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魔女と奇妙な男 (33) 禁忌の薬

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禁忌の薬とは何でしょうか。それはヴォルノースの森が、まだ東西南北に分かれておらず一つだった頃、森の全域では我こそがヴォルノースの王だとばかりに、多くの豪族が群雄割拠している時代がありました。

彼らは戦いを優位に進めるため、ありとあらゆる手段を講じます。その一つが”ドーピング”だったのです。魔女に特殊な薬を製造させ、それを兵士に与えます。すると彼らはたちまちの内に筋骨隆々の肉体と鋼の精神を得、目覚ましい活躍をとげるという寸法でした。

しかしそれゆえ、戦いは熾烈を極めます。各地で目を覆いたくなるばかりの亡骸が累々と積み上げられました。しかもこの薬には常習性があり、使用していない時の兵士の心と体をも蝕んでいったのです。

しかし立身出世のため、より強力な薬の開発に血道を上げる魔女も多く、薬づくりの倫理もへったくれもない時代でした。

このあたりの話、現代の魔女学の教科書では結構なページ数を割いており、魔女にとっての暗黒時代として、決して繰り返してはならない旨が強く語られています。新米魔女のネリスでさえ、大変ネガティブなイメージをもつ歴史の一幕でした。

そしてヴォルノースの森が東西南北の四つの勢力に分かれ、それぞれを侵食しないという協定が結ばれた時、平和の証の一つとして禁忌の薬は全て廃棄され、その製造方法を記した書物も焼かれます。また薬の製造に携わった魔女たちは、魔法によってその記憶を封印されたり、場合によっては処刑されました。

こうして新しい時代の幕開けと共に、忌まわしい薬はこの世から消え去ったのです。

いえ、消え去ったはずでした。しかし現実は、違ったようですね。何故ならば今、ネリスの目の前で暗黒時代の悪夢がよみがえっているのですから。

「で、でも禁忌の薬は製造方法も含めて、とっくの昔になくなってるはず……」

ネリスが、独り言のように口にします。

「オレは魔女学については素人だが、そう言う事になっているらしいな。

だが偉大なお方が、それを復活させたんだ。この素晴らしさ。葬り去った昔の連中の気が知れないぜ」

化け物と化したメサイトが、舌なめずりをします。

これはもう絶望的な状況です。禁忌の薬の恐ろしさを徹底的に叩き込まれているネリスに、この状況を打開する方策など思い浮かぶはずもありません。

ちくしょう。私はこんな所で殺されてしまうのか……。

でも、ネリスはすぐに、メサイトの言葉を思い出します。

いえ、違うわ。あいつは、私を”捕まえる”と言っていた。殺すわけじゃない。……でも何のために私なんかを……。

良く考え見ればその通りです。特にお金もちの令嬢でもなく、飛び切り美人という訳でもないネリス。普通に考えれば、手間ひまかけて捕まえる意味なんてありません。

「ちょっと、あんた。何で私なのよ。私に何の用があるっていうの!」

とりあえず殺されない事を悟ったネリスは、幾分かの勇気と希望を取り戻します。

「あぁ、お前のようなチンチクリンの小娘に、直接の用はない」

メサイトが、ケラケラと笑いながらネリスを嘲りました。

普段このような事を言われれば、それこそ瞬間湯沸かし器のように頭に血が上るネリスでしたが、今は”何故”という疑問の方が先に立ちます。

「じゃぁ、なんで!」
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