上 下
1 / 22

しおりを挟む

 目の前の光景に、鳩ヶ谷はとがやれんは、驚いて、眼の前の男が手にしている『それ』から目を離すことが出来なくなっていた。学生寮の一室。同級生の、鷲尾啓司わしおけいしの個室だった。蓮の部屋より少し広い、シンプルな部屋だった。そして、その、ベッドの端に啓司は、腰を下ろしている。

「別に、珍しいもんでもないでしょ? あんたにも、ついてるんだし」

 普段、教室で見かけるよりも、熱っぽく潤んだ眼差しをしながら、啓司は顔を歪めて笑った。柔らかそうな栗色の髪に、鼻筋が通って整った顔立ち。それが、歪んで、自嘲するように笑っていた。

「優等生の割に、マナーはなってないんだな。ノックもしないで部屋に入るなんて」

 啓司が手を動かす。上下に。自身の欲望を手の中に収めたまま。

 石になったように動けないでいた蓮だったが、はた、と気がついたようだった。

「え、と……本。間違えて、鷲尾くんのを持って帰ってしまったから……机の上に置く、ね。あと、ノックをしなかったのはごめん。家の感覚がまだ抜けなくて。友達もいなかったし、習慣になってなくて」

「なんでもいいけど」

 出来ればとっとと出ていけ、というような要求が、言外に滲んでいる。不機嫌なのは、当たり前だろう。彼の欲望は、もっと、強い刺激を求めて、頼りなく、震えている。

「あの、邪魔したお詫びに」

 蓮は、取り違えた本を机の上に置く。片付いた机だった。教科書も参考書もない。小動物のようにちょこまかと動き、そして、ベッドの端に腰をおろしている啓司の横に座った。

「はあっ? なに、座ってんだよ」

「……邪魔、したお詫びに、僕が……するよ」

 啓司は、目を丸くして素っ頓狂な、声を上げた。

「はあっ!?」

「自分でするより、人にしてもらったほうが、気持ちいいって……聞いたけど」

 蓮の細くて綺麗な指が、啓司の先端に触れる。

「っ……!」

 小さく呻いて、啓司が一瞬、目を瞑る。

「あ、良かった。僕の手でも、大丈夫そう、だよね。僕は、そんなに自分ではしないけど……」

 啓司の手を退けて、蓮は、それを手で包み込む。

「凄い……僕のより、大き……」

 素直な感想を呟きながら、蓮は、手をゆっくりと上下させる。一瞬、啓司が、身を固くしたのがわかった。

「気持ち、悪いですか?」

「……そういう、わけじゃないけど……なんで、あんたが」

 その言葉に滲む、『あんたみたいな優等生が』というニュアンスを感じて、蓮は自嘲めいた笑みを浮かべた。

「特に深い意味はないから、安心して。ただ……」

 そうだな、と蓮は言い訳を考える。うまい言い訳は出てこなかったが、「こういうことには、興味はあるでしょ?」とだけ答えておいた。

 その答えが正解だったか、わからない。

 だが、啓司は黙った。蓮は、手の中で張り詰めて、もっと確かな刺激を欲しがっている、その欲張りな器官に集中した。自分のものとは、だいぶ違う気がした。自分のものよりも。もっと雄々しい。充血して、脈打っているのがわかる。

 この、興奮は自分の手が招いたものだと思ったら、この器官が愛しくなった。

 啓司が、小さく呻いて喉を跳ね上げる。快を得ているのだ。それに、蓮はほっとした。

 こんなことを、するつもりはなかった。けれど、啓司にはずっと、淡い憧れがあった。蓮は、彼の視界にも入っていないことを知っていたし、彼の興味を惹くような人間でない、とは思っていたので、こうして、触れることが出来ただけでも、一生の思い出になると、本気で思う。

(ああ……口、でしたら、引かれるかな……)

 本当は口で愛撫してみたいし、もし、可能なら、一回限りの思い出でも良いから、この熱を、最奥に受けて見たかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不香の花の行く道は

谷絵 ちぐり
BL
オメガのユキには幼馴染が二人いる。 アルファのヒロとベータのジュンだ。 ユキに執着するジュン、そんなジュンを見つめるヒロ。 歪な三角関係に一人のアルファが加わったことで始まるみんなどこか拗らせてる鬱々したお話。 ※オメガバースの世界観は割愛 ※完結済、修正を加えながら投稿していきます

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。

cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。 家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

手のひらサイズの無限の世界〜初恋と青春は鍵付きで〜

せいとも
児童書・童話
小学校の卒業を迎えた由奈は、初恋相手の瑞希とは別の学校になってしまう。 瑞希は頭が良く受験をしたのだ。 小学校の卒業式では、中学校進学を機にスマホデビューをする子が多く、みんなが連絡先を交換する。 由奈も勇気を出して瑞希に連絡先の交換をお願いするも、瑞希からはスマホを持っていないと返事が……。 理由は、手のひらサイズの機械の中は世界まで繋がっているから、一歩間違ったら大変なことになると言われた。 その言葉を聞き、手のひらに乗る機械が急に重くなった気がした。 瑞希とは、手紙のやりとりから鍵付きの交換ノートを始めることに。 スマホ時代に交換ノートを始めたふたりの恋の行方は?! 小学生から中学生になり変化する人間関係の悩みや恋の悩み、そして成長を描いた学園小説。 イラストAC様よりお借りしています。

学年で1番のイケメンに彼女を寝取られた。そしたら、イケメンの美少女友達が縁を切った

白金豪
恋愛
 天音颯(あまね そう)には彼女がいた。陰キャの颯には勿体ないほどかわいい彼女がいた。彼女の名前は伊藤聖羅(いとう せいら)。クラスでも人気のある美人だ。女子にしては高身長の背丈に、程よいバストを持つ。そんなある日、颯は学年1のイケメンの石井和久(いしい かずひさ)と聖羅が仲良く歩く姿を視認する。2人は身体を密着させ、ラブラブな空気を醸し出す。信じられなかった。だが、不思議と身体は動き、颯は石井と聖羅を尾行する。彼らは楽しく会話をしながら、ホテル街に入る。そして、ラブホに入ってしまった。ホテル内で行われることは容易に想像できる。耐えられなくなった颯はホテル街から逃げ出した。一目散に自宅に帰り、寝込んだ。ベッドで涙は流れず、憂鬱な自殺したい気分を味わった。その日は眠れなかった。次の日。同じクラスの聖羅は普段通り接してきた。その態度がまた颯を追い込む。だが、その日には意外なことが起こった。石井と親密の美少女達が次々と颯の前に現れた。彼女達は次々と口にした。石井とは縁を切ったと。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

DNAの改修者

kujibiki
ファンタジー
転生させられた世界は、男性が少なく、ほとんどの女性は男性と触れ合ったことも無い者ばかり…。 子孫は体外受精でしか残せない世界でした。 人として楽しく暮らせれば良かっただけなのに、女性を助ける使命?を与えられることになった“俺”の新たな日常が始まる。(使命は当分始まらないけれど…) 他サイトから急遽移すことになりました。後半R18になりそうなので、その時になれば前もってお知らせいたします。 ※日常系でとってもスローな展開となります。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...