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図書館でのトラブル
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その翌日も王立図書館の分室で古文書解読の仕事となる。ただ、ちょっとした議論が持ち上がって紛糾をした。とある文献を、どのカテゴリーに分類するかで意見が割れたのだ。
問題になったのは、軍事作戦の時に携帯する保存食について書かれた文書である。分室付きの老学者は、軍事のカテゴリーに入れるよう主張したが、本館から派遣されて来た専門家は、食文化のカテゴリーにするべきだと自説を曲げない。
まぁ、ボクとしてはどちらでも良いのだが、双方引く気配がない。フリーの翻訳家はまだ若いせいか、ただオロオロするばかりである。
「明らかに行軍時に持って行った物なのだから、軍事カテゴリーに入れるのが当然ではないか?」
髭を撫でつけながら、老学者が主張すれば
「いや、そもそも記載のある文書は不完全な物のごく一部に過ぎず、大元の書物が軍事関係の物であるとは断言できないのですよ。となると、単純に食文化のカテゴリーに入れるのが適当でしょう!」
エリートらしい澄ました口調で、専門家が切り返す。
確かに問題の文書は1ページだけ剥がされたものであり、元はどんな本の一部であったかは定かでない。しかし文書にはあくまで行軍時の携帯食と書かれているので、軍事関係の書物の一部であった可能性は高いのだ。そういう意味では、老学者の方に分があるとボクは考えていた。
しかし激論の末、エリート専門家の意見が通る事となる。ただし老学者の顔を立てるため、同時代の軍事書の一部に、この携帯食に関する記述のカテゴリー先を、追加の注釈として入れる事で合意に到ったのであった。
これは明らかにエリート専門家の勝利である。だが、これには事情があった。王立図書館の本館と分室では明らかに格が違う。本館から派遣された専門家の方が、やはり発言力が上なのだ。老学者は、あと数年で定年退官する。ここで面倒を起こして仕事を辞めるような事にでもなれば、退職金やその後の年金の額にもかなり響いてくるだろう。
また本館付きの学者であるならば再就職先も引く手あまたであろうが、分室付きではそれも限られてしまう。本館付きの専門家とのトラブルが原因で中途退官したと分かれば、そのわずかな再就職先も消えてしまいかねない。ふと老学者の方を見ると、彼の口惜しさが気の毒なくらい伝わって来る。
今回の事は、一緒に仕事をしていた若い翻訳家にも少なからず影響を及ぼすだろう。彼女のこれからについては様々な選択肢があるが、当然、図書館付きの学者として就職するというものもある。今、目の前で起こっている争いを見て、分室勤めの悲哀を心に刻みつけたに違いない。
今日の仕事終わりは、こういった事もあり、いつもの様なレストランでの議論はお預けとなる。重苦しい空気が流れる嫌な一日であった。
その晩は、くだんの魔法書を読んでモヤモヤとした気分を誤魔化して、早めにベッドに潜り込む。
……何か夢を見たような気がするが思い出せない。そんな中途半端な気分で目が覚める。だが図書館へ行くと、思いもかけない出来事が勃発していた。折からの寒さで水道管が破裂して、同施設は水浸し。その復旧に大わらわだったのだ。当然、今日の仕事は急遽中止となる。
まぁ、昨日のトラブルの事を考えると、ちょうど良い冷却期間になるだろう。ボクは早々に自宅へと引き返し、近々出かけるダンジョン探索の最終確認書をチェックする事にした。
仕事の場所は二つほど向こうの州であり、そこまではクライアントが用意した乗り物で移動する。隣の州で探索パーティーメンバーの一人を拾っていくらしい。どんな奴が来るのかなぁ。楽しみでもあり不安でもあった。
今回のクライアントは、ゼットツ州の政府である。都市計画の一環で、遺跡の存在する郊外の荒れ地を造成するのだが、そのど真ん中にダンジョンが鎮座していた。全くの未踏破というわけではなく、かなりの部分で内部の様子は分かっているらしい。中にはそれほど危険ではない動物や、下位の魔物が住み着いているとの事。
問題は特定の場所から先に、どうしても進めない事らしい。別に強大な魔物が守っているというわけではなく、魔法使いの透視魔法で調べたところ、まだ先があるとは分かっているのだが、打ち崩せない壁や謎のフィールドにより通せんぼをされているらしい。
