上 下
32 / 38

32 身勝手

しおりを挟む

 ラーメンを食べて、バイト先へも顔を出した。

「すっごい美形だねぇ」

 店長が月白を見上げながら言うのを、萌樹は自慢げな気持ちで聞く。

「家に倒れてたの、発見してくれたのが、こいつだったんです」

「そうだったんだ。良かったよ。萌樹くんも、元気そうだし」

「今から、病院に行ってきます」

「うん、そうしてね」

「はい、本当にすんませんでした!」

「いや、一人暮らしで倒れることはあるから……萌樹くんが無事で良かったよ」

 丸眼鏡をかけた店長は、にこっと笑う。本当に心配してくれていたらしく、手を取られて、良かった、と何度も繰り返された。それが、暖かい。

 店を出たら、天気雨が降っていた。傘を差すほどではないが、細かな雨が顔にあたるのは、少しだけ不愉快でもあった。

 店を離れて、しばらく経った頃、

「善人だ」

 とだけ月白は、店長のことを評価した。

「うん。ありがたいことに、凄いいい人」

 今までずっと良くして貰っていたのに、なぜか、萌樹は、今まで、社会には、蒼以外の味方がいない、と思い込んでいた。なにも、店長は変わっていないだろう。変わったことと言えば、萌樹に、離れがたく思う人が出来たと言うことだ。

「香をたけば、蒼は、助かる?」

「吾が助ける」

 助ける、と月白は言った。助ける、と月白は言った。助かる、ではなく。その微妙なニュアンスが、引っかかる。

「無理をするんじゃないだろうな」

「……夢魔とやり合う経験などないからな。多少は無理と言えば無理だろう」

「おいっ!」

 萌樹は月白の腕を取る。

「ん?」

「無茶は……するなよ」

「お前だって、相当無茶をしただろう?」

 狭間の世界で、雑貨屋に血を渡した事を言っているのだろう。それを言われると、萌樹も、ぐうの音も出ないが、それでも、月白に無理をしてほしくはなかった。

「蒼は、助けたいけど、月白にも、無理をしてほしくないんだよ」

「案ずるな。死なぬ程度だ」

 月白は呟いてから、空を見上げる。薄ぼんやりとした青空からは、細かな雨が降る。

「あっ」

「どうした?」

「こういう……お天気雨のときって、虹が見えたりするからさ。どこかに出てないかなと思って」

「七色の虹か!」

 月白の表情が明るくなる。

「うん。見えるかなとおもったんだけど……」空を見回して萌樹は続ける。「どこにも出てないみたいだな」

「そうか。残念だな」

 月白は、小さく呟く。

「なあ」

「なんだ?」

「月白は、何歳? 千年くらい生きてるんだろ?」

「正確なところはわからぬが、おそらくは。天地の開闢からいたわけではないだろうが、数千年は生きているのだろうな」

「多分、また、数千年生きるんだろ?」

 一瞬、月白の表情が凍った。

「そうだな。生きるだろうな。寿命などあるのか、わからぬが」

「じゃあさ、何百年後でも良いんだけど、いつか、七色の、虹を、見ることがあったら、俺を思い出してよ」

 月白が息を呑む。そして、静かに呟いた。

「そなたは、残酷なことを平気で口にする」

「残酷、かな」

「吾に、忘れるなと。言うのだろう? 数千年。一人でいる吾に」

 そこまでの……呪いのようなことを願ったのか、萌樹はわからない。けれど、もし、かなうなら忘れないで欲しいとは思う。

「俺も死ぬまで忘れないよ」

「寿命が違うだろうに」

「……死んで、狭間の世界に行くことができるかどうかはわからないけどさ」

「来なくて良い」

 月白はにべもなく、萌樹に言う。狭間の世界は、人の世界ではない。輪廻の輪からも外れた、道理の外れた場所だ。だから、来るべきではないと、月白は言いたいのだろう。

「出来たら、あんたのそばに生まれ変わりたいな」

「え?」

「昔、国語の先生に読まされたお話が、そんなのだった。百年待たせて百合の花として生まれ変わるやつ」

 月白は答えない。

「……俺は百合の花って柄じゃないけど、花なら、あの雑貨屋も追い出さないだろ?」

「お前は勝手だ」

「ああ、勝手だよ。月白も勝手だ。それでいいじゃないか」

 萌樹の言葉を聞いた月白は、口元を引き締めて、黙り込んだ。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

好きな人が「ふつーに可愛い子がタイプ」と言っていたので、女装して迫ったら思いのほか愛されてしまった

碓氷唯
BL
白月陽葵(しろつきひなた)は、オタクとからかわれ中学高校といじめられていたが、高校の頃に具合が悪かった自分を介抱してくれた壱城悠星(いちしろゆうせい)に片想いしていた。 壱城は高校では一番の不良で白月にとっては一番近づきがたかったタイプだが、今まで関わってきた人間の中で一番優しく綺麗な心を持っていることがわかり、恋をしてからは壱城のことばかり考えてしまう。 白月はそんな壱城の好きなタイプを高校の卒業前に盗み聞きする。 壱城の好きなタイプは「ふつーに可愛い子」で、白月は「ふつーに可愛い子」になるために、自分の小柄で女顔な容姿を生かして、女装し壱城をナンパする。 男の白月には怒ってばかりだった壱城だが、女性としての白月には優しく対応してくれることに、喜びを感じ始める。 だが、女という『偽物』の自分を愛してくる壱城に、だんだん白月は辛くなっていき……。 ノンケ(?)攻め×女装健気受け。 三万文字程度で終わる短編です。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

処理中です...