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悪い予感

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ビーッ!

耳につく甲高い音が鳴り、ボクの腰につけていた使い魔召喚用の魔方陣プレートの一つが消滅する。プレートから召喚した使い魔が相手に届き、役目を終えるとこの様に作動する仕組みである。

そして地下6階へと降り立つ。相も変わらず平穏な探索が続いた。そして大体半分ほどを制覇したところで夜の時刻を迎える。安全地帯へと入り、昨晩と同様にボクとポピッカが夕食の準備に勤しんだ。

驚いた事にこの階の保存庫には、上の階とは毛色の違う異国風の食材が揃っていた。ゼットツ州が希少金属の採掘で莫大な利益を上げているとはいえ、少々やりすぎなのではないだろうか。まぁ、予算を使い切らなければならないという、お役所特有の悪癖のためかも知れないが、これでは只でさえ緩んだ気持ちが更に軟弱なものとなってしまう。

「おぉ、これまた豪勢だねぇ! 仕事で来てなきゃ最高だぜ」

未だ仕事らしい仕事をしていない大男が、歓喜の声をあげる。多分、彼以外のメンバーは、複雑な思いで戦士の悦びを受け止めているに違いない。

緊張を緩めてはいけない、油断してはいけない、そう思ってはいるものの、やはりこれだけ何もないとなると、心のどこかで不覚が生じるものだ。

そして、それは図らずも突然やってきた。

多少の緊張感があった昨晩とは違い、ボクは、いや多分全員が安らかな眠りについていた深夜、どこか遠くの方で何か唸るような音が聞こえた気がした。普段ならば全員を起こして相談をしたかも知れないが、真夜中だった事もあり、

(皆を起こすほどの事なのだろうか。仮に魔物や獣の類だとしても、結界内に入るにはそれなりの時間が掛かるだろうし、そもそも警報がなる仕組みだ。

今までの事を鑑みれば、それからでも対処は十分に出来るだろう。今、下手に皆を起こしたら、睡眠のリズムが崩れてしまい明日の探索にも響きかねない……)

そう、考えてしまったのだった。

暫くは耳をそばだてていたものの、最初の唸り以降、新たな異変はないようである。ボクはいつの間にか、再び深い眠りの淵に吸い込まれていった。

「あぁ、昨日は良く寝たぜ、夢も見やがらねぇ。さぁってと、今日はようやく問題の最深部だ。気張って行こう!」

朝食を頬張りながら、ゲルドーシュが檄を飛ばす。

ボクは彼の”夢”という言葉を聞いて、昨晩の事をやっと思い出していた。夢、あれは夢だったのだろうか……。既に記憶が朧げになって来ているのを感じる。

「そういえば昨晩、なにかズズンっていうような音が聞こえませんでしたか?」

ザレドスが何気なく口にする。

「え? あなたにも聞こえましたの? 私、てっきり夢を見たのかと思っていましたが……」

ポピッカが驚いたように彼の方を向いた。

「音? 俺には何も聞こえなかったけどなぁ」

ゲルドーシュが、いぶかる。

違う!夢じゃなかった。ボクは本能的に不安を覚えた。そしてゲルドーシュ以外の全員が気の緩んでいた事を実感した。

「その音は私も聞いたような気がします。申し訳ない。本来ならばあそこで皆を起こして、何がしかの検討をするべきでした」

ボクは、リーダーとしてのシクジリを謝罪した。

「いえ、これは皆の責任ですよ。我々は少々油断をし過ぎていたのかも知れません。あの音が大した事ではない事を祈りましょう」

ザレドスがその場をまとめる。

「俺にはホントに、何も聞こえなかったけどなぁ……」

自分だけが仲間外れにされたように感じたのか、ゲルドーシュはご機嫌斜めのようだ。

食事を終えると、今日は皆で片づけを行った。各人がどこかしら居心地の悪さを感じており、作業に没頭する事で不安を紛らわしているかのようである。

出発の準備が整った。

皆、ダンジョンへ入った時の緊張感を思い出し、本日の探索を開始する。あいもかわらず順調に未踏破部分を完遂していったが、どこか心は晴れず全員が無言であった。

「やっぱり未踏破部分をバカ正直に調べてきたのは、どうだったのかなぁ。結局、今のところ何も出てきていないわけだしさぁ」

居たたまれない空気にしびれを切らし、ゲルドーシュが口を開く。

「いえ、やっぱり間違いではなかったと思いますよ。仮に未踏破部分の探索を適当に済ませて、最深部に到達したとしましょう。そこですぐに謎が解ければ良いですが、難航した場合”あぁ、もしかしたら見過ごした未踏破部分に、謎を解くカギがあったのかも知れない”と考えてしまうと思うのですよ」

すかさずザレドスが、ゲルドーシュの戯言をやんわりと否定する。

「そうですわね。その時になってから戻って調べ直すのは時間的に無理ですし、常にそういった疑念を抱きながら謎解きを続けるのは精神的につらいですものね。それが焦りに拍車をかけて、正しい判断が出来なくなる恐れが強いですわ」

間を開けず、ポピッカが細工師の講釈を引き継ぐ。

すぐには答えを出せないボクを、細工師と僧侶がフォローしてれた形である。情けない。本来ならリーダーとしてのボクが、彼らの言った事を堂々と主張するべきなのだ。

「へい、へい。そんなもんですかねぇ」

普段だったら気にも留めないゲルドーシュのぼやきが心に刺さる。

ほどなく地下6階の探索も無事終わり、ボクは報告用の使い魔を放った。そして後悔と焦りの入り混じった不安な気持ちを抱きつつ、更なる下層へと足を踏み入れるのであった。
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