このまま都市計画が進んでそれが完成した後に、万が一、その未踏破部分から恐ろしい魔物が出て来たりしたら大変だ。また場合によっては最深部の奥に呪いのアイテムでもあって、それが発動した場合の事を考えると、是が非でも完全踏破をして不安を払拭しておきたいわけだ。
本来ならば、州政府付きの戦士や魔法使いのパーティーで最後まで探索するべき事案なのだが、そこは事情があるようだ。ボクのツテで知り得た情報では、余りに州政府付きのパーティーが失敗し続けるので、彼らを統括する部署の面子も潰れかねない状況であり、同部署の来年度の予算も削減されるという噂があるらしい。
その点、よそ者のパーティーを雇えば、批判をかわす事が出来る。もっとも、ボクらが失敗したらどうするんだろうという気もするが、大きなところの役人なんて目先の事しか考えていないのであろう。自分たちの汚点を少しでも軽く見せたいという事なのか。
ただ、相当に焦っているのも事実のようだ。
ギルド経由という事もあるが、報酬がかなりの高額である。普通、役所がクライアントの場合、それほど高い報酬が約束される事は余りない。最近は市民団体などが税金の使い道を厳しく調べているので、昔のようにジャブジャブと金を使い放題とは行かなくなっている。
しかしこれ以上都市計画の進行が遅れれば、今度はそちらを批判されかねない。そのためには高額報酬もやむを得ずという判断なのだろう。
つまりこの事を考えれば、今回集められたメンバーは、少なくとも州政府付きのパーティーよりもかなり優秀な連中という事になる。その中にボクが含まれているのは光栄と言えば光栄なのだが、失敗すればそれこそボクの評価はガタ落ちになるだろう。上手く行かなかった場合、役人どもは自分たちの無能を誤魔化すために、雇った外部パーティーを必要以上にこき下ろすであろうから。
ボクとしてはそういう依頼はなるべく受けたくなかったのだが、思いもよらない出費が重なった時期なので、高額報酬に目がくらみ、止むを得ず引き受けてしまったのだった。既に受け取った前金と任務達成後の残金を合わせれば、今回ガドゼラン魔使具店と交わした契約関係もろもろの分を支払っても、相当にお釣りがくる計算である。
上手く行けば良いのだが、こればかりは天のみぞ知るというところだろう。
問題になったのは、軍事作戦の時に携帯する保存食について書かれた文書である。分室付きの老学者は、軍事のカテゴリーに入れるよう主張したが、本館から派遣されて来た専門家は、食文化のカテゴリーにするべきだと自説を曲げない。
まぁ、ボクとしてはどちらでも良いのだが、双方引く気配がない。フリーの翻訳家はまだ若いせいか、ただオロオロするばかりである。
「明らかに行軍時に持って行った物なのだから、軍事カテゴリーに入れるのが当然ではないか?」
髭を撫でつけながら、老学者が主張すれば
「いや、そもそも記載のある文書は不完全な物のごく一部に過ぎず、大元の書物が軍事関係の物であるとは断言できないのですよ。となると、単純に食文化のカテゴリーに入れるのが適当でしょう!」
エリートらしい澄ました口調で、専門家が切り返す。
確かに問題の文書は1ページだけ剥がされたものであり、元はどんな本の一部であったかは定かでない。しかし文書にはあくまで行軍時の携帯食と書かれているので、軍事関係の書物の一部であった可能性は高いのだ。そういう意味では、老学者の方に分があるとボクは考えていた。
しかし激論の末、エリート専門家の意見が通る事となる。ただし老学者の顔を立てるため、同時代の軍事書の一部に、この携帯食に関する記述のカテゴリー先を、追加の注釈として入れる事で合意に到ったのであった。
これは明らかにエリート専門家の勝利である。だが、これには事情があった。王立図書館の本館と分室では明らかに格が違う。本館から派遣された専門家の方が、やはり発言力が上なのだ。老学者は、あと数年で定年退官する。ここで面倒を起こして仕事を辞めるような事にでもなれば、退職金やその後の年金の額にもかなり響いてくるだろう。
また本館付きの学者であるならば再就職先も引く手あまたであろうが、分室付きではそれも限られてしまう。本館付きの専門家とのトラブルが原因で中途退官したと分かれば、そのわずかな再就職先も消えてしまいかねない。ふと老学者の方を見ると、彼の口惜しさが気の毒なくらい伝わって来る。
