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しおりを挟む土方達が宇都宮城に入ったのは、戦闘から一夜明けた二十日のことだった。城内はあちこちから火の手が上がっていた為、鎮火するまでの間、幕府軍は宇都宮城に入る事は出来なかった。
宇都宮は人っ子一人いない状態だった。一晩の間に、もぬけの殻となった家には盗人が入ったのだろう、家財は持ち去られていた。もしかしたら、幕府軍に参加していたもの達の仕業かも知れないが、宇都宮城には今や、十一万石の城下町の繁栄はなかった。
土方は、この時、靖兵隊として参加していた永倉新八達の姿を見つけた。見つけたが、特に声を掛けることはなかった。もともと、袂は分かったのだ、いまさら、旧知として声を掛けることもない。土方は、先鋒隊の指揮官の一人だ。大総督の大鳥が来るまでの間に、やることもあった。
大鳥が合流してから、今の幕府軍では、この宇都宮城を守り抜くことが出来ないと言うことで、議論になった。折角、敵の手から奪った宇都宮城を棄てるかどうかで、迷いに迷った。これが、運のつきだったと言っても良いだろう。とりあえず、宇都宮城を奪うことが出来たということで酒宴などを開いてしまったのもまずかった。
幕府軍が、丸々二日もの時間を浪費している間に、壬生城の東山道軍大軍監・香川敬三は、戦闘準備を整えてしまった。
幕府軍が壬生城を攻めたのは、宇都宮城を奪ってから三日後の、四月二十三日。ここで、幕府軍は大敗を喫した。そのまま、宇都宮城まで戦線は後退し、宇都宮城で攻防戦を繰り広げることになってしまった。
形勢を逆転された幕府軍は、宇都宮城で多くの犠牲を出し、ついに、這々の体で逃げ出さなければならなくなった。指揮をしていた土方も、足を銃で撃たれて、退かざるを得なくなった。伝習組の秋月も、同様に足を負傷した。
土方は馬に乗っていたが、足を負傷した状態では、馬に乗ることは出来ない。島田魁が、土方を背負って逃げた。如何に巨体の島田といえども、大の男を背負っていくのは並のことではない。だが、島田は、頑として、土方を背負っていくと主張した。
射貫かれたのは、脚だが、そのおかげで、土方は熱を出した。島田は、背に感じる土方が、酷く熱い事を心配していたが、土方は『この程度のことで大げさだ』と、言ったが、大人しく島田に背負われた。宇都宮城から、今市に撤退したが、今市までの道中、土方は無言だった。
宇都宮城での戦闘が始まってまもなく、土方は負傷してしまった。つまり、殆ど戦闘に参加できなかったと言うことだ。もし、土方が指揮出来ていれば、もうすこし、違う結果になったかも知れない。少なくとも、味方の死者は減らせたかも知れない。
島田魁の背にしがみつきながら、土方は、様々な事を考えた。壬生城戦は、しなくても良い戦いだったのではないか? 宇都宮城に拘らず、そのまま、日光に兵を進めていれば、被害は、最小限で済んだのではないか? そもそも、幕府軍に参加したのが間違っていたのだろうか。考えても仕方のないことばかりが、土方の脳裏を渦巻く。
しかし、土方は、一支隊の隊長だ。迷いを見せるわけには行かない。自身が、陰でどれほど苦悩しようが、それを隊士達の前に晒してはならない。迷いのあるものになど、誰も付いてこない。付いてこないくらいなら良いが、指揮官の迷いや躊躇いが、味方の屍を積み上げる結果になる。
島田の背で、土方は後ろ向きになった自分の心を立て直すことに専念した。
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