルファ様のご両親も、数日遅れて獣人国へと向かわれる。
私は婚約した時から『もしも』のために領地経営学を学んできた。もちろん結婚すればサルファ様と領地を経営していくはずだった。

私が席を立つとサルファ様の表情が悲しく揺らいだ。
でも、私はサルファ様に言葉を告げることなく退室した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

何とか言ったらどうなんだ!

杜野秋人
ファンタジー
「そなたとの婚約を、今この場で破棄する!」 王妃陛下主催の夜会の会場にて、王子は婚約してわずか3ヶ月の婚約者に婚約破棄を通告した。 理由は『婚約者たる王子に対して無視を続け愚弄した』こと。 それに対して婚約者である公爵家令嬢は冷静に反論するも、王子にその『言葉』は全く届かない。 それもそのはず。令嬢は王子の思いもよらぬ方法で語りかけ続けていたのだから⸺。 ◆例によって思いつきでサクッと書いたため詳細な設定はありません。主人公以外の固有名詞も出ません。 比較的ありがちなすれ違いの物語。ただし、ちょっと他作品では見ない切り口の作品になっています。 ◆仕様上選択しなくてはならないし女性主人公なので「女性向け」としていますが、本来は性別問わず広く問われるべき問題です。男女問わず読んで頂き向き合って下さればと思います。 ◆話の都合上、差別的な表現がありR15指定しております。人によってはかなり不快に感じるかと思いますので、ご注意願います。 なお作者およびこの作品には差別を助長する意図はございませんし、それを容認するつもりもありません。 ◆無知と無理解がゆえにやらかしてしまう事は、比較的誰にでも起こり得る事だと思います。他人事ではなく、私(作者)も皆さん(読者)も気をつけましょうね、という教訓めいたお話です。 とはいえ押し付ける気はありません。あくまでも個々人がどう考えどう動くか、それ次第でしかないと思います。 ◆なろう版で指摘頂いたので恋愛ジャンルからファンタジージャンルに変更します。恋愛ものと思って読んで下さった皆さまごめんなさい。 ◆この話も例によって小説家になろうでも公開致します。あちらは短編で一気読み。 ◆なろう版にて多くの感想を頂いています。 その中で「声が出せない以外は健康で優秀」という設定に違和感があるとご指摘を頂きました。確かに障碍というものは単独で発現するものではないですし、そのあたり作品化するにあたって調べが足りていなかった作者の無知によるものです。 ですので大変申し訳ありませんが、現実世界ではない「魔術もある異世界」の話ということで、ひとつご容赦願えればと思います。誠に申し訳ありません。

あなただけが頼りなの

こもろう
恋愛
宰相子息エンドだったはずのヒロインが何か言ってきます。 その時、元取り巻きはどうするのか?

処理中です...