今回の事は、一緒に仕事をしていた若い翻訳家にも少なからず影響を及ぼすだろう。彼女のこれからについては様々な選択肢があるが、当然、図書館付きの学者として就職するというものもある。今、目の前で起こっている争いを見て、分室勤めの悲哀を心に刻みつけたに違いない。
今日の仕事終わりは、こういった事もあり、いつもの様なレストランでの議論はお預けとなる。重苦しい空気が流れる嫌な一日であった。
その晩は、くだんの魔法書を読んでモヤモヤとした気分を誤魔化して、早めにベッドに潜り込む。
……何か夢を見たような気がするが思い出せない。そんな中途半端な気分で目が覚める。だが図書館へ行くと、思いもかけない出来事が勃発していた。折からの寒さで水道管が破裂して、同施設は水浸し。その復旧に大わらわだったのだ。当然、今日の仕事は急遽中止となる。
まぁ、昨日のトラブルの事を考えると、ちょうど良い冷却期間になるだろう。ボクは早々に自宅へと引き返し、近々出かけるダンジョン探索の最終確認書をチェックする事にした。
仕事の場所は二つほど向こうの州であり、そこまではクライアントが用意した乗り物で移動する。隣の州で探索パーティーメンバーの一人を拾っていくらしい。どんな奴が来るのかなぁ。楽しみでもあり不安でもあった。
今回のクライアントは、ゼットツ州の政府である。都市計画の一環で、遺跡の存在する郊外の荒れ地を造成するのだが、そのど真ん中にダンジョンが鎮座していた。全くの未踏破というわけではなく、かなりの部分で内部の様子は分かっているらしい。中にはそれほど危険ではない動物や、下位の魔物が住み着いているとの事。
問題は特定の場所から先に、どうしても進めない事らしい。別に強大な魔物が守っているというわけではなく、魔法使いの透視魔法で調べたところ、まだ先があるとは分かっているのだが、打ち崩せない壁や謎のフィールドにより通せんぼをされているらしい。
このまま都市計画が進んでそれが完成した後に、万が一、その未踏破部分から恐ろしい魔物が出て来たりしたら大変だ。また場合によっては最深部の奥に呪いのアイテムでもあって、それが発動した場合の事を考えると、是が非でも完全踏破をして不安を払拭しておきたいわけだ。
本来ならば、州政府付きの戦士や魔法使いのパーティーで最後まで探索するべき事案なのだが、そこは事情があるようだ。ボクのツテで知り得た情報では、余りに州政府付きのパーティーが失敗し続けるので、彼らを統括する部署の面子も潰れかねない状況であり、同部署の来年度の予算も削減されるという噂があるらしい。
その点、よそ者のパーティーを雇えば、批判をかわす事が出来る。もっとも、ボクらが失敗したらどうするんだろうという気もするが、大きなところの役人なんて目先の事しか考えていないのであろう。自分たちの汚点を少しでも軽く見せたいという事なのか。
ただ、相当に焦っているのも事実のようだ。
ギルド経由という事もあるが、報酬がかなりの高額である。普通、役所がクライアントの場合、それほど高い報酬が約束される事は余りない。最近は市民団体などが税金の使い道を厳しく調べているので、昔のようにジャブジャブと金を使い放題とは行かなくなっている。
しかしこれ以上都市計画の進行が遅れれば、今度はそちらを批判されかねない。そのためには高額報酬もやむを得ずという判断なのだろう。
つまりこの事を考えれば、今回集められたメンバーは、少なくとも州政府付きのパーティーよりもかなり優秀な連中という事になる。その中にボクが含まれているのは光栄と言えば光栄なのだが、失敗すればそれこそボクの評価はガタ落ちになるだろう。上手く行かなかった場合、役人どもは自分たちの無能を誤魔化すために、雇った外部パーティーを必要以上にこき下ろすであろうから。
ボクとしてはそういう依頼はなるべく受けたくなかったのだが、思いもよらない出費が重なった時期なので、高額報酬に目がくらみ、止むを得ず引き受けてしまったのだった。既に受け取った前金と任務達成後の残金を合わせれば、今回ガドゼラン魔使具店と交わした契約関係もろもろの分を支払っても、相当にお釣りがくる計算である。
上手く行けば良いのだが、こればかりは天のみぞ知るというところだろう。
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