20 / 38
20 水垢離
しおりを挟む服をすべて脱ぎ丸裸になったところで、雑貨屋の裏にある泉で水垢離をしろと言われた。
「水垢離ってなに?」
「水で……身のケガレなどを清めるものだよ。とりあえず、行水してから、そこの桶で頭から水を被っておいで。六回。それが終わったら、そのままのなりで、中へ入っておいで」
びしょびしょになるのではないか、とは思ったが、それ以上、追求しないことにした。
泉は、美しいエメラルドグリーンだった。
澄んでいて、底から白い砂を丸くせり上げながら、滾々と水が湧き出ている。
「凄……めちゃくちゃ透明度高いヤツだ」
「神聖な水だからね。……邪気をすべて落とすことが出来るよ。きっかり六回、水を被るんだよ」
桶も水辺に置かれている。木の桶ではなかった。錫か、なにかで出来て居る銀色の美しい桶だった。
ゆっくりとつま先から泉へ入る。身体が飛び上がるほど、水は冷たかった。
「結構……深い、んだな……」
萌樹の胸のあたりまで水は来る。萌樹は、桶を手に取って、水を汲んだ。水面が一瞬、虹色に輝いたような気がした。
「一回……」
頭から水を被る。氷水のような冷たさの水を頭から被り、身体が震える。
獏が、水辺で見守っているのが解った。静かに、萌樹の水垢離を見ている。
丸裸を見られているのだと思ったら、急に恥ずかしくなった。だが、そんな場合ではない。
「二回……三回……」
冷えて、指先が震え始める。さすがに、マズイとは思ったが、ここで引くわけには行かない。腹に力を込めて、もう一度水を汲む。息を止めて、頭から被った。
「四回」
あと二回。指先が、紫色に染まっている。
「五回」
あと一杯被れば良い。気を取り直して、萌樹は桶を手に持つ。
「六回」
水を被り終え、なんとか、桶を水辺へ戻したが、泉から出るのに力が出ない。苦労していたら、全身が温かくなった。
「えっ?」
「全く、無茶なことを」
獏が、そっと萌樹を抱き上げてくれた。獏も泉に浸かっている。
「濡れる……んじゃ」
「ああ、まあ、構わぬ。我らは、ここで濡れても、大して問題はない」
獏がいうのなら、そうなのだろう。それより、萌樹は、暖かな感触がありがたくて、獏にしがみつく。そのまま、水に上げて貰い、純白の明衣を渡された。
「なんか、この衣、薄っ……」
「清浄なものゆえ」
「清らかだと薄いのか? よく解らないけど」
身体をタオルで拭いた訳でもないので、水滴の残っていた場所は、肌を透かせている。考えようによっては、先ほどの丸裸よりもいかがわしい格好に見えて恥ずかしい。
「……いや、ちょっと、恥ずかしくて」
「なぜ?」
獏は不思議そうに小首をかしげた。
「なぜって……」
答えようとした萌樹は、明確な回答が出来ないことに気がついた。普通に、男の前で着替えることはおおい。丸裸になるのも、銭湯に行けば普通のことだ。肌を透かせているのだって、白シャツで雨に濡れたら、そうなるだろう。特に、気にするほどのことでもない。
「あれ、なんで、恥ずかしいんだろう」
「であろう。なにか、気にしすぎているのだ……さあ、雑貨屋が待っている。参るぞ」
獏が、手を差し出す。
美しくて薄い手だった。長い爪を持っている。多少の骨っぽさがなければ、女性の手と言われても、不思議ではないだろう。
萌樹は、獏の手に、自分の手を重ねた。映画で見た、上流階級の女性が、殿方にエスコートされるような格好になった。
「……濡れただろ」
「濡れるのは構わぬが……、冷たかったな」
獏の言葉を聞いて、思わず、萌樹は吹き出してしまった。
「まあ、そりゃそうだけど!」
「……水垢離をしたそなたは、なかなか、腹が据わっている」
ふふ、と獏が笑う。
「まあ、根性は見せましたよ」
軽口のように答えながら、萌樹は、少し、ドキドキしていた。
(同じ、なんだな……)
同じものをみて、美しいと思った。同じ水の温度を感じることが出来た。そして、今、繋がれた手のぬくもりを感じている。
(なんか、おかしいな……)
顔が、熱くなっていく。妙な感じだった。
「どうした? 顔が赤い。熱でも出たのか? ……我らは風邪など引くことはないが、そなたらは引くのであろう。雑貨屋に、薬湯でも出させると……」
そこまで言って、獏は口ごもった。
(あっ)
萌樹も、その理由に気がついた。ここで、飲み食いをしてはならない。そういう事を、忘れていた。萌樹も、獏も。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
ひとりぼっちの180日
あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。
何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。
篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。
二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。
いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。
▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。
▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。
▷ 攻めはスポーツマン。
▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。
▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
好きな人が「ふつーに可愛い子がタイプ」と言っていたので、女装して迫ったら思いのほか愛されてしまった
碓氷唯
BL
白月陽葵(しろつきひなた)は、オタクとからかわれ中学高校といじめられていたが、高校の頃に具合が悪かった自分を介抱してくれた壱城悠星(いちしろゆうせい)に片想いしていた。
壱城は高校では一番の不良で白月にとっては一番近づきがたかったタイプだが、今まで関わってきた人間の中で一番優しく綺麗な心を持っていることがわかり、恋をしてからは壱城のことばかり考えてしまう。
白月はそんな壱城の好きなタイプを高校の卒業前に盗み聞きする。
壱城の好きなタイプは「ふつーに可愛い子」で、白月は「ふつーに可愛い子」になるために、自分の小柄で女顔な容姿を生かして、女装し壱城をナンパする。
男の白月には怒ってばかりだった壱城だが、女性としての白月には優しく対応してくれることに、喜びを感じ始める。
だが、女という『偽物』の自分を愛してくる壱城に、だんだん白月は辛くなっていき……。
ノンケ(?)攻め×女装健気受け。
三万文字程度で終わる短編です。
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
闇を照らす愛
モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。
与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。
どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。
抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる