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32 身勝手

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 ラーメンを食べて、バイト先へも顔を出した。

「すっごい美形だねぇ」

 店長が月白を見上げながら言うのを、萌樹は自慢げな気持ちで聞く。

「家に倒れてたの、発見してくれたのが、こいつだったんです」

「そうだったんだ。良かったよ。萌樹くんも、元気そうだし」

「今から、病院に行ってきます」

「うん、そうしてね」

「はい、本当にすんませんでした!」

「いや、一人暮らしで倒れることはあるから……萌樹くんが無事で良かったよ」

 丸眼鏡をかけた店長は、にこっと笑う。本当に心配してくれていたらしく、手を取られて、良かった、と何度も繰り返された。それが、暖かい。

 店を出たら、天気雨が降っていた。傘を差すほどではないが、細かな雨が顔にあたるのは、少しだけ不愉快でもあった。

 店を離れて、しばらく経った頃、

「善人だ」

 とだけ月白は、店長のことを評価した。

「うん。ありがたいことに、凄いいい人」

 今までずっと良くして貰っていたのに、なぜか、萌樹は、今まで、社会には、蒼以外の味方がいない、と思い込んでいた。なにも、店長は変わっていないだろう。変わったことと言えば、萌樹に、離れがたく思う人が出来たと言うことだ。

「香をたけば、蒼は、助かる?」

「吾が助ける」

 助ける、と月白は言った。助ける、と月白は言った。助かる、ではなく。その微妙なニュアンスが、引っかかる。

「無理をするんじゃないだろうな」

「……夢魔とやり合う経験などないからな。多少は無理と言えば無理だろう」

「おいっ!」

 萌樹は月白の腕を取る。

「ん?」

「無茶は……するなよ」

「お前だって、相当無茶をしただろう?」

 狭間の世界で、雑貨屋に血を渡した事を言っているのだろう。それを言われると、萌樹も、ぐうの音も出ないが、それでも、月白に無理をしてほしくはなかった。

「蒼は、助けたいけど、月白にも、無理をしてほしくないんだよ」

「案ずるな。死なぬ程度だ」

 月白は呟いてから、空を見上げる。薄ぼんやりとした青空からは、細かな雨が降る。

「あっ」

「どうした?」

「こういう……お天気雨のときって、虹が見えたりするからさ。どこかに出てないかなと思って」

「七色の虹か!」

 月白の表情が明るくなる。

「うん。見えるかなとおもったんだけど……」空を見回して萌樹は続ける。「どこにも出てないみたいだな」

「そうか。残念だな」

 月白は、小さく呟く。

「なあ」

「なんだ?」

「月白は、何歳? 千年くらい生きてるんだろ?」

「正確なところはわからぬが、おそらくは。天地の開闢からいたわけではないだろうが、数千年は生きているのだろうな」

「多分、また、数千年生きるんだろ?」

 一瞬、月白の表情が凍った。

「そうだな。生きるだろうな。寿命などあるのか、わからぬが」

「じゃあさ、何百年後でも良いんだけど、いつか、七色の、虹を、見ることがあったら、俺を思い出してよ」

 月白が息を呑む。そして、静かに呟いた。

「そなたは、残酷なことを平気で口にする」

「残酷、かな」

「吾に、忘れるなと。言うのだろう? 数千年。一人でいる吾に」

 そこまでの……呪いのようなことを願ったのか、萌樹はわからない。けれど、もし、かなうなら忘れないで欲しいとは思う。

「俺も死ぬまで忘れないよ」

「寿命が違うだろうに」

「……死んで、狭間の世界に行くことができるかどうかはわからないけどさ」

「来なくて良い」

 月白はにべもなく、萌樹に言う。狭間の世界は、人の世界ではない。輪廻の輪からも外れた、道理の外れた場所だ。だから、来るべきではないと、月白は言いたいのだろう。

「出来たら、あんたのそばに生まれ変わりたいな」

「え?」

「昔、国語の先生に読まされたお話が、そんなのだった。百年待たせて百合の花として生まれ変わるやつ」

 月白は答えない。

「……俺は百合の花って柄じゃないけど、花なら、あの雑貨屋も追い出さないだろ?」

「お前は勝手だ」

「ああ、勝手だよ。月白も勝手だ。それでいいじゃないか」

 萌樹の言葉を聞いた月白は、口元を引き締めて、黙り込んだ。





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