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14 夏椿
しおりを挟む目覚めた時、獏は立っていた。
そっと、夏椿の白くて薄い花びらを、一枚ずつ指でちぎりながら、空へと放つ。花占いをして居るようだった。
すき。きらい。すき。きらい。すき……。
何度も、それを繰り返す。
足下に、白い花びらが雪のように降り積もっていた。堆く。
萌樹は上体を起こしながら「何してるんだ?」と声を掛ける。ゆっくりと、獏が振り返った。
「……一応、備えを」
「備え……?」
「ああ。夢魔どもには、こういったものがよく効く」
それが、どういう作用をするのか、解らなかったが、「ふうん」と呟いて、萌樹は獏の側まで行く。夏椿の香りが、濃密に漂っている。
「お前は先ほど、吾の夢をみたのか?」
「先ほど?」
「ここへ来る間」
「……ああ」
あの、美沙子という女性と獏のことだろう。
「あの、美沙子っていう人の事を助けてあげたの?」
「ああ。悪夢に捕らわれて、目覚めなかった」
「それって、蒼が見てるみたいな夢……?」
「いいや、夢魔のせいではない。ただ、彼女が、拒んだのだ。目覚めを」
「なんで?」
これは、聞いてはいけないことなのか、そうでないのか、萌樹には判別が付かなかったが、つい、聞いていた。獏は、小さく「気になるのか」と問う。
「なんとなく」
「……彼女の場合は、現実が辛かった。あの後、彼女は、婚家で、奴隷のごとく働かされて、子供を宿すが、死産だった。それをなじられて、折檻されて死んだ」
「はっ?」
信じられないような言葉を、萌樹は聞いて、思わず声を上げてしまった。
「なんで、そんな家に……」
「嫁ぎ先から、支度金を貰っていたようだ。そして、それを、彼女は知っていた。だから、夢の中にいたかった。そのまま、死んでしまいたいと―――」
獏が、もし、夢の中で彼女の精気を奪っていたのならば。
彼女は望み通りに死ぬことが出来ただろう。恐らくそれは、嫁いで、生きるよりも、ねっと、幸せな結末だったのではなかろうか。
「なんでだよ」
「……」
「なんで、彼女を……目覚めさせたんだよ」
獏が、口許を、きゅっと引き締めた。目元が、潤んでいるように見えて、それを見た瞬間、萌樹は、踏み越えてはいけないラインを間違って踏んでしまったことに気がついた。
「あ、ごめ……」
「……いや、お前の言うとおりだろう。そのまま、死なせてやれば良かった。彼女を、ここへ連れてきてやれば良かった。そうすれば、あの末路を辿るよりは、いくらか幸せだっただろう」
獏は、静かに言う。彼女、に対して特別な気持ちがあるのだろう、とは萌樹は思ったが、そこは口に出さないで置いた。
「……あのさ」
「なんだ」
「俺がしてるのも、余計なことかな。蒼は、このままにした方が良いと思う?」
獏が、萌樹の目をまっすぐに見つめる。黄金色の、美しい双眸が、一瞬、引き締まったかと思ったら、ぷい、と彼は顔を背けた。
「えっ?」
「……それを決めるのは、お前だろう」
萌樹の心は決まっている。今、もし、蒼を見捨ててしまったら一生後悔する。
(あっ)
萌樹は少しだけ思った。獏も、その時、彼女を見捨ててしまったことを後悔しているのだ。もし、蒼が、生き延びて、その際に、『美沙子』のような不幸な末路を迎えたとしたら……。脳裏を過った思いを、萌樹はかぶりを振って否定した。
「蒼のことは、きっと、俺が近くに居る限り、困ってたら、絶対に手を貸すと思う」
「だから、不思議なのだ。お前は、そうするだろう。だが、兄弟縁者でも、恋人でもないものを、なぜ、そこまで強く思うことが出来るのか……。人とは、だまし合うものであろう?」